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第十八話 王として、騎士として

「指揮をとれる者が不足しているため、お前を臨時で隊長とする。良いな?ラファエル」

「ご命令とあらば」

 左手を胸に当て礼をするラファエルに、ダリアは指示を続ける。

「学校を島民たちの避難所とする。ラファエル隊の役目は避難所の安全確保だ。校内で仕事中であろうローシェンナへの状況共有も頼みたい。二人で協力して任にあたってくれ」

 万が一に備え、物資は校舎内に備蓄してある。ローシェンナならうまくやってくれるはずだ。もし周囲を敵に囲まれるなどしても、しばらくは持つだろうとダリアは踏んでいた。

 問題は、島民の避難が間に合うかどうかだ。

「医療班を含め、指揮下に入る者たちは後から向かわせる。後ろを気にせず先に行け」

「そういうことでしたら、お言葉に甘えさせていただきます」

 もう一度頭を下げたかと思うと、瞬きの間にラファエルは大広間から姿を消した。相変わらず、母譲りのスピードは人間離れしている。


 大広間は、騎士団員でごった返していた。

 通常、ダリアから騎士団全体に直接召集をかけることなどない。指示を伝言ゲームにしないために手っ取り早く集めてみたものの、場所を屋内にしたのは失敗だったとダリアは少し後悔していた。むさくるしいことこの上ない。

「うわぁ、改めて見るとすごい人数だねぇ。これは頼もしい」

 隣に立つジョセフが大げさに、大広間全体を見回す仕草をする。

「これでも避難誘導の先行部隊は既に動いているから減ったほうだよ。各隊への状況説明と指示は終わったが、この人数に今から戦闘開始の宣言もしないといけないらしい。これだから島主になんてなるもんじゃ……」

「うん、それなんだけど。今ってさ」

 ジョセフがダリアの肩に手を置き、顔を覗き込む。

「緊急事態、だよね?()()()()()()()()()()()()()()()()、ね?」

 笑顔で促すジョセフが、何を言いたいのかは痛いほどわかっている。

 忘れているフリで誤魔化そうとしたダリアの思惑は、とっくの昔にバレているらしかった。

「あーもー、だからあの法律(ルール)は拒否したかったんだ!クソジジイめ」

 ダリアは盛大に頭を搔きむしると、騎士たちに向き直った。

 ベテランのメイドがひとり近づいてくると、ささっと素早くダリアの髪を整え去っていく。

 覚悟を決め、すぅーっと音を立てて息を吸い込む。

「よーし!今だけだ。諸々終わらせるまでの期間限定だからな?そこんとこ、皆ちゃんと肝に銘じて聞けよ?」

 ダリアが一言発すると、それまでがやがやと騒がしかった騎士たちが一斉に口を閉じ姿勢を正した。

 皆の視線を一身に集め、ダリアは口を開く。


()()ダリアの名によって命じる!ベーヌス王国騎士団よ。民を守るため、その命を賭して戦え!」

 

 ベーヌスには緊急時にのみ適用される法律───コード:クラウンと呼ばれるルールがある。

 其の一。ベーヌスは本来の王国として、島主は本来の国王としての在り方に戻り、国家の存続を死守すること。

 其の二。其の一が発動され続ける限り、王国騎士団は国王の指揮下に置かれるものとする。


 かつて「王城」であった島主家の、「玉座の間」であった大広間で。

 自ら島主の立場を選んできた「女王」は、声高らかに宣言した後、ふっと頬を緩めた。

「と、これはお決まりの口上ってやつでな」

 腰の鞘から愛刀を抜き、天井に向かって突き上げる。

 その威風堂々たる姿は、世界に名を轟かせた伝説の勇者そのものであった。

「全員、生きて帰れ!誰一人死ぬのは許さん!王からの最重要任務と心得よ!」


 *****


 バタンと戸が閉まる音で、イザベルは目が覚めた。

 真っ先に感じたのは後頭部の痛みだが、どうやら背後にある木箱の角が当たったのが原因らしい。

 戦闘時は兜をかぶるのが常だが、そういえば海上の見回りなのでなるべく軽装にしておこう、と隊の全員で兜は置いてきたのだったと思い出す。

 迂闊だった。平和な時代だからこそ気を抜かずにと、日々鍛錬してきたはずなのに。

 不意を突かれたあげく誘拐まで許してしまったのは、イザベルをはじめ騎士団の油断が招いたものだ。

 副騎士団長の立場でありながら、なんという体たらく。イザベルは自身を責め唇を噛んだ。

 ダメ元で武器の所在を確かめる。予想通りだが、やはり全て取られてしまった。隠し持っていた短剣すら奪われているようだ。

 手足は長めの鎖で床に繋がれている。鎖はうっすらと魔力を帯びており、魔力の性質は不明。力任せに引きちぎるのは悪手だと思われた。

(ここは……どこだ……?どうにかして騎士団と連絡を取らないと)

 それなりに広さのある倉庫のようだ。うっすらと明かりは灯っているが、そこかしこに木箱が積み上げられており、出入口を目視することはできない。

 目で追える範囲の壁を上方まで全て確認してみるも、窓はひとつも見当たらなかった。

 脱出経路や位置情報のヒントはおろか、日時すら推測できない。

 うーん、と小さく唸りながらイザベルは背後の木箱にもたれかかった。

(この木箱の中身から情報を得られるかもしれない……鍵がかかっているな。割ってみるか?)

 鎖と違い、木箱からはとくに魔力は感じない。

 割れる音を聞きつければ外の見張りか何かは飛んで来るだろうが、このままじっとしているよりは、ずっと良い案に思えた。どうせ他にできそうなことも無いのだ。

 両手を組み、力任せに木箱に向かって振り下ろそうとした、その時。

(……!誰か来る)


 複数人の足音が近づいて来た後、キィと音を立て扉が開く気配がした。

 足音からして、入ってきたのは二人。他は外で待つようだ。

「この部屋で合っていたな?まったく、どれも似たようなつくりで見分けがつかん」

「扉に番号があるだろう。そもそも此処は貴様の所有物ではなかったか、ジュダス」

 聞き覚えのある声。そしてジュダスという名を聞き、咄嗟に木箱の陰に身を隠した。

 ひとりは、おそらくイザベル隊を急襲した半妖の男。

 そしてもうひとり。ジュダスと呼ばれた初老の男を、イザベルはよくよく知っている。───イザベルの父だ。

 息を潜めるイザベルと、木箱の山を隔てて、男二人の会話は続く。

「作らせたのは吾輩であるが、どうにもデザインは興味がないので任せっきりでな。番号プレートも小さくて読めぬ……そういえば、あやつはどうした?」

「娘なら、隣の倉庫で例の鎖に繋ぐよう命じてある。ふん、貴様にも親心などというものがあったとは意外だな」

「利用価値が残っているものは利用せねば勿体ないというだけだ」

 察するに、自分は部屋を間違えて運ばれたのだろう。イザベルは慎重に木箱の陰から様子を伺った。

 父ジュダスの性格は嫌というほど知っている。

 娘として愛されたことなど、幼少期まで遡ってみても記憶に無い。それどころか、人を人として見ているかどうかすら怪しい男である。「利用」などという言葉ごときで、今更傷つくのも馬鹿馬鹿しいというものだ。

 そんなことより、今は奴らの目的を明らかにするのが重要だと判断を下す。

 応援を呼べない海上での任務を狙い、イザベルを急襲し誘拐したのはなんのためか。

 奴らはいったい、なにを企んでいる───?

「全ては整った。始めようではないか、グウェルバート」

 よく見ると、半妖の男───グウェルバートが何かを肩に乗せるように抱えていることに気づいた。

(子ども……?)

 イザベルの位置からは下半身しか見えないが、身長からして十歳前後だろうか。

 気を失っているらしく、力なく垂れ下がった両脚がグウェルバートの動きに合わせぶらぶらと揺れる。

 サスペンダーつきのチェックパンツと、黒い革靴にはどこか見覚えがあった。

(ま、まさか……)

 床より一段高い位置に置かれた祭壇のような物に、グウェルバートが子どもを寝かせたのを見て、イザベルの疑惑は確信に変わる。

「ローガン……!」

 耐えきれず、悲鳴に近い声が小さく漏れ出た。

 石造りの祭壇の上で灯りに照らされた少年は、イザベルの弟・ローガンだったのである。

 ───冷静に、冷静になれ。

 飛び出したい気持ちを必死に抑え、歯を食いしばる。

 今は情報収集だ。見逃せば、ベーヌスにとっての重大な危機に繋がるに違いない。

 奴らの企みを暴くまで耐えるべきだ。きっとそれが、国と民を守る騎士としての正しい選択だ。

 祭壇の上で眠る少年の顔を見つめながら、力いっぱい拳を握る。

 情報と愛する弟は島主家に届けねばならない。───この身がどうなったしても、必ず。


(ローガン。絶対に、絶対に姉上が助けるからな)



   第十八話 王として、騎士として <終>


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