01.02.【タイムリープ】
「タ、タイムリープ……?」
僕の推測を静かに聞いていたさくらが重く、躊躇うようにそう呟いた。
僕以外のひとの口からそんな言葉を聞くと僕もハッと現実的になる。そう、そんな馬鹿げた事なんて起こるはずない。タイムリープなんてドラマや漫画の中でしか許されない空想の産物。人の想像力が生み出したエンタテインメントだ。でも、
「そうとしか考えられない」
僕はそう呟いて自身の両の手のひらを見る。
確実にある現実感。これが夢なんて思えないし、逆に今まで過ごした24年間が夢だっただなんて思えない。確かに僕の人生だった。そしてそれは今現在も……。
状況が理解出来ずにいた僕は家に訪れたさくらに事の顛末を話した。
僕の人生の事を全て話すまでには至らなかったけど、僕が風間に殺害されるまでの経緯が分かるくらいに詳細には話したつもりだ。
さくらはもちろん驚いていた……というより、僕を心配しているような素振りを見せた。
だってそうだよね、僕には1週目……と言ったほうが良いのかな、その今まで過ごして来た記憶があるし、間違いなく実際に過ごして来た時間だ。
だから詳細に話す事が出来るけど、彼女にとっては昨日まで普通にしていた僕が突然、タイムリープして来たんだと言い始めれば頭がおかしくなったんだと思われても仕方がない。若干その可能性もなくはない……のかな。
「身体の方は大丈夫なの? その、刺されたって言ってたけど……」
「あ、うん。多分ね」
部屋着のTシャツの裾を捲り上げて腹部を確認するが、幸い刺されたような傷はない。容姿も16歳当時のものに戻っているからタイムスリップではなく、時間そのものが巻き戻ったタイムリープというやつなのかなと思った。
「一応背中も見てくれるか?」
「あ、うん……」
風間に刺されたのは脇腹だった様な気もするけど、気が動転していた可能性がある。僕はさっきの要領で背中をさくらに見てもらう事にした。
「……」
「……」
さくらは座っていた座布団から腰を上げ、四つん這いで近づいて来て、僕の背中をしっかり観察した。観察が終わると手で異常がないか探る。さくらのすべすべの手のひらが僕の背中を這う。
「……」
「……さくら?」
にしても少し長くないか? ちょっと見れば分かるものだと思うけど。
「ちょっと待って、今いいところだから」
「いいところ?」
「……うん、よし満足した。異常無し」
ま、満足したってなんだろう。たまにさくらは思っている事を無意識に口に出してしまうクセがある。
いや、背中にも傷がない事がわかったからいいけど。
「そ、そうか。ありがとう」
「こちらこそありがとう」
逆にお礼を言われてしまった。いや、まぁそれはそれとして。
さくらとこうして話をしているうちに僕も気持ちが落ち着いてきた。
状況を整理すると、弁護士事務所に向かう途中で僕は風間に刺された。気がつくと8年前、つまり高校2年の夏に時間が巻き戻っていた……。
「……」
寒気がした。僕は自分の二の腕を摩る。鳥肌が立ち、少し震えている様にも思えた。
暗闇で光るナイフと風間の冷たい瞳。狂気に満ちた声色。死を感じる程の激痛。血の匂いと感触。
自分の命を失った事、その経験を思い出してしまい、僕の心を恐怖が支配していった。
「……駿くん?」
「あ、ああ、大丈夫だよ」
さくらは僕の手を優しく包んでくれた。滑らかで暖かい手の感触が僕の心の中の恐怖を中和していく。
「駿くんの言ってる事、私信じるよ。駿くん、すごく怖かったと思う。でももう大丈夫、もうそんなことにはならない」
「さくら、ありがとう」
そうだ、さくらの言う通りだ。
時間が遡った今現在でも風間はきっとこの世界のどこかにいるだろう。年数から逆算すると恐らくもう魔法堂で働いている年齢だと思う。これからアイツはアイツの汚いやり方で上にのし上がって行くんだろう。
現状を丸呑みするのであれば、今の僕はただの高校2年生だ。アイツとの接点は一切ない。危険人物と分かっていれば近づかなければいい。1週目の人生では運悪く出会ってしまったけれど、この2週目の人生ではそれを回避して生きていく事も……と、そこで僕はふと気づく。
そうか、僕は人生のやり直しが出来るって事なのか。
1週目の人生に於いての僕はゲームまみれだった。
夢だったはずのプロゲーマーになったまでは良かったけれど、腕前を維持するために毎日必死で練習していたし、ライバルが現れたら徹底的に研究して対策を練った。楽しかったはずのゲームが仕事になり、僕の性格もあってかなり自分を追い込んだ。
いつしか僕は学校へ行かなくなり、そのまま退学。朝起きて寝るまでゲーム。ゲームは大好きだったから苦痛では無かったけれど、楽しかったかと言われると即答出来ない。
唯一楽しかったと断言出来るのはさくらと共同でやっていた動画配信活動だ。
僕のプレイに解説や実況を付けて撮影し、それをさくらが編集して投稿する。日に日に増えていく登録者数や高評価の数字を見て得られる高揚感は何事にも変え難かった。
……いや、もう認めるけど、さくらと過ごすその時間が唯一僕が有意義だと感じられた時間だった。
素材の撮影用にプレイしている間は心からゲームを楽しめていた。
幸い僕の一つの夢は叶えさせてもらうことが出来た。その代わりに捧げた学園生活を、青春を今から僕は過ごす事が出来るんじゃないだろうか。
そう思うと、少しわくわくして来た。
「元気、出たかな?」
ほんのり温かみが増したのか、少し汗ばんだ僕の手をそれでも握ったままのさくらが優しく微笑む。
「うん、ありがとう、さくら」
「ふふ、良かった」
僕のその応えを聞いてもさくらは手を離さなかった。僕はただポーカーフェイスでその感触を楽しんでいた。
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