第3話 進路変更
神宮地下。雷鳥に跨り、特に傷を負うこともなく着陸した鷹昌は、不思議な光に満ちた洞窟に立っていた。
「まあ電波は届かねーよな」
通信端末を確認しながら洞窟の奥へと進む。存在が公にされておらず、内部の資料は国の組織によって厳重に保管されている地下空間。目的のものがある場所に繋がる通路の途中に至る形で穴が開けられたにも関わらず、鷹昌が迷わず進めるのは剣の力に寄るものだ。
『剣』同士を近づけると、何らかの形で反応する。どのような形で反応するかは剣によって異なり、基本的には振動や音、光などが主であるが、鷹昌の持つ『雷剣』は微弱な電流で知らせてくれる。
洞窟を少し歩くと、目的のものはすぐに見つかった。
地下とは思えない広大な空間。その中心部に、『神剣』は鎮座していた。
「まあ剣に鎮座ってのも変な気がするが……神剣だしな」
そんな益体のない独り言を呟いていると、剣を握る手に電流が走った。
「思ったより早かったな」
「これでものんびり来たんだぞ。そこの少年とお嬢ちゃんが乳繰り合ってたから」
「ちっ…!? そういうのやめてくださいよ……」
鷹昌は内心穏やかではなかった。海星と火波に『雷剣』を使っているところを見られたのもそうだが、女が海星をここに連れてくるのも予想外だったからだ。
「なんで連れてきた」
「なんでってそりゃ盾だよ。こんな大穴開ける範囲攻撃ぶっ放されちゃ流石にキツいからな」
「俺から頼んだんだよ。鷹昌が面倒なことに首突っ込んでそうだったから。というかこんな大穴開けたのお前かよ……すげぇな」
鷹昌は一瞬驚いたような顔をした後、笑い始めた。
「まあそうだろうなとは思ったけど……ここまで見られちゃもう戻れねぇな」
「……?」
鷹昌の言葉に、海星は内心首を傾げる。確かに、よく知っている友達がこんな超能力を隠し持っていたのは少しショックだ。漫画やアニメなら、自分のポジションは主人公と違って何の特殊能力もない学校の友人Aって感じだし。
「ハッ、ここまでのことやらかしといて戻れるつもりでいたのか?」
女が鼻で笑いながら言う。
「戻れたらいいな〜ぐらいのもんだよ」
「人殺しといてよく言うぜ」
鷹昌は、女の言葉を否定しない。
「は? それってどういう……」
困惑する海星をよそに、女と鷹昌は続ける。
「アンタだって殺したろ。前任者がアンタにやられなきゃ俺はこんな面倒なことやらずに済んでたのによ」
鷹昌は数日前に変電所で致命傷を受け、雷剣を遺して死んだ男を思い浮かべる。
「一緒にするな、とは言わんが……テロリストみたいなやつらが『剣』を握ったらもう容赦してらんねぇことぐらいわかるだろ。てかアイツだって私のこと殺す気できてたんだしお互い様」
「まあそれもそうだな……さっきまでのは嫌味だと思ってくれていい」
「心配しなくても嫌味以外には聞こえねぇよ」
問答がひと段落した辺りで、海星が口を挟む。
「なあ……鷹昌が殺したって、何の話……?」
「何の話ってこの大穴開けたときだよ。どうやっても人巻き込む規模だろ」
海星は、自分が無意識に目を背けていた光景を思い出す。理解を拒み、頭の片隅に追いやっていた疑問が掘り起こされる。
今日は休日で、境内には人が多かった。ごった返しているとまでは言わないが、観光地の名に恥じぬ程度に人がいる。無論それは本宮も同じであり、火波が文句を言う程度には賽銭箱から始まる列ができていた。
無意識に、または脳がショックを軽減するために、組み上げず放置していた情報、要素が嫌でもある結論に向けて組み立てられていく。
「ゔ……うぇ……」
海星は吐き気を催すが、幸い出てくるものがほとんど入っていなかった。
脳裏を過ぎるのは、大穴付近の光景。崩れた建物、吹き飛んだ鉄柵、太い枝まで捥げてしまった木々。吹き飛ばされて倒れた人々や、建物の中にいた人たちはまだマシだったかもしれない。
さっき参拝したときにはなかった大穴。今にして思えば、あの揺れはこの掘削によるものだったのだろう。女や鷹昌の発言からして、一瞬でここまで深く掘れる手段。本来攻撃に使うものだと考えられるそれは、きっと火力が高いどころの話ではないだろう。ならば、その場に居合わせた人々はどうなったのだろうか。考えるまでもない。
「まあこうなるよね」
海星を横目に発せられた澪の言葉に、鷹昌はため息をつく。
「わざわざ余計なことしやがって」
「私にとっては必要なことなんだよ。というか今を逃すともっと面倒なことになるかもしれないし」
「まあいいや。おしゃべりはこんなもんでいいだろ」
「だな。さっさと始めようぜ」
2人はそう口にすると、剣を構える。澪が手にするのは両手を埋める大きな片刃の機械剣、鷹昌が握るのは同じく片刃であっても、澪の機械剣よりも二回りほど小さい短剣であった。
「「剣現せよ」」
「想剣・以奴加比保之!!」
「雷剣・サンダーバード!!」
2人が同時に口にする。鷹昌の剣がバチバチと光を伴って音を鳴らし、女の剣と手足につけた装備が光を発した。
先に仕掛けたのは、鷹昌だった。
「雷速」
口にした言葉を置き去りにするかのような速度で、鷹昌は澪に接近する。一気に距離を詰めて斬りかかろうとしていたが、
「その動きは知ってるよ」
機械剣により真正面から受けられていた。
「まあ変電所のときに一回戦ってるんだもんな。あのときこれ使ってたのは俺じゃないけど」
鷹昌が仕切り直すように距離を取る。
「随分と慎重だな。日和ってんのか?」
「そっちこそ。その得体の知れない大剣、さっさと使えよ」
売り言葉に買い言葉。煽る澪に、鷹昌が応じる。
「色々とデメリットもデカくてね。好き放題使えるってわけじゃないんだ。変電所襲ってお腹いっぱいの君の剣と違ってね」
「随分色々と喋ってくれるんだ、な!!」
鷹昌が剣を振ると、澪に向かって眩い雷が迸った。
「後進育成なんてのは縁がないと思ってたんだけどね」
「ハッ、殺す相手に育成も何もないだろ。殺されるつもりもないけど」
「それもそうだね」
雷を避けて跳躍する澪と、雷撃に追従するように接近し、着地を狙った鷹昌の剣が火花を散らす。だが、剣戟はそう長くは続かなかった。重量差のある剣での押し合いは不利と判断した鷹昌が距離を取る。
今度は澪の方から仕掛る。機械剣を振るうと、斬撃が飛んだ。
「いっ……!?」
(斬撃飛ばすのどうやってんだアレ……前任者とか獣剣使いもやってたけどまどやり方わかんねぇんだよな)
そしてその斬撃を追うようにして、澪本人が迫る。鷹昌は斬撃を辛うじて避け、澪の剣をなんとか弾いた。が、澪の蹴りが脇腹に入る。
「がっ……はっ……」
地面を転がる鷹昌に、澪が歩みを進める。
「出し惜しみしてる場合じゃねぇな……」
鷹昌は剣を地面に突き立てて立ち上がると、それを抜き去ると同時に短く言葉を告げる。
「顕現。飯の時間だ、サンダーバード」
パリリッ、と雷剣の周囲に電光が迸る。直後、落雷のような轟音と閃光が炸裂し、巨大な怪鳥の影が広がった。
この空間の全てを見下す雷鳥。この世のものとは思えない、耳を劈く叫声をあげる。
「サンダーバード。アメリカの部族伝承に度々存在が仄めかされる未確認生物……!」
その声に微かに含まれていたのは緊張か、興奮か。しかしいずれであったとしても、澪は後退ることすらしなかった。
「久しぶりだなこの感じ!! どこに触れても静電気もらいそうでヤだぜ」
「随分と余裕がありそうなことで」
「そりゃそうだろ。もう慣れてんだよ」
そう宣う澪は今や笑みすら浮かべていた。怪訝な顔をする鷹昌だったが、やることは変わらない。手にした剣を掲げそれを大きく振り下ろすと、応じるかのように雷鳥がまた大きく鳴いた。少し前に鷹昌が使ったものよりも、数段威力の高そうな雷撃が澪を襲う。
「やっぱ楽しそうだなそれ!!」
「そんな使い方もアリなのか」
澪は脚部に装備していたパーツを避雷針代わりにパージし、直撃を免れていた。
「せっかく鳥さん見せてくれたんだし、こっちもサービスしちゃおうか!」
澪が着地し体勢を整えた次の瞬間、
「メモリーチャージ・竜剣クレティシャス!!」
澪の叫びに応じるかのように機械剣が緑に発光し、地面が隆起する。
「顕現!! アンキロサウルス!!」
地中から現れたのは、現代の大型車程度のサイズがある、トカゲのような生物であった。ただし、体表が鎧のようなものに覆われ、尻尾には巨大なハンマーがついているという凡そ現代にあるまじき形をしていた。
「は!? 恐竜ってそれうちの……いや、竜剣は2本あるんだったか!?」
のしのしと歩く装甲車のような恐竜を見ながら、鷹昌は思索を巡らせる。
(あの剣の見た目は変電所の回収担当の報告とも録画映像とも一致してる。ただあのときは剣は紫に発光、それと同時に斬られた前任者が消滅したって話だった)
前回の澪と前任者の戦いを見ているからこそ、鷹昌は消滅攻撃の予備動作と思われる紫の発光には気をつけていた。だがここまで一度も、澪の機械剣は紫に光ってはいない。
サンダーバードが鷹昌の指示を待っているかのように空中で停滞している。澪は何やらアンキロサウルスを撫で始めていた。
(いや、考察は戦いながらだ。あの映像にちゃんと音声が入ってなかったのが痛いな……)
鷹昌が過去に閲覧した映像は電気の影響で録音系がおかしくなっていたのか、音が明瞭ではなかった。
「私の剣について考えるのは後回し、とか思ってる?」
「……!」
図星だ。なんなんだこの女はと思う鷹昌をよそに、澪は続ける。
「顔に出てるよ。あと考察はのんびりやってくれていい」
「……意図がわからん。時間稼ぎか?」
「言っただろ、後進育成だって。答え合わせぐらいならしてあげるしさ。ほら、仮説でいいから聞かせてよ」
「……コピー」
答えを促す澪に、鷹昌が渋々答える。
「おっ」
「原理は不明だが剣の能力をコピーできる。それがアンタの剣の能力じゃないか?」
「そう思った理由は?」
なんか先生みたいでウザいな……とぼやく鷹昌だが、情報を得られるのであれば仕方ないと言葉を紡ぐ。
「まず同じ剣なのに前回と今回で能力が違いすぎる。剣はあくまで学習対象とした生物や事象、物体に由来する能力になるはずだ」
「前回って言うと……多分アレかな? 雷剣の前任者を飛ばしたやつかな。でもそれだと」
「それだと空間や時間に干渉するタイプである可能性が否定できない。前任者が消滅したのも転移系能力で、そこの戦車みたいなトカゲも同じように収納してて今出した、とかな。違うか?」
「いいねぇ、ノってきたじゃん!」
「どうも。そんでアンタはついさっき『竜剣』って言ったよな。剣現のときには『想剣』って言ってたにも関わらず、だ。それなら想剣の中に、なんらかの方法で竜剣の力を取り込んだって考える方が自然じゃないか?」
『剣現』は剣固有の能力を扱うための起動のようなものだ。正しい名、この場合は銘と呼ぶべきかもしれないが、それを口にしなければ剣の力を使うことはできない。つまり、最初に呼んだ『想剣・以奴加比保之』こそがこの剣の名であると考えるべきだ。
「そんでそっちにある竜剣が俺たちの持ってるやつと同じものなら、時空間をどうこうする能力はないはずだ」
鷹昌が考察を締めくくる。
「というわけで、想剣はなんらかの方法で他の剣の力を行使できるってのが結論。今回はどうやったか知らんが竜剣だ。まあ消去法だしコピーってのは願望込みだけど」
「ほぼ正解だね。君たちのものじゃない竜剣については君たちのと同じものってわけじゃないんだけど、君の勉強不足……というよりそちらの情報不足かな」
鷹昌の解答に対して、澪が補足を入れる。
「こればっかりはオタクしかわかんなそうだし、そもそも竜剣周りを突き詰めると私がズルしてるせいでややこしくなってる節もあるからね。大目に見よう」
そう口にする澪に対して、鷹昌は少し小馬鹿にしたように笑う。
「で、正解ならなんかくれんのかよ」
「いいや別に。というかこんだけ喋ったんだからそれでいいでしょ」
「だよな」
鷹昌は笑いながらも、次について考えていた。
(雷砲は……規模がデカすぎて天井が崩れそうだよなぁ。雷速で神剣パクって逃走もナシではないけど、ミスって直に触れたら呪われてアウトだし最終手段だな)
鷹昌は腰に着けたホルスター、その感触を確かめる。
(使うことになるだろうとは思ってたが……いざ使うとなると緊張するな。あとはいつ使うかが問題だが……)
「君、竜剣見たことあるんだよね?」
唐突に、澪が鷹昌に語りかける。
「あぁ。こっちのとそっちのが同じものなら、できることも大体わかる」
「話が早いね。せっかくだから大盤振る舞いしちゃおうか!!」
途端、またもや機械剣が紫光を帯びる。だが、それによって引き起こされる変化は先ほどのものとは比べものにならなかった。
「顕現せよ!!」
隆起した地面から姿を現したのは、体長3〜9mの恐竜たちだった。パッと見ただけでも5体以上はいる。
「いくらここが広いからって……!」
「ん〜、これでも結構小さめのやつ選んだんだぜ?」
澪を守るように側に控えているアンキロサウルスを除く全ての恐竜が、鷹昌に対して牙を剥く。
「護衛以外は肉食オンリーかよ」
走り寄ってきた小型恐竜を避けつつ首筋を狙う。小型恐竜が倒れて塵になりつつあるのを確認し、後続に雷撃を飛ばして距離を取る。
「いくら数出そうが広めに焼けば終わりだろ!!」
鷹昌がそう口にすると同時に、黄金色の怪鳥が叫び、雷撃が四方八方に走る。澪と鷹昌の間にいた恐竜たちはみな倒れ伏し、消滅のときを待つのみかと思われた、そのときだった。
「いっ!?」
鷹昌の右肩に、体長が50cmあるかないかの鳥のようなものが噛みついていた。身を捩って振り払うが、剣を持つ手に力が入らない。
「何もデカいやつだけが恐竜ってわけじゃないんだぜ。気づかなかっただろ」
好機と見て接近した澪によって、雷剣が弾き飛ばされる。地面を滑った剣は暗がりに消え、時を同じくして雷鳥も霧散した。
「勝負アリ、だね」
剣を下ろそうとする澪に向かって、鷹昌が呟く。
「そうやって油断するのを待ってたぜ」
言い始めた時点ですでに抜かれていた銃を澪に突きつけ、躊躇うことなく発砲する。訓練は何度も受けてきた。この距離なら外さない。
しかし、澪の胸から血が吹き出すことはなかった。代わりに、大きな金属音が鳴り響く。
「防御してても流石に痛いな……ちゃんと避けるべきだったか?」
そう口にしながら、澪は鷹昌の銃を剣で切り捨てていた。
「悪いね。全部知ってるんだよ」
「化け物かよ……」
横っ腹に蹴りを入れられた鷹昌が、地面を跳ねる。
「返り血浴びたくないし、これで勘弁してくれ」
機械剣を下から上へと振り上げると、発生した斬撃が地面に軌跡を描きながら進んでいく。
そのまま首と胴を寸断するかに思われたが、直前で弾かれ霧散した。
「なっ!?」
驚きの声は鷹昌のものだ。鷹昌を背に剣を振るったのは、海星だった。
「聞きたいこととか知りたいことは色々あるけど……全部後回しだ」
「お前……なんで……」
「死んでからじゃ話もできないだろ」
そう口にする海星は震えていた。だが、その手の蛇行剣を確と握りしめている。
「というかそれ……痛くないのか?」
「? 別に何もないけど……」
海星がこのあとどう立ち回るか、そもそも自分に戦えるのかと考えていると、静観していた澪が剣を下ろしてため息をついた。
「はぁ〜! つっかれたぁ〜!!」
困惑する海星と鷹昌をよそに、澪は続ける。
「や〜っとここまで辿り着いた! いやいやごめんね? 今までバチバチやってたところ申し訳ないんだけどさ、君たちウチに来ない?」
澪の発言は、この場になんとも似つかわしくない勧誘であった。