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3話 森の支配者

 アルビオン王国の南の大地一帯を覆っているヨルムンガントの森。バラクーダなどの突然変異で生まれた魔物の住処として危険視されている場所ではあるが、その突然変異の発生は何時起きるのかはほとんどわかっていない。


 いつの時でも、そういった事態は突然に現れるものなのだから。



「智司さま」

「なに、ハズキ?」

「レドンドからの報告です。この館より数キロメートル先の地点で、強力な波動を感じ取ったとのことです」


 智司はハズキからの報告をロビーのソファーに座りながら聞いていた。特に彼にも焦った様子はなく、報告しているハズキも同等だ。


「バラクーダやサイコゴーレムといった魔物じゃないの?」

「はい。おそらくは、突然変異の魔物かと思われます。如何なさいますか? ご命令をいただければ、早急に撃退して参りますが」

「そうだな……まあ、俺が行くよ」

「畏まりました。それではお供いたします」


 智司は立ち上がり、そのまま館の外へと出た。ハズキもその後ろをついて来ている。彼女としては智司の強さに全幅の信頼を寄せてはいるが、彼に盾突く存在そのものを許さないといった感情が読み取れた。


「レドンド、場所はどの方向か分かるか?」

「はい、智司様。ここより真北に2キロメートル地点になります」

「よし、ならば討伐に向かうとしようか」

「はっ」




 ハズキだけでなく、レドンドも智司の後に付いてくる。水戸のご老公の行列どころではない。常軌を逸した者達の大名行列とも言えるような、強大な闘気が彼らが過ぎ去った後には漂っていた。


 そして、2キロメートル地点にて、その標的と相対することになった。


 そこに居たのは神々しい雰囲気を纏った、長大な大蛇だ。


白い肉体が美しさすら漂わせている。智司は生まれて初めて蛇という存在にそんな感情を抱いていた。長大な大蛇はレドンド、智司、ハズキの順に目線を合わせた。


「主らから放たれている闘気……人のものではない。伝説の竜を使役する者が居ろうとは……」


 本来であれば智司が恐怖する場面ではある。だが、圧倒的な巨体を有している人語を話す存在の方が、智司に畏怖の念を覚えているようだった。


「突然変異の魔物か。こんなに人の言葉を話せるんだな」

「私は突然変異の魔物ではない。1000年も以前から、この大森林を支配してきた存在だ。マザースネークという名前もある。この数百年はほとんど地上に姿を現してはいなかった」


 マザースネークと名乗った大蛇は語りだす。自らが王であることを突き付けるかのように。


「主らのような異常な闘気を持つ存在は初めてだ……この私を数百年振りに呼び起こす程の存在……突然変異で現れた者にしては強すぎる。貴様らはどこから来た存在だ……?」

「突然変異、か。ハズキ、俺の転送も突然変異に該当するのかな?」

「そのお考えは的を射ているかもしれません。この世界へ来る際に、そのメカニズムに触れ、この森に降り立った。考えられることです」


 智司の考えに同調するかのようにハズキは頷いている。真偽の程はわからないが、そのように考えれば納得の行く事態とも言える。この世界へ転生される中で、自然とヨルムンガントの森へ導かれたということなのだろう。


「まあいい。俺の支配下に入るとも思えないし、始末しようか」


 智司の冷酷な一言は、マザースネークに戦慄を覚えさせていた。人間の形を有していない敵などに情けをかける余裕などはない。彼は目の前の大蛇を倒すことに一片の躊躇いすらないのだ。


「やってみるがよい。私は1000年もの間、ヨルムンガントの森を支配していた至高の存在。人の身ではないようだが、私に戦いを挑んだことを後悔させてやろう!」



 そして、マザースネークは強大な闘気を内部から拡散させ、周囲の動物たちを避難させる程の影響力を与えた。


 最早、戦闘は避けられない。弱肉強食の生業である、強い方が全ての権利を有する状況になっていたのだ。智司としてもそれは願ったりである。この大森林を統べる者との戦いはあらゆる意味で、彼にとってメリットがあると考えられた。


 智司はハズキとレドンドに手を出さないようにそれとなく伝え、彼らよりも何歩か前へ踏み出した。


「凄まじい闘気だ。さすがは長年に渡って縄張りを守っていただけのことはあるな」

「ふむ、誉め言葉として受け取っておこう。さあ、来るがよい!」


 マザースネークの挑発とも言える言葉。その言葉に智司も奮い立たされたのか、合わせるように闇の力を体内に込め始める。いつでも強力な攻撃が可能な段階へと瞬時に移行していた。


「こ、こんなことが……!!」


 長大な主であるマザースネーク。本来であれば、1000年を生きる圧倒的な魔物との戦いだけに、智司が挑戦者になるはずであった。だが、マザースネークの表情はそんなものを無視して一変してしまっている。


「行くぞっ」


 そして放たれる魔人の波動。黒い衝撃波はマザースネークを用意に飲み込み、そのまま遥か後方へと誘って行ったのだ。勝負は数秒とかからぬ段階で決まってしまった。




 勝利を確信した智司は、どこか寂し気な表情でマザースネークの前へと歩み寄る。


「……まさか、一撃とは」

「がふっ、こんな……ことが……!」


 寂しげな彼の表情の理由はマザースネークへの哀れみではない。強力な大森林の支配者のあまりにも弱い実力に対してのものだ。


「智司様。1000年を生き永らえる魔物であろうと、この大森林の覇者程度の狭い支配者では、魔神であるあなた様には到底及ばないということですね」

「みたいだね。まあ、俺の強さの実験台の役割としては役に立ってくれた。感謝するよ」


 そう言いながら智司は瀕死のマザースネークに頭を下げた。


「魔神か……その常軌を逸した強さ……。お主たちに支配されるのであれば、この大森林はある意味で平穏が保たれると言えよう……」


 最後にそのような言葉を残したマザースネークは、安らかな表情で瞳を閉じ、命の灯を消した。智司たちがこの森林を守る保証などどこにもなかったが、マザースネークの最後の表情は次の者に託す先人の表情と酷似していたのだ。


「智司様。敵の気配は完全に消え去ったようです。如何なさいますか?」

「ああ、戻るとしよう」

「畏まりました」


 マザースネークの最後の断末魔の言葉を確認した智司たちは、そのまま振り返り館へと戻って行った。


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