00.02.【市ノ瀬さくら】
魔法堂による公式大会は滞りなく行われ、シナリオ通りのチームが決勝まで勝ち残り、同じくシナリオ通りに僕が所属するチームが敗北し、予定通りのチームが優勝……する予定だった。が、結果は僕が所属するチームが勝利した。
そう、僕は八百長をしなかった。
その大会は狙いのチームが優勝するように仕込まれた出来レースだった。良い動きをしていた選手のエイムが急に悪くなったり、肝心な所でミスショットをしたり、逆にイージーショットを外したり。なるほど、八百長があると知って見ていたらもうボロボロの泥試合ばかりだった。
わざと負けた連中にも必ず事情があったはずだ。今まで一生懸命に磨いて来た技を披露する事ができず散って行く友人たちを僕は見ていられなかった。
ビジネス? 利益? ふざけるな、僕たちは専門家だ。プライドもあれば意地もある。
もちろんクライアントに合わせた仕事をするのも大切な事だろう。でも、それは別の場所でやれば良い。
そう思った僕は風間の指示を無視して全力で戦った。話と違うと恐らく相手チームは思ったに違いないが、大々的に配信もされていたのでもうどうしようもない。
【フルバレ3】最後の公式大会。人気アイドルグループの不動のセンターで動画配信者である安田飛鳥と、様々なタイトルを取ってきた僕の対抗戦出場。世界中から集められたプロゲーマーたち。間近に迫った【フルバレ4】の発売日。敏腕プロデューサーによるステージ演出、多数のコンテンツを駆使したメディア展開。
大手動画配信サイトユーチューブで生配信された大会は大いに盛り上がった。
「……これで良かったのかな」
「……」
大会からの帰り道、僕の隣で肩を落としてそんな事を言うのは幼馴染の市ノ瀬さくらだ。
細身の長身。肩口で切り揃えられた艶のある黒髪。宝石を思わせる瞳。きめの細かい肌、薄桜色の唇。スラリと伸びた手足。そして鈴の音のように澄んだ美しい声。幼馴染の僕が言うのもなんだけど、誰もが振り向く美人だ。
でも肩を落としてトボトボと歩く彼女の背は丸まり、魅力も何割か落ちているように思えた。
「利益が大事なのはわかるけどさ、公式大会で八百長だなんて……」
「だめだ、さくら」
僕はさくらの言葉を遮るように人差し指を立ててそれを制した。周りを確認するが、幸い僕たちの会話が聞こえるであろう範囲には誰も居なかった。こんな話、誰かに聞かれたら事だ。
さくらとは物心つく前からの付き合いだ。動画配信者として密かに活動していた彼女だけど、今は僕が撮った素材を編集し、ユーチューブに投稿してくれている言わばビジネスパートナーで、4人ひとチームで行われる【フルバレ】のフルパメンバーの1人だ。
魔法堂から持ちかけられた八百長。それにゲーマーの意地をぶつけたいという旨の説明を同じチームのメンバー3人に話す事にした。
長年同じチームでプレイしてきたメンバーだ。このさくらも含めて公私共に仲が良いし、口の固い連中だ。事実を知っても外部に情報が漏れる事はないだろうと判断した。
それでも僕たちは全力で戦おうって話をした。
僕と久しぶりに対抗戦に出れると喜んでくれていたさくらだけど、やはり八百長は実行しなかったにしても気持ちの良いものでは無かったようだった。
「……でも楽しかったよ、私。駿くんと大会出れて」
そう言って彼女は僕の顔を覗き込み、優しく微笑む。彼女の黒髪がさらりと流れ、その拍子に甘い香りが広がり、僕の男心を刺激する。
全てを飲み込む事は出来ていないだろう。でも彼女はそんな言葉を言ってくれた。
それは……そう、僕も思う。さくらや他の仲間とは毎日オンラインで協力プレイはしているけれど、こうして公式の大会に出るのは本当に久しぶりだ。他のメンバーは各自が所属する事務所の選手と組んで大会に出たりしていたようだけれど、さくらに至っては頑なにそうはしなかった。僕が出れない大会なら私も出ない、と。
だから彼女にとっても久しぶりの大会だったと言うのに、不正が横行する大会に出場させてしまった事を僕は後悔していたから。彼女の言葉に本当に救われた。
「大会があれだけ盛り上がったんだもん。来月発売の【4】の売れ行きもすごいみたいだし、また視聴者増えるよ、きっと」
「……はは、そうだ。発売初日にライブ配信する?」
「いいね、そうしようっ」
そう言ってさくらは笑う。彼女の笑顔を直視出来なかったのは、きっと夕焼けが眩しかったせいだと自分に言い聞かせた。そう、大陽に例えられるほどに彼女の笑顔は……魅力的だった。
来月に発売日を控えた【フルメタルバレット4】の予約本数は全世界で2000万本を突破。広報の風間はともかく、開発部には多数の知り合いが居る。彼らが寝る間を惜しんで試行錯誤を繰り返し、必死に作ったソフトがここまでヒットすれば僕も嬉しいというものだ。
そう、ゲームに罪はない。大好きなゲームをして毎日楽しく暮らして行ければいい。その時僕はそう思っていた。
当日行われた過去最大規模の大会で八百長があったと週刊誌が報じたのは、この五日後の事だった。
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