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第十一話 花園の門番

 翌朝。宿のエントランスには、晴れやかな表情の双子の姿があった。

「おかげさまで、完全回復したよ。ありがとう」

「朝ごはんもおいしかった!」

 シディアとアリスの礼に、支配人は「それはよかった」と微笑む。カウンターの向こうで笑顔を張り付けているスタッフは相変わらず無言だが、心なしか嬉しそうに見える。


 支配人が出口に案内しようと道を示した、その時だった。


 ドンッという大きな音とともに、宿の壁に大きな亀裂が走った。

 スタッフがすかさずカウンター内で手を動かし、エントランス全体を光の壁が覆う。魔力を利用した防御壁だ。

「これは……まずいですね。少々失礼します」

 支配人の両手が、アリスの戦鎚とシディアの左手───正しくは左手に嵌めた黒手袋を同時に掴んだ。目を閉じ少し力を込め、すぐに手を離す。額には、少しだけ汗が滲んでいた。

「ふぅ。応急処置ですが、ないよりはマシかと」

「なんだ?何をしたんだ?」

「シディア様の手袋には、リミッターをつけさせていただきました。魔力を込められる上限ができた、ということです。また天井をぶち抜くレベルで魔法攻撃をされますと、洞窟が再生できなくなる恐れがありますから」

 シディアは気まずさで背を丸めながら謝罪を口にしようとしたが、それを制し支配人は続ける。

「アリステア様の武器には、ハンマー以外の物に変形できる機能を加えました。ハンマーでは相性が良いとは言えませんので。ただし、()()()()()()()()()()()()()()()()()です。さすがは天才ジョセフ様の発明品。そう簡単に私がいじれるものではありませんでした。今できるのはこれが限界です」

「相性って、地下三階の魔物との相性のこと?」

 アリスが尋ねる。昨晩子どもらしくはしゃいでいた少女はどこへやら。戦鎚を握る顔は、すっかり戦士のそれだ。

「はい。正しくは花園の門番、ガーディアンとの相性です。そのへんの魔物(モブ)はそのままで十分でしょうが───」

 支配人の言葉を遮るように、またドンッドンッと大きな音が響いた。

 そして、耳をつんざくような───獣の咆哮。

「お二方、カウンターにお掴まりください!舌を噛まないよう気を付けて!」

 何が何やらわからないまま、慌ててカウンターにしがみつくと同時に、シディアは浮遊感を覚えた。


 身体が浮いている?

 否。否だ。エントランスが───宿全体が、落ちている。


 ほどなくして、叩きつけられるような衝撃とともに()()する感覚があった。

 防御壁のおかげで身体にダメージが無いのは幸いだ。

「あれが、ガーディアン?」

 壁の亀裂から、アリスが外を覗き見る。支配人が硬い表情で頷くのを確認し、シディアも亀裂の隙間に目線を合わせた。

 花園の門番、ガーディアン。

 支配人が言っていた通り、二足歩行の灰色の狼だ。質素な鎧に身を包み、右手には巨大な斧を握っている。

 イメージしていたほど大きくはなく、せいぜい人間離れした大男、程度の体格だ。

 ほんの少し安堵したシディアだったが、異常な状況には変わりない。現状、最も気になるのはガーディアンが一心不乱に何かをむさぼり食っていることだった。

「あのアメーバみたいなデカいのも魔物だよな?仲間割れか?」

「あれは……地下二階の試練です」

 深刻な声色で、支配人が答える。昨晩聞いた、幻覚魔法を使う魔物のようだ。

「本来、試練の魔物はフロアを移動することはできません。おそらく、()()()()()()()()()()()()()()。それだけではありません。ここは───()()()()。最奥の花畑に続く扉の前です」

 双子は息を飲んだ。

 地下二階から地下四階まで、二階分も落下させられたということか。本来ならとっくに命はなかっただろう。

 改めて防御壁を展開してくれたことに感謝しながら、シディアはカウンターを振り向く。スタッフが相変わらずのお面のような笑顔で、ぐっと親指を立てた。

「ねぇ、アイツなんか変だよ。苦しそうっていうか」

 アリスの言葉とほぼ同時に、ガーディアンは戦斧を自ら投げ捨てた。刃が固い地面に跳ね返り、金属音が鳴り響く。

 息を荒げ、低く呻き、地面に這いつくばる。そして。

「え……大きくなってる……?」

 つい先ほどまで二足歩行だった狼は、四足でしっかりと地を踏みしめていた。

 大男程度だった身体は二倍、三倍と膨れ上がり、鎧が耐えきれずはじけ飛ぶ。

「そんな……そんな能力はガーディアンになかったはず……」

 狼狽える支配人のこめかみから汗が一筋流れ落ちた。何かにつけてハンカチを出す癖は、今は忘れ去られているようだ。

 ようやく止まった「成長」に満足したように、巨大な灰色の狼は長い長い咆哮を放った。

 血のように赤い瞳がギラリと光る。

「っ!支配人さん!」

 アリスの叫び。繰り出された鋭い爪と、後方に吹き飛ぶ支配人。

 シディアは戦慄した。ガーディアンの攻撃によって、防御壁が破られたのだ。二階分の落下の衝撃を耐えた防御壁が、たったの一撃で。

「スタッフさん、支配人さん連れて逃げて!」

 先ほどの攻撃で空けられた穴から、アリスが飛び出して行く。

 逡巡するシディアに、瓦礫の中から支配人が明るく声を掛けた。

「ご心配なく、私は無事です。ちょーっと姿を保てなくなっていますが、時間とリソースさえあれば、いくらでも修復できますので」

 本当に彼らはいったい何者なんだと思いつつ、シディアは壁の外の戦況を目の端で確認した。

 今のところ、狼が魔法を使っている気配はない。

 膂力と膂力のぶつかり合いでアリスがそうそう負けるとは思えないのだが、相手は得体のしれないデカブツだ。たとえ役立たずの兄でも、せめて攪乱くらいは手伝ってやりたい。

「アリスも言っていた通り、二人とも安全な場所に逃げてほしい。この神出鬼没の宿なら簡単だろ?」

 こくり、とスタッフが頷く。

 戦場に向かおうとするシディアを、支配人の早口が追いかけた。

「地下三階にいたはずの、魔物たちの気配が消えています。落下の衝撃で死んだものもいるでしょうが、おそらくほとんどがガーディアンに捕食されたのでしょう。今の彼は、私どもが知っている彼ではない。明らかに正常な状態ではありません。どうか、どうかご武運を!」

 先ほどのスタッフの真似をして、シディアは親指を立てたのだった。

 残念なことに、その親指は恐怖で小刻みに震えていて、格好がつかなかったけれど。


「あ゛ーーもう、鎧脱いだくせに硬すぎ!」

 桃色の戦鎚を振り下ろしながら、アリスは叫んだ。

 決して、攻撃が通っていないわけではない。打撃を受けた(ガーディアン)がよろめくこともあれば、痛みに呻く様子もみられる。

 しかし、アリスが愚痴りたくなるのも無理はなかった。もうどれくらい撃ち込んでいるかわからないほど攻撃を浴びせているというのに、地に倒れる気配もなければ、反撃が緩む兆候もないのである。

 やはり、支配人が言っていた通り戦鎚では相性が悪い、ということらしい。致命的なダメージを与えられないのだ。

 爪や牙での攻撃をかわしながら無傷で攻めているのはアリスのほうなのだから、優勢といえば優勢だ。だが、これが続けば体力が底を尽き、隙を突かれて致命傷を食らうことになるのはアリスのほうなのは明白だった。

 先制すれば勝ちとばかりに突っ込んでいくしか(すべ)がなかったアリスに、騎士団長カーマインが授けてくれた戦闘の心得のひとつである。

(体力で勝てないなら、相手の弱点を突き短期決戦で片づけるべし。……でも)


 騎士団で参加させてもらった練習試合でも、アリスはハンマー以外の武器の使用経験を積んでいない。

 初回こそオーソドックスな剣を持たされたものの、指導にあたった団員が「向いていない」と判断したらしく、数時間で弓、槍、斧……と次々替えられた末に落ち着いたのがハンマーだったのだ。

 カーマインに頼んで島内の任務には何度か同行させてもらったが、魔物との戦闘経験も豊富とは言えない。そもそも、ベーヌス島はほぼ全域が平和な土地なのである。


 戦鎚を握る両手に、更に力を込める。

 変形できるのは一度きり、と支配人は言った。

 考えろ、考えろ。

 何に変形させるべきか。どの武器なら、この巨大な狼に致命傷を与えられるのか。

 考えろ、考えろ。


 ───はぁ。あたし、考えるのって苦手だなぁ。



   第十一話 花園の門番 <終>


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