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4話 ランシール学園 その1

「よし、準備は完了……と。ハズキは?」

「はい、こちらも完了いたしました。それと、こちらがお弁当になります」

「ありがとう」


 智司とハズキの二人はランシール学園への情報を収集し、10日程度かけて入学の準備を進めていた。その間、ハズキは智司の食事の支度から残っている部屋の掃除など全てを行っていた。ほとんど寝ないで仕事をこなしているが、疲れている様子はない。


 そして、二人……正確には智司の入学への準備は完了したのだ。ハズキは実際に入学することはないが、智司の弁当を作りそれを渡していた。


「智司様、くれぐれもお気をつけて。あなた様の強さは万物の常識を超えておりますが」

「分かってるさ。魔神の衣、俺の魔神としての能力を最大限引き上げる物だが、これを纏わなければ、人間としての能力しか出せない。正体を悟られることもないさ」


 智司はこの何日かの間で、自らの強さをさらに把握していた。彼は魔神の能力を最大限発揮する能力を「魔神の衣」と呼ぶことにした。なにかを実際に纏うわけではないが、闇の衣という通常とは違う闘気を纏うことで、彼は魔神の能力を最大限に発揮できるのだ。


 その能力を使わなければ、彼は人間としての能力しか発揮することはできない。といっても人間部分の能力であっても恐ろしい力を発揮しているのだが。


「智司様、細かい入学までの方法はそちらの冊子に記載しました。何かあれば通信機でご連絡をお願いいたします」

「了解、ハズキもずっと働き詰めで疲れただろ? 少し休んでいてよ」

「勿体ないお言葉でございます」


 智司からの労いの言葉にハズキは嬉しそうに頭を下げた。実際、人間ではないハズキを人間の体力で考えている智司がズレているということになる。レドンドとは違い、見た目はか弱い少女でしかないハズキだ。


 しかし、体力はレドンドに匹敵、強さはレドンドを上回っている。智司の労いの言葉はそういう意味では、全く疲れていない人間に対して言っているのと変わらない。



「智司様、一つだけ宜しいでしょうか?」

「なんだ?」


 智司が出かけようとした時、ハズキは思い出したかのように彼を呼び止めた。智司も急な言葉に振り返る。


「可能性としては低いかと思われますが、この館周辺に賊が現れる可能性も考えられます。魔物だけではなく、王国に在籍している冒険者などが来ることも在り得るでしょう。その時は如何いたしましょうか?」


 ハズキからの言葉。彼女は表情を変えることなく言ったが、意外に重いセリフだ。智司もすぐに答えを出せずにいた。


「……襲って来る者を容赦している余裕は俺達にはないしね。警告を発して聞かないようであれば……倒しても構わないよ」


 智司は静かに言ってのける。内心では、相手が魔物であればどうでもいいが、人間を殺すことは躊躇していた。だが、異世界に来て日の浅い彼にとって、余裕を出せる状況でもないのは確かだ。


「……殺しても構わない、と解釈してもよろしいですか?」

「ああ……」


 智司は内心の不安を払拭するために、少し声を大きめにして言った。ハズキはそんな彼の内情を察しているのか、それ以上の言及はしない。


「それでは智司様、行ってらっしゃいませ」

「ああ、行って来る」


 智司はそう言いながら荷物を肩に下げると、異空間を広げた。空間は瞬く間に広がって行き、事前に指定しているポイントへと瞬時に移動が可能となっているのだ。


 この能力を応用すれば、もしかしたら地球への道も開くことができるかもしれない。以前にも出た話ではあるが、今回の目的地は北へおよそ800キロメートル、アルビオン王国の首都、デイトナだ。ランシール学園はデイトナと呼ばれる首都に存在しているのだった。


 智司はゲートを潜り、すぐに姿が見えなくなった。ハズキはそんな彼を最後まで深々と頭を下げて見送っていた。


「いいのか、ハズキよ」

「どういう意味かしら?」


 智司が姿を消したのを見届けた後、レドンドがハズキの前に現れた。ハズキもレドンドに向き直る。


「本当は智司様について行きたかったのだろう?」

「そうだけれど……召使いの私が智司様を困らせることはできないわ。人間としての能力のみを使役した場合でも、あの方に勝てる者は存在しないでしょう」

「……それが、以前の3日間での調査の答えか」

「ええ、もちろん3日間での調査なんてたかが知れているけれど。敵対する可能性のある人間の強さを測る為に、何人かと戦ってみたわ」


 ハズキは平然と言ったが、それは智司への報告にはなかったことだ。彼女は全てを智司に話してはいなかった。レドンドも少し表情を変える。


「初耳だな。所有物として許されることではないぞ?」

「智司様への報告を省いただけよ。全てを報告して、あの方の言葉だけを待っているなんて、配下としての存在価値はないわ。あの方の為になにが最善か、それを考えるのが真の配下と呼べるのよ。話がズレたわね、とりあえず正体を隠して冒険者の何人かを倒してみたわ」

「……ほう、それで?」


 レドンドの問いにハズキは、少し間を置いて答える。


「全く相手にならなかったわ。もちろん殺していないわよ? 智司様も無駄な殺しは好まないでしょうし。アルビオン王国は軍事大国として名を轟かせている。私が倒した冒険者もプロの冒険者よ……それが弱かった。私達とまともにやり合える連中が果たして存在しているのか……ふふふ、少し楽しみでもあるわね」


 ハズキは先ほどまでとは違い、妖艶な笑みを浮かべている。レドンドもその表情に恐怖を抱いているようだった。


「……まあいい。それより、私は周囲の警戒に当たるぞ。半径数キロ圏内の外敵であれば察知できるだろう」

「ええ、お願いするわ。さてと、私もより強い警戒網を作る必要があるわね。正直レドンドの警戒網だけでも十分だと思うけど……一応ね」


 そう言いながら、ハズキとレドンドは別々に去っていく。智司の所有物にして二つの強大な力……考え方は完全に一致はしていないが、智司を第一に考える想いは共通していた。





「はい、書類に問題はありませんね。それでは、こちらが学生証になります」

「ええ、ありがとうございます」


 アルビオン王国の首都、デイトナ。西洋風の街並みが美しい城下町となっており、中央にそびえるロードスター宮殿には、アルビオン王国の国王が君臨している。同時に、騎士団長であるハンニバルやドルト宰相、天網評議会といった最高権力者たちも宮殿内部に居ることが多い。


 そんな宮殿から少し離れたところに存在しているランシール学園。非常に広大な立地面積を誇る学園は5000人が在籍していることを鑑みても、広すぎるくらいの面積となっていた。その多くが戦闘訓練の為の敷地であり、強力な冒険者や傭兵、騎士団員などを輩出する為には必須の事項であると言えた。


 戦闘分野において、教育の段階から手を抜くことをしない。アルビオン王国の発展の礎でもあるのだ。


 そんな受付に智司は一人、佇んでいた。新学期自体は既に始まっており、彼は転入生という形で入学することになる。


「転入生は比較的多いですので、心配はいりませんよ」


 受付の女性は優しく智司に話しかける。戦闘訓練を中心に学科が構成されているランシール学園は途中からの入学生が相当に多い。各地域の事情から、同時期に集まることが困難な場合があるからだ。さらに別大陸からの入学生も居る為に、どうしてもズレが生じてしまうのだった。


「そうなんですね。それを聞いて安心しました」


 智司は受付の女性に丁寧な口調で話す。人付き合いが苦手な彼だけに、少し丁寧すぎる言葉遣いにもなっていた。しかし、受付の女性は特に気にしている素振りを見せていない。


「あまり緊張しすぎないようにお願いしますね。これから、クラス分けの為の適正試験がありますので」

「適性試験……」


 ハズキからは聞かされていた内容だ。ランシール学園は入学の際に、個人の能力をS~Eランクでクラス分けをしている。もちろん、戦闘を生業にしており、卒業後はほとんどが戦闘関連の就職先に就くことになるので、このような上昇志向を持たせているのだ。


差別ととられかねないが、戦闘関連の仕事に甘えなどは許されず、実力が全てである為にこのような制度を導入している。


「あなたの力を見ます。この後、すぐに始まりますので、緊張しすぎないようにね?」

「え、ええ……」


 試験という言葉にはどうしても身構える智司。心の中は中学を卒業したばかりの一般人であるということを彼自身も忘れかけていた。この大地は魔法などの非科学的な能力も当たり前に起こせる異世界……それを踏まえても、彼の緊張感が薄れることはなかった。


「だ、大丈夫だ……多分……」


 落ちてしまったらどうしよう……そんなことになれば、彼の願望が出鼻でくじかれることになる。智司は緊張感に身を震わせながら、この時ばかりは自らに宿っている能力を完全に忘れてしまっていた。


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