00.01.【有馬駿】
『――というわけで有馬さんには全てを話して頂きたいと思います』
スマートフォンを耳に押し当てて僕、有馬駿はしばし思考する。
全てって、あったこと全部か? いや無理だろ。そんな事したら世間が黙ってはいない。とんでもない騒ぎになる。
いや世間を揺るがす大事件になるなんて事はないだろうけれど、少なくとも日本のゲーム業界がひっくり返る可能性すらある大事件だ。
「そんな事を話して〝魔法堂〟が黙っていませんよ……僕の立場を考えてください」
『もちろん私たち弁護士は有馬さんの味方です。だからこそ暴露会見を開こうと提案しているんです』
「……」
『このスキャンダルの真相を公開する事により世論を味方につけるのが狙いです。上手くいけば訴訟が取り下げられて示談に持ち込める可能性があります。そうなればダメージはゼロ……は難しいかも知れませんが、有馬さんの名誉は守られるのではと考えています』
弁護士のその意見を僕は噛み砕いて理解しようとする。……そう、かも知れない。
訴訟、弁護士、会見……。はぁ、考えるだけで憂鬱になりこめかみを押さえる。もう頭が痛い。
なってしまったものは仕方ない。でもやはり悔いずにはいられない。たったひとつの判断ミスがこのような事態を呼んでしまった……今も自分のした事は後悔していない。そう、言えば運営側の甘い言葉がはじまりだったんだ。
ことの発端は半年前に遡る。
◇
プロゲーマー、または動画配信者として生活をしていた僕の元に所属事務所を通して、あるゲーム大会に出場しないかと話を持ちかけられた。
玩具やコンピュータゲームの開発・製造・販売を行う日本の企業、魔法堂。
世界最大手の魔法堂が開発した家庭用テレビゲームソフト【フルメタルバレット3】のチーム対戦形式の大会出場の打診だった。
【フルメタルバレット3】は魔法堂が開発したソフトの中でも絶大な人気を誇るサードパーソン・シューティングゲーム、いわゆる〝TPS〟。つまり三人称視点のガンアクションシューティングゲームだ。
TPSの暴力的なイメージを払拭するポップな世界観とキャラクター、やられてもすぐ復活出来るゲーム性の軽快さから幅広い年齢、性別に愛されたソフト【フルメタルバレット】の第三弾として発売されたゲームだ。
既に発売から8年経過し、いよいよ続編が発売されるというタイミングで開発元である魔法堂主催による最後の公式大会が開催されるという事だった。
【フルバレ3】は僕が手がける動画配信の中でも最も人気のあるコンテンツであり、僕がプロゲーマーになるきっかけになった思い入れの深いソフトで、最も得意とするゲーム。その最後の公式大会といえば僕としてはなんとしても出たかった。
……でも、僕にはその大会に出場する資格がないはずだった。
と言うのも、前述した通り僕は【フルバレ】が得意過ぎた。
発売日当日に手に入れた【フルバレ3】は当時16歳だった僕の心を鷲掴みにし、学校にも通わず自室に引きこもり、毎日毎日ゲームに明け暮れた。
結果、ゲーム内の世界ランキングでは不動の一位。8年経った今では総プレイ時間50000時間を突破し、出る大会全てで優勝しまくった結果……干された。
そう、僕が出れば必ず優勝してしまう。プロゲーマーとしてのステータスのひとつでもある対抗戦に出られなくなってしまったんだ。ゲーマー仲間はたくさんいた。みんな切磋琢磨出来るライバルでもあった。問題は大会を開催する運営側が僕の存在を煙たがった。
悲しかった。大好きなゲームで4人パーティを組んで大会に向けて練習し、みんなで戦うあの一体感を味わう事が出来なくなってしまった。
有馬が出れば必ずそのチームが優勝する。
そう世間から言われるようになる。僕が出たら他の出場者のモチベーションが下がり、大会の質が落ちる。そうなれば資金援助してくれるスポンサーの熱も下がり、出資を渋るようになる。世界一のプレイヤーはいつしか厄介者になっていたんだ。
幼馴染の協力もあり、動画配信は上手くいっていた。だから僕は対抗戦からは身を引き、ゲーム実況や装備解説などを配信して生計を立てていた。
だから、今回の公式大会の誘いは嬉しくもあり、驚きもあった。
もちろん大会に出場したかった。また仲間と一緒に熱い戦いを繰り広げられると、そう思うと胸が高鳴った。
大会の詳細な打ち合わせをしたいと魔法堂の担当者と会うまでは、本当に楽しみだったんだ。まさかクライアントにあんな意図があるとは知らない僕は胸を高鳴らせて東京にある魔法堂本社に向かった。
「……つまり八百長、ですか?」
担当者の話を聞いた僕は愕然とした。
世界ランキング一位の僕が大会に出ればネームバリューにより集客が出来る。そして順当に勝ち上がった先、決勝でとあるチームと当たった際にわざと負けて欲しいというものだった。
アイドルグループ所属の女性動画配信者が所属するそのチームにわざと負けて欲しいという。つまりは八百長の打診だった。
この話はわざと負けるという事だけじゃなく、トーナメント形式の大会の決勝戦の相手が大会開催前から決まっている。つまりは大会自体が八百長に満ちた出来レースであると示唆していた。
「私たちが企画してきた公式大会はスポンサーを集めるためのパフォーマンス。つまりはショーだよ。まぁ、何も知らない君が暴れてくれたから全てはパーだったがね」
「な……」
「ほら、恋愛リアリティショーと同じだ。全ては演出。人が作り上げたもの。その方が現実よりずっと面白い、だろ?」
魔法堂の広報部長、風間が眉端を下げて肩をすくめる。なにを今更。まるでそう言っているかのように。
「そうさ、今までの大会すべてが出来レースになるはずだった、八百長さ。私たちがやっているのはビジネスだ。夢や希望を抱くのは消費者の勝手だが、それは私たちの知った事ではない。ソフトが売れて利益が出る。それだけで良い」
近年では小・中・高・一般の部で大会が行われ、それの頂点を目指し日々特訓する選手たち、青春をそれに捧げている人も多数いる。その選手たちの心中を考えると胸が締め付けられる思いがした。
……でも。
「大会には出たいだろう」
「……」
そう、僕は対抗戦に出たかった。
あの会場の緊張感。観客の熱を、声援をストレートに受け止められるあの感覚に僕は飢えていた。
聞けば決勝戦までは全力で戦って良いと言う話だ。八百長なんて本当に嫌だけれど、決勝戦までは何試合もある。そこまではあの感覚を味わえる。
そして何より僕たち選手の心を蔑ろにした運営にひと泡吹かせてやりたかった。
そう、思ってしまったのが全ての間違いだった。
もっと早く気づいていたら、あんな事にはならなかったのかも知れないのに。
僕がそう思うのは、遠くない未来の話だ。