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第二十一話 ギャビン

 イザベルからの通信は、不自然に途切れていた。

 試作機の不具合の可能性も否めないが、何者かに通信機を破壊された可能性も高い。

 皆がざわつく中、内心誰よりも動揺していたのはジョセフだった。

「そんな……魔王、復活だって?いやでも、ダリアが……」

 ダリアと目が合うと、ジョセフは口を閉じ俯いた。

(生きているのに。勇者は、まだ───)


 平和の代償。

 魔王を封印した勇者に与えられる呪いは、その者が生を終えるその日まで魔力炉を狂わせ、身体を蝕む。

 そして、この世から()()()()()()()()()。それが、封印が解ける日。すなわち魔王復活の日なのである。

 ジョセフがこのルールを発見したわけでも、誰かに教わったわけでもない。

 呪いを受けた勇者ダリアには、それが「わかる」というだけの話だ。


 ジョセフはしばらくの間、部屋の隅で立ち尽くしていた。

 頭の中で様々な可能性が生まれ、「最悪の」想像が次々と脳裏を流れていく。

 いつもの彼ならば、初の通信成功について嬉々としてメモを取っていたことだろう。

 不謹慎だからせめて別の部屋でやれと、彼の妻に苦笑されるまで、きっと。


「隠密行動に長けた者を数人選出し、件の地下施設に向かわせろ。目的は副騎士団長イザベルの救出だ。魔王軍グウェルバートはかなりの手練れとわかっている。ジュダスは既に死亡したとのことだが、奴の部下にも油断するな。不要な戦闘は避け、目的を最優先に動け!」

 ダリアの指示を受け、騎士たちがバタバタと動き出す。

 地下施設の位置は、魔物の群れが突然現れた場所と一致する。結界はおそらく地下までは届いていなかっただろう。痛いところを突かれたものだ。

 召喚魔法や移動魔法、なんらかの方法で地下に魔物を呼び寄せ、地上へ送り出したに違いない。

 そしてダリアには、どうにも気になっているキーワードがあった。半妖と思しき敵の名である。

「グウェルバート……グウェルバート……どこかで聞いたような」

 ダリアが腕を組み、うーんと考え込んでいると視界の端に動く者があった。

 開いていた窓から突然、人影が滑り込んで来たのである。

「へぇ。グウェルバート、ねぇ」

 すらりとした長身。シンプルでラフな服装。透き通るような白い肌。後ろでひとつに束ねた白髪。整った顔立ちに、切れ長の金の瞳。歳は二十代半ば頃に見える。

 侵入者の自覚があるのかないのか、その男はへらへらと笑いながら言葉をつないだ。

「偶然にも、うちのバカ兄貴の名前と同じで驚くよ。すなわち、カレドの息子の名前と同じというわけだ。ああほんと、なんという偶然だろうね」

 さも当然というように室内を進む男の前に立ちはだかったのは、騎士団長カーマイン直属の部下・サザナミだった。

「何者だ!止まれ!」

 素早く抜剣したサザナミの肩を、ダリアが掴み制止する。

「元気だなぁ。べつに切りかかってきたって僕はかまわないよ?後悔するのはキミだろうし、ね」

「煽るな、ギャビン。なぜこのタイミングでここに来た?何の用だ」

 ダリアの問いに、ギャビンと呼ばれた男は答えなかった。

 変わらずのへらへら笑いを張り付けながら、部屋の隅───ジョセフに向かって歩いていく。

「どーも、ご無沙汰してます。ジョセフ殿」

「あ、ああ……久しぶりだねギャビンくん。今日はまたどうして?」

「いやー、前に共同制作していた、メイドゴーレムがあったでしょう。あれの素体が必要になりまして。たしか一体は処分せずに置いてあったなぁと」

「あれかぁ。稼働に必要な魔力量が大きすぎて、頓挫したやつだよね。もしかして……」

「いわゆる緊急事態ってやつですし。僕の魔力量ならまぁ、なんとかなるでしょ」

「わかった、倉庫から取ってくるよ」

 えーと、たしかあっちの倉庫に……と独り言ちながら、ジョセフは部屋を出ていく。


 ジョセフの「もしかして」の後に続く言葉をダリアはわかっていた。

 奇襲を受けた長女オリヴィアは、巨大な銀色の鷹に助けられたと報告を受けている。

 ギャビンの使い魔は、自在に大きさを変えられる鷹だ。そしてギャビンとオリヴィアは師弟関係でもある。

 ギャビンからオリヴィアへの想いは───弟子に向けるそれとはまた、違う種類も含まれるけれど。

 十中八九、オリヴィアはギャビンが匿っているだろう。メイドゴーレムは、身の回りの世話を任せるために必要だと判断したに違いない。

 ジョセフもとっくに予想していたからこそ、夫婦ともに冷静でいられたのは大きかった。

 この場にいないラファエルも同じくのはずだ。そうでなければ奇襲の報告を聞いた時点で、従者として主を血眼で探し回っていたことだろう。

「リヴは……そうだね、元気とは言えないけど無事ではあるから安心してほしい。ちなみに、居場所はあえて伝えないよ。間諜がここにいないとも限らないし?」

 室内の人間をぐるりと見まわし、ギャビンがまたへらりと笑う。

「それに───戦士カレドの名をあらゆる書物から消すことを許可した島主様を、僕は信用していないし、ねぇ。あ~、今は女王陛下だったか。失敬失敬」

 黙ったままのダリアに、ギャビンは更に言葉を浴びせる。

「世界の平和を守るためなら、仲間の名誉も、娘の人生すらも犠牲にしないと気が済まないんだろう?厄介だよねぇ、()()()()()とやらはさ」

 

 彼らが何の話をしているのか、サザナミにはイマイチ理解ができなかった。

 ダリアに制され一度は剣を収めたものの、柄に手をかけたまま警戒を続けている。

 半妖を差別すべきではない、という意見もわかるが、このギャビンという男はたとえ人間だったとしても信用ならない。

 内容はわからなくとも、何故かダリアに対しての言動が喧嘩腰なように感じるのは確かだ。余計に警戒を解く気にはなれなかった。

「おまたせ。これでいいかい?」

 室内の空気がピリつく中、ジョセフが等身大の人形を抱えて登場した。

 想定より重量があったようで、メイドが二人、汗だくで付き添っている。

 人形(ゴーレム)を受け取ったギャビンはジョセフに大げさに礼を言うと、にっこりと笑った。

「それじゃあ、僕は愛しいリヴを守らないと。ベーヌス島と世界のほうは、偉大なる勇者ダリア様にお任せするとしましょう」

 ギャビンの金の瞳が一瞬、ダリアを捉え、すぐにフイと逸らす。恨みつらみというより、明確な「怒り」の籠った視線だ。

 ゴーレムの素体とやらだけが奴の目的ではなかったのだ、とサザナミは感じた。

 ダリアにその怒りをぶつけ抗議をするのが、むしろ主な目的だったのかもしれない、とも。

 ギャビンは窓に向かってスタスタと歩いていくと、躊躇なく窓枠に足をかけ、そのまま窓の外に身を投げた。

「な……ここは三階だぞ!?」

 思わず窓辺に駆け寄ったサザナミの目に映ったのは、巨大な銀色の鷹と、その背に悠々と胡坐をかく男だった。雪のように白いポニーテールが風になびいている。

 日没直前。辺りが闇に包まれていく中を数秒進んだ彼らは、サザナミの見ている前で、忽然と姿を消したのであった。

 美しく輝く銀色の羽を一枚、残して。



   第二十一話 ギャビン <終>


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