01.01.【2度目の発売日】
「市ノ瀬、ちょっといいか?」
6限目の授業が終わり、帰り支度を整えていた私、市ノ瀬さくらは机の上の教科書を片付ける手を止めた。顔を上げると担任の女性教師がプリントを一枚私に差し出している。何も考えずにそれを受け取り首を傾げる。
「これは?」
「悪いが有馬に届けてやってくれないか? お前ら確か同じマンションに住んでるんだろ?」
なるほど、そういう事。手元のプリントを改めて見ると、さっき配布された数学の宿題だった。
「体調が優れなければやらなくていいとも伝えてくれるか」
「はい、分かりました」
「すまんがよろしく頼む」
最後に担任の教師は私の肩にポンポンと触れて踵を返した。私はその背中を見送る。
今日、7月10日は【フルメタルバレット3】の発売日。昨日そのソフトをフラゲした駿くんは午前9時のオンラインサービス開始時刻を待ってプレイしているはず。つまり今日の欠席はサボり。先生の気遣いは残念ながら無駄になってしまう。
でも、駿くんに先生の気遣いを伝えればしっかりと宿題はやる。駿くんは人の気遣いは裏切らない。彼はそういう人だ。……まぁ、学校をサボってはいるんだけど。
プリントを簡易ファイルに挟んでスクールバッグにしまった。明日は土曜日。私も駿くんに習って今夜は遅くまでフルバレをプレイする約束だ。
私と駿くんは同じマンションに暮らしている超ご近所さん。もっと言えば階違いの同室。6階が私の家、7階が駿くんの家。同じ間取りの同じ部屋。私の部屋の真上が駿くんの部屋。
5歳くらいの時に新築された分譲マンションに同じタイミングで引っ越して来て、同じタイミングで同じ保育園に通い始め、私と駿くんは自然に仲良くなっていった。
当時から駿くんはゲームが大好きで、そして得意だった。
5つ年上の私のお兄ちゃんがまず敵わなくなり、その後彼はオンラインに繋いでプレイし始め、どのゲームでも上位に食い込むようになった。そんな駿くんが楽しみにしていたのが、魔法堂が開発したTPSフルメタルバレット3。前作も世界的にヒットしていたけれど、そっちは未だやった事がなかった。
だから私もとても楽しみ。駿くんの影響で私もゲームが大好きだったから。
マンションに着き、オートロックの暗証番号を入力する。コンシェルジュの方から荷物を受け取ってエレベーターへ。【7】のボタンを押してから、さっきの荷物を開いてみる。A4サイズの薄いダンボールに丁寧に梱包されていたのはフルバレ3だった。
「……」
パッケージには公式サイトで公開されていた通り、フルバレのメインキャラクターが2人、それぞれの武器を持って楽しそうにフィールドをかける様子が描かれていた。
ポップなタッチで描かれたそのデザインは一見すると子ども向けのゲームかと思われがちだ。
確かにフルバレは子どもにも人気のソフトではあるけど、踏み込めば踏み込んだだけ複雑な操作が勝利の鍵になってくる……らしい。だから多数の動画配信者がインフルエンサーとなり、人気が拡大したんだそうだ。私も駿くんが購入を決めたのもユーチューブがきっかけだ。
……動画配信か。
駿くんがどれだけフルバレをやり込むか分からないけど、彼のプレイ動画を私が編集してアップしたら結構いけちゃったりするんじゃないだろうか。
私が密かにやってるチャンネルはもう伸びなさそうだし。編集や投稿のノウハウは最低限ある。2人のチャンネルなんて少しロマンチックじゃないだろうか……。
「……ふふっ」
そんな事を妄想していると7階、駿くんの家の階に到着しエレベーターの扉が開いた。
……ダメダメ。ひとりでニヤニヤしてた。ぜったい気持ち悪かったよ、今の私。
緩んだ頬を摩り、気を取り直す。……うん、これでよし。駿くんの家のインターホンを押すと小気味良い電子音が鳴り、スピーカーから駿くんの声が……。
『嘘だろ、本当に!?』
「……え、え?」
スピーカーから聞こえて来たのは間違いなく駿くんの声だよね? うん、聞き間違えるはずない。カメラが着いているタイプのインターホンだから私の顔も見えてるはずなのに。カメラが壊れてるのかな? それにしても駿くんは来客に対してあんな変な事いう人じゃないし。つまりなんだろう、様子がおかしい。
「駿くん? さくらだよ、先生からプリントを……って、切れてる」
インターホンにある通話中を示す小さなランプが消えてしまった。代わりに家の中でドタドタとすごい足音が聞こえた。大丈夫かな? 何か慌てていたみたいだけど。
と思った次の瞬間、玄関のドアが勢いよく開け放たれて中から駿くんが飛び出してきた。
酷く慌てた様子で部屋着姿の彼は裸足のままだ。何かが怖いのか額には脂汗が滲んでいる。
「どうしたのそんなに焦って、なにか怖いものでも見ぶにゅ!?」
ドアから飛び出して来た駿くんは勢いそのままに私のほっぺたを両手で挟み込んだ。
左右の頬肉が顔の中心に寄せられて唇がぷにゅーと前に突き出る。やだ変な声出ちゃった恥ずかしい。じゃなくて!
「ちょ、ちょっと駿きゅん!?」
焦った様子の駿くんは私の顔を手で挟み込んだまま、まじまじと見つめる。見開かれた瞳の黒目が忙しく動き回り、私の顔を観察している。
顔もこんなに近い……!
駿くんは、その、ありていに言ってしまえばイケメンだ。そう、すごく私好みの顔立ちをしている。
切れ長の瞳。整った眉毛、きめ細かく透明感のある肌。シャープな顎のライン。すらっとした長身の彼の隠れファンは学校にわんさかいる。そんなイケメンの顔がこんな近くに……!
やだめっちゃイケメン……。
キスなの!? 私キスしちゃうの!?
でも!!
でも色気も何もないこのシチュエーションは何!? やだ、なにこれ全然ときめかない!!
そう戸惑いながらも必死な形相の駿くんを引き剥がせないでいた。
「さくら、マジでさくらなのか!? 若い! 制服! 高校の制服! やっぱりそうなのか、そうなんだな!?」
「え、え、若いってなに!?」
この後、ほっぺたを挟まれ続けた私が解放されたのはしばらくしてからだったが、その間もそれからも駿くんは何かに混乱していたみたいだった。
とりあえず落ち着いてもらう為に一旦家に上がらせてもらう事にした。
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