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第二十話 それぞれの正義

 オリヴィアが行方不明になってから、その報せがダリアのもとに届くまでに約三日が経過していた。

 報告に遅れが生じたのは、オリヴィア隊も壊滅状態に陥っていた故である。

 逆によく報せが届いたものだと、状況を把握したダリアはその悲惨さに顔をしかめた。

「それも、例の半妖の仕業だと?」

「はい。オリヴィア隊の報告と、イザベル隊を急襲した男の特徴はほぼ一致しています。同一人物だと考えて良いでしょう」

 カーマイン直属の部下のひとり、サザナミが淡々とした口調で答える。

 彼の妻が出産間近ということもあり、カーマインが遠征に同行させなかった部下だ。東の国由来の名が似合う、涼し気な目元が印象的な騎士である。

 妻は既に避難所である学校まで送り届け、万が一のため助産師も手配し同行させたという。

 非番だったとは思えないほどの速さで状況を把握し行動に移し、自ら情報のまとめ役を買って出てくれている。なんとも優秀な男だ。

 サザナミの情報により、ダリアからの命令と偽り、カーマインを西の島へ送った者も判明している。

「ジュダスは公式の指示書を偽造し、自身の部下を通じて騎士団の情報部へ届けさせたようです。このような、調べればすぐに足がつく方法を使ったということは、おそらく……」

 ダリアとサザナミが眉をひそめた頃、二人の予想通りの報告が更に届けられた。

 ジュダスが屋敷におらず、使用人たちも誰一人行方を知らないというものだ。

「くそ……謀られたか」

 騎士団長カーマインを呼び戻すため遣いを出してはいるものの。

 彼が偽の指示によりベーヌスを出立したのは今朝だという。

 ダリアは窓越しに、赤々と輝く夕陽を睨みつけた。もう日没が近い。

 遣いが追いついてから引き返したとして、帰還までに同程度の時間は要するだろう。移動に使用しているはずの、ケルピー船の御者の腕次第といったところだ。

「う……っ」

 頭が割れそうに痛い。ダリアは小さく呻き、よろめく。

 もともと、魔力と相性の良い体質だ。だからこそ、勇者の力も使いこなすことができた。一部を除いて、存分に引き出せたと自負している。

 そんな身体で魔力炉が不良を起こせば、体調に直結するのは明白だ。

 生きているだけで命が削られていく、呪い。

 限界(おわり)が近いことなんて、自分自身が一番良く知っている。


 ───だから、なんだっていうんだ。


「ダリア様!」

「陛下!」

 口々に呼びかける者たちがいる。

 駆け寄って身体を支え、顔を覗き込む者たちがいる。

 主人を心配し、涙ぐむ使用人たちを見た。

 指揮官がふらつき、動揺する騎士たちを見た。

 冷静沈着な王配を装いながら、青ざめている夫を見た。


 ───死ねない。まだ、終わるわけにはいかない。


「すまない、心配をかけた。少し眩暈がしただけだ」

 ダリアは自力で立ち、背筋を伸ばした。

 若い騎士の一部を除き、目の前にいるほとんどが、かつての戦争の犠牲者である。

 とくに使用人たちは、戦争で配偶者や親を喪い、住む家を奪われ、故郷を追われてここにいる者ばかりだ。

 魔王を封印した後、戦争がすぐに終結すれば助かった者もいただろう。

 救いの手は、この二本だけでは足りなかった。間に合わず、孤児が大勢生まれてしまった。

 もう、あんな想いをさせるわけにはいかない。あんな世界に戻すわけにはいかない。

 何があっても、諦める理由になんてならない。

 命ある限り、守らなければ。

 たとえ───仮初の平和だったとしても。


「……!ダリア、通信が入った!例の、イザベルくんに持たせていた通信機だよ!」

 青ざめ強張っていた表情から打って変わり、ジョセフが興奮気味で声を張り上げる。

 魔物の群れが襲ってこようが、隕石が降ろうが、妻が生命の危機であろうが、自身の「興味」を最優先で生きられるのが、この男の長所である。世の中は短所と呼ぶが。

「彼女に持たせておいて正解だったな。皆にも音声が聞こえるようにできるか?」

「ああ、やってみる!」

 通信機とは、握った者の魔力に乗せて、思念伝達・録音ができる魔法具だ。

 とはいえ量産に至っていないのはもちろんのこと、一方通行の送信しかできない試作機である。

 必要になる可能性が一番高い者として、諜報任務もこなすイザベルに試しに持たせてみたのがつい先日の話だ。

「お待たせ、流すよ」

 ジョセフの言葉で、皆が耳を傾ける。途切れ途切れで弱々しい、イザベルの声が室内に響いた。

「島主……ダリア様に……ご報告申し上げます……まずは、我が父ジュダスの裏切りに謝罪を……」

 内容は、魔王軍(カペル)グウェルバートとジュダスが手を組んでいたこと。

 拠点となっている場所はベーヌス島の地下施設だということ。

 手短に報告を述べた後、最後にイザベルが発した言葉は、その場にいる者を凍り付かせた。


「……魔王、復活を確認」


 *****


「おお……おお!なんと素晴らしい!」

 父ジュダスの瞳は、興奮でギラギラと輝いていた。そのままローガン……否、魔王に駆け寄り、荒い息とともに口を開く。

「我が神よ!あなた様に復活いただくため、どれだけの歳月を費やしたか!吾輩の努力がようやく報われたというもの!願わくはこの献身の褒美をいただければと……」

 自分の功績を並べ立てるジュダスの言葉を頭上に聞けば聞くほど、イザベルの心は怒りと悔しさで満ちていく。

 気づけなかった。この男が正真正銘のクズなのは知っていたのに。

 まさか、魔王を神と崇める()()()()の信徒だったなんて。

「ほう。貴様の望みはなんだ?何のためにこの器を用意し、世を目覚めさせた?」

 魔王の問いに、ジュダスは興奮とともに唾を飛ばしながら捲し立てる。

「吾輩が望むのはベーヌス王権の永続的な復活!周辺の島々の支配権の復活!そのためには、あの忌々しい勇者ダリアを打倒せねばなりません。魔王様のお力が必要不可欠なのであります。そして次代ベーヌス王には……吾輩こそふさわしい!」

 イザベルは唇を噛む。

 結局この男は、私利私欲のために自身が神と崇める存在すら利用しようと言うのだ。

 なんとも、救いようのない───。

「ふむ……なるほどなるほど……」

 魔王の相槌に、イザベルは違和感を持った。

 ジュダスの言葉に対するものとしては、タイミングが少々ずれている。

 表情や視線もジュダスに向けているようには見えない。まるで、内側の何かと会話しているような……。

「それは、褒美を与えねばなるまいな」

 魔王の視線がジュダスを捉える。

「ありがたき幸せ!」

 ジュダスは歓喜に満ちた声で叫んだ。

 その、次の瞬間だった。


 何が起きたのか。正確には、魔王が何をしたのか。イザベルの目は捉えられなかった。

 彼女の目に映ったのは、ジュダスが声を出す暇もなく静かに燃え尽きる光景だけ。


「世を顕現させるためよく耐えた、ローガン。お前を苦しめ続けた男の死にざま、世の目を通して好きなだけ眺めるが良い」

 魔王のその言葉だけは、イザベルの耳に優しく響いた。

 同時に、後悔が押し寄せ涙となって溢れた。無理やりにでも、父から弟を引き離すべきだった。共に暮らすための努力をすべきだった。

(くそ……くそっ。そんなことで弟の人生は報われない!)

 意識が朦朧とする中、ふと、先日ダリアから渡された通信機の存在を思い出す。

 そうだ、なぜ忘れていたのだ、服の襟裏に隠し付けていたではないか。

 ほぼ空に近い魔力を、必死に首元に集中させる。

(頼む、届いて……!)


「我が王よ」

「グウェルバートか、久しいな。お?背が伸びたか?」

「……そうかもしれません」

 このお方は相変わらずだな、とグウェルバートは安堵していた。

 器によって姿かたちが変わっても、心は永遠に少年なのだ。無邪気に楽し気に残酷に、この世をまた塗り替えるのだろう。グウェルバートが信じる彼は、そういう王なのだ。

「お前も気づいているだろうが、世は不完全なようだ。奴を始末しただけで、力が抜け出る感覚があった」

 魔王はその小さな両手を交互に握ったり開いたりしながら、顔をしかめた。

「はい。器であるその少年の身体に、まだ魔力が馴染みきっていないのでしょう。無理に力を行使すれば、器と分離しかねないかと」

「やはりそうか。では、グウェルバートに命ずる。世が万全の状態になるまで、この身体……ローガンととともに世を守れ」

「御意に」

 膝をつき頭を垂れながら、グウェルバートは素早く攻撃魔法を横に一閃放った。

 怪しげな魔力の流れを感知したからだ。イザベルが動かないのを確認し、襟裏から謎の丸い機械を回収する。

「まーた面白そうな物を作っておるな、人間は」

 魔王はケタケタと楽しそうに笑う。おそらくグウェルバートより先に、イザベルの行動に気づいていたのだろう。

 面白そうならとりあえず泳がせて観察する。そういう性格なのである。

「既に何かしらの情報は送信済のようです。御身のお力も十全に発揮できない状態ですし、面倒なことになる前に場所を移しましょう」

「うむ!賛成だ!」

 元気よく快諾した魔王は、祭壇に座った状態のまま、グウェルバートに向かって両手を伸ばす。何も知らない者が見れば、父親に甘える幼い少年そのものだ。

 ふわりと抱き上げ、部屋を出た。


 魔王を守り抜く。主君の望む世界をともに創る。

 それが、男の忠誠であり───正義であった。



   第二十話 それぞれの正義 <終>



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