第⬛︎話 行き止まり
「「剣現せよ!!」」
対峙する両者がそれぞれの剣を構え、相手を見据える。
まだ18にも満たない若者が握る剣は淡い水色に発光し、女が握る剣は、その刀身に纏った赤錆がボロボロと剥がれ落ちている。
「神剣・天叢雲剣!!」
「想剣・以奴加比保之!!」
────二振りの剣がぶつかり合い、空気が爆ぜる。否、世界が歪む。そう錯覚させるほどの衝撃であった。
蛇退治の神話に由来する蛇行剣を振るうのは、大人というにはまだ幼く、子供というには成熟した若人。
対して覚醒の兆しもなく代償を求めながらも、使い手の覚悟次第では、時に神話の産物すらも凌駕する機械剣を持つ女。
互いに譲れぬものがあり、ことこの場においては同じだけの力を持つからこその激突。剣と剣が、それぞれの正義を代弁するかのように音を鳴らし、火花を散らす。
若人が距離を取り空を斬ると、それに応じて周囲の水が8頭の蛇のような形を成し、女を襲う。
女は先行した3本の首を跳躍して避け、4本の首を光を伴った剣の一薙ぎで霧散させる。しかし、最後の1本を防ぎ切ることはできず、少しだけ頬を掠めた。
「やるじゃん少年」
「補助があってやっとこれですよ。俺だけなら何度死んでるかわからない」
女は不敵に笑いつつ、頬の血を拭う。
「ここまでやって殺せてないなんてプライドが傷付きそうだよ」
「思ってもいないでしょう」
黒スーツの女は軽口を叩きつつも、次の攻撃に対する警戒を怠っていない。若人とその剣から注意を逸らさず、いつでも対応できるように備えている。
若人もまた同様であり、女とその剣に深く注意を向けている。
今日初めて剣を握った若人が、この戦いに至るまでに何度も戦闘を繰り返してきた黒スーツの女相手に拮抗できているのは、神剣そのものが戦いを補佐しているからだ。
女の剣が若人の首筋に迫れば、神剣がそこに割って入るように加速する。受ければ剣が折れずとも若人の腕がしばらく使い物にならなくなりそうな一撃であれば、避けろと言うように第六感が知らせてくる。それは明らかに若人の意識ではなく、剣から齎されているのであった。
両者が一定の距離を維持したまま、それぞれの様子を伺っている。
「少年。君が戦う理由は何?」
「何って……守りたいから」
それを聞いた女はわかっていたさ、というような顔をしつつどう攻めるかを考えた。
守りに入った敵を崩すのは難しい。戦略的にも、心情的にもだ。
戦いの勝ち負けに感情の強さ、思いの強さというものがプラスに大きく影響することはない。もし感情の類をエネルギー源とする『剣』があるとすれば、それだけが例外だろうというのが女の考えだった。
ただし、冷静でいること、守りに徹すると考えることは戦闘中の行動における減点を減らすことがある。減点を減らす、とはなんともまたわかりにくい言い回しだが。無駄な動きを減らす、とでも言おうか。
「まあそうだよね。それなら……」
剣を構えた女に対して、若人は後退ることなく応じようとする。背後で倒れている友人を庇うようにして、これ以上近づかせまいと。
「メモリーチャージ・雷剣サンダーバード……"雷速"」
女が紡いだ言葉。それは、若人の後ろで伏している友人の技だった。自身に電気を纏わせ、落雷のように一瞬で行われる高速移動。
若人は女を見失い、咄嗟に身体を上に向けつつ翻す。
「惜しい。残念だが下だ。」
不意打ちをするなら背後、加えて威力を出すなら振り下ろしのために上を取るだろうという判断だった。が、女が狙ったのは若人ではなかった。女は倒れている友人の首に刃を添える。
「こうすれば戦う必要もなくなるな」
飛び散る鮮血。跳ねたそれが、女の靴と服の裾を赤く染める。
「は?」
状況を理解できないわけではなかった。頭が理解を拒否しているのだ。
「なんで……」
「なんでも何もないよ。これで理由はなくなっただろ?」
身動きが取れない海星に向かって女が続ける。それは諭すようでありながら、相手をおちょくっているようにも聞こえて。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
我を忘れたように、若人が斬りかかる。女はそれを難なく躱わし、腹に勢いよく蹴りを入れる。地面を跳ねる若人と瞬時に距離を詰め、下から掬い上げるように剣を振り、腕を狙う。
神剣の動作補助により辛うじて攻撃を防いだものの、弾き飛ばされた神剣は若人の手を離れていた。
「勝負あり、だな」
若人がうずくまったまま動かないのを横目に女はグローブを着け、その手で神剣を掴む。そしてそれを、想剣と共にケースに収納した。
「神剣回収完了。あとついでに鉢合わせた雷剣も。使い手は死亡、それと巻き込んだ一般人が1人倒れてる。あとは頼む」
ケースを背負い込むと、装備品が変形・合体したと思しきドローンに語りかける。ドローンは聞き届けたというように光ると、穴がある方向へと飛んでいった。
女は若人の友人に近づき、彼の持ち物であった剣を拾い上げる。剣を一目確認すると、ドローンの後を追うように地下空間から去っていった。
このとき女が切り捨てたのは───ある少女の願いと、滅びに抗う術だった。