第1話 乗り換え
地域柄ゆえか雪こそ降っていないものの、冷たい空気が喉にしみる。旭野海星は朝日に目を細めながら、歩いて10分ほどの駅へと向かう。
そう、今は冬休み真っ只中。クリーニング中の学生服に代わって、この長期休みに備えて購入した私服を着ている。
駅に着くと、昨日も見た顔が2つ。
「海星が最後で〜す!」
「待たせてすまん、けど時間通りだろうがよ」
「煽ってる方も今来たとこなんだよなぁ」
「歩いてきてるの見えてたぞ」
女としてのプライドを捨てきれていないのか、口調に反して毒気のない笑顔のまま俺を馬鹿にしている方が観夕火波。もうちょっとウザみのある変顔をするべきだったな。マイナス20点。
ツッコミ担当のメガネは昼岡鷹昌。元々コンタクト派だったがメガネに変えたのはメガネ姿を彼女に褒められたから、ということらしい。なんかムカついてきた。
「そろそろ電車来るし入ろうぜ」
そう言いながらICカードをタッチし、そのまま入っていった鷹昌に俺も続く。火波はリュックにぶら下げているパスケースが取れず、パタパタと腕が忙しなく動いている。自分の尻尾を追いかけている動物みたいだ。動画撮っとけばよかったな。こっから3日は擦れるぞ。
ほどなくして電車が来た。ガラ空き、というほどでもないがそれなりに空いており、ボックス席に座ることができた。俺と鷹昌が隣同士で座り、火波が進行方向に逆らう形で1人で座る。鷹昌が口を開く。
「乗り換え何回だっけ」
「1回じゃなかったっけ」
「このあと快速に乗り換えてそっから2時間ってってところだな」
今日の目的地はナゴヤだ。水族館に神社と、あと時間があれば城も観に行きたいと思っている。もっとも、このメンバーの場合はどちらかと言えば食事に力を入れることになるかもしれないが。
「あんかけスパ食ってみたいんだけどアレどこにでもあるもんなの?」
「何それ……」
鷹昌の言葉に、火波が眉根を寄せる。どこかで聞いたことある気がする……と脳内の棚を開閉していると、部活の先輩が喋っていたのを思い出した。
「あー、なんか先輩たちは駅前で食べたみたいなこと言ってた気がする」
「行くなら2人で行ってきてよ」
「食わず嫌いは良くないぜ」
「そうだぞ、ナゴヤの民に謝れよ」
「勝手に悪口だと思ったのは君たちなので私は悪くありませ〜ん」
「悪口扱いしたのは海星だけなんだが」
毒にも薬にもならない会話を続ける。常に煽らなきゃ気が済まないのも通常運転だ。
「そういやこの前の発電所?変電所?の爆発事故ってまだ詳細わからないんだね」
ネットでニュースでも呼んでいたのか、柄にもなく時事的な話題を振ってくる火波。
「さぁ? 危ないしなかなか調査も進まないんじゃねぇの?」
なぜだか一瞬、鷹昌が顔を顰めたような気がした海星であったが、まあ気のせいだろうと手元のスマートフォンに目線を戻す海星。
ふと車窓から外を見ると、朝日が昇り、田端の雪解け水に反射する光が煌めいて見えた。地元ならともかく、この辺は雪が積もるし足元注意だ。次に停車する駅と、そこでの乗り換え先を知らせる車内アナウンスが流れる。
「そろそろ降りる準備しとくか」
鷹昌は窓際に置いていたペットボトル飲料をバッグにしまう。ルイボスティー。なんかラーメン屋でしか飲んだことないけどペットボトルのやつあんのか……
「準備も何もないけどね。散らかしてもないし」
「ポケットからなんか落としたりしてないか?」
「あっ……」
火波のスカートから鍵が落ちそうになっていた。火波はそれをポケットの中にもう一度押し込むと、
「お、お礼は言わないわよっ!」
どこか芝居がかった変なセリフを口にした。
「何点?」
「15」
辛口採点。まあ俺の評価も似たようなものだが、それにしてもここまでハッキリ言われると俺なら心が折れそうだ。火波はちょっと恥ずかしがっているようにも、萎びているようにも見えた。
「ノリで点数聞いたら思ったより低めの点数が出てきたな……なんかごめんな火波」
「この前2人が観てたアニメのキャラ真似してみただけなのに……」
あっ。これもっと酷いこと言われるぞ。そう思って鷹昌の方を見ると、
「素人の軽率なモノマネほど見苦しいものはないって小学校で教わらなかったのか? オレ達同じ授業受けてたはずなんだけどなぁ」
案の定であった。
「はいはい私が悪かったですぅ〜」
いじけたように小石を蹴るときの動作を空で繰り返す火波。
「コイツ口悪いのによく彼女できたよな」
「ね」
フォローにもなってないような軽口を叩いているうちに、乗り換え駅に着いた。先に降りた人たちに着いていくかたちで階段を登る。
「次の電車までちょっと時間あるな」
「私飲み物買ってきていい?」
「俺もやることないしコンビニ見に行こうかな」
「じゃあオレも」
結局全員で行くことになった。レッツゴートゥーコンビニエンスストアトゥーギャザー。
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「うーんどれにしよう……」
「いつまで迷ってんだよ」
火波が冷蔵スイーツコーナーに止まること4分。
普通のコンビニよりもかなり狭いと言える駅中コンビニだが、その場で食べられる食品の品揃えは通常コンビニとなんら遜色がない。自分も何か他に買おうかと眺めていると、後ろから声をかけられた。
「失礼〜」
「あぁ、すみません」
うっかり塞いでしまっていた通路を開けると、スーツ姿の女性が後ろを通った。ギターケースのような大きなバッグを背負っており、商品の棚にぶつけないよう気を遣っていることが見て取れた。
「ああいうのもアリか……」
「ああいうのもアリって?」
「いやこっちの話〜」
先ほどの女性が会計をすませ、コンビニから出ていくの眺めていた火波。なんだかフワッとしたことを口にすると、冷蔵スイーツコーナーの反対側、パンコーナーの横にある焼き菓子の陳列棚に目を向ける。
「フロランタン……マドレーヌ……さっきのお姉さん何買ってたっけ?」
「そんなとこまで見てねぇよ……俺これにするわ」
棚の左上、焼き色のついたお菓子が多い中で、他よりも少し目を引くピンクのパッケージを手に取る。
「私もそれにしよ〜。てかさっきのお姉さんが買ってたのもそれだった気がする」
火波より会計を済ませ、苺フィナンシェとついでに買ったペットボトルのコーヒー飲料をバッグにしまい、さっさと買い物を済ませて店外で待っていた鷹昌と合流する。
「何買ったん?」
「台湾烏龍茶」
鷹昌の飲み物に対するこだわりを垣間見た気がする。
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とある駅のコンビニ。乗り換え待ちの間に甘味でも買おうかと立ち寄ってみれば、冷蔵スイーツコーナーから高校生の男女の会話が聞こえてきた。
女子が何を買おうか迷っているようで、男子の方は面倒臭がっているようなことを言いつつも、その言葉に険はなく、女子の方も気にしている素振りはない。待たせる方も待つ方も、仲が良い故の遠慮のなさといった具合だ。
焼き菓子の棚から苺のフィナンシェを、飲料の棚から缶のカフェオレを取り出し、レジに向かう。
会計を済ませてレシートを受け取ると、新商品の割引クーポンがついていた。
「キャラメルかぁ……」
高さの認識を間違えれば扉の縁にぶつけてしまいそうな大きなバッグを背負った女、新見澪はマドレーヌやフィナンシェなどの焼き菓子は好きなのだが、キャラメル味があまり好きではなかった。まあいいか、どうせレシートについてるおまけだ、などと思いながら店をあとにする。
「懐かしいな」
階段を降り、駅のホームで電車を待つ。タブレット端末で今回の目的を再確認していると、先ほどの男女にもう1人、メガネの男を加えた3人組が降りてきた。行き先は同じだ。自分もああやって3人で遊びに行ったこともあったな、などと物思いに耽りそうになるが、意識をタブレットに戻す。
「神剣の回収……ねぇ……」
今回、新たに与えられた任務。それはこの世界に散らばる『剣』、その一振の確保である。『剣』とは単なる武具ではない。新見澪が属する組織の研究者曰く、「外宇宙の産物」とも。だが、今重要なのはそこではない。
澪のみが所在と能力を知る2本を除けば、現在国内で確認されている5本のうち1本、ナゴヤのとある神社の地下深くに安置されているもの。その名を『神剣・天叢雲剣』。神話にも存在が記されたその剣は、かつて施された封印が綻び、強大すぎるその力を解き放とうとしていた。
「まあ振るうヤツがいなきゃただの金属棒なんだが……」
そう、いかなる武器もそれ単体で脅威となるわけではない。戦意や悪意、敵意をもって行使する人間がいて初めて、その暴力性を発揮する。まあ悪意がなくともミスって事故に繋がることはあるだろうが……
「アイツらがこれを見逃すわけないのも知ってる」
数年前から『剣』を集めている宗教団体『宙心会』。総数不明、本拠地不明、神出鬼没。末端の集会なら何度か潰したが、そこに集まっているやつらは大元について何も答えない。いや、そもそも知らされていないのだろう。
まだ自分が『想剣』を手にするより前、海外で発生したいくつかの『剣』強奪・行方不明事件にも関わっているとされる。ヤツらが初めて『宙心会』を名乗った『鏡剣』使い襲撃事件に始まり、辛酸を舐めさせられた今から約1年前の『獣剣』争奪戦もまだ忘れたわけではない。
宙心会が『剣』を集めているだけであれば、ここまで焦る必要もなかった。だが、ヤツらは目的こそ不明なものの度々無辜の人々や社会に害をなしている。
「宙心会が活発化してるのと封印が解けそうなのは無関係じゃない」
どちらかと言えば、封印が解けそうだから活発化している、というところだろうか。
「殺さずってのも難しいが……まあ私が始めたことだしな。組織には悪いが、剣の回収も私なりの方法でやらせてもらう」
まあ今は考えても仕方がない。やってきた電車に乗り、席に着く。日が登ったはずの空は、少しずつ曇り始めていた。