9 ピトロの実
「ところでさ」と、俺は話を変えた。「メイスは花飾りを造ってると言っていたが、一体どこで働いているんだ?」
「郊外にあるディレーンさんという屋敷で働かせていただいております」
メイスはコップの水をちびりと飲んで答えた。
「ディレーンさんは貴族の方たちと懇意にされている装飾品専門の商人で、私達の造った作品を上流階級の方々のお屋敷に売りに出してくれてるんです。おまけに製作所の倉庫まで貸して頂いてて。お世話になりっぱなしです」
ふーん、と俺はフォークで炊いた芋を突き刺しながら頷いた。
作品、か。
少し意外な表現だ。
彼女にとって花の細工は飯の種。
文字通りの生業だ。
金を生み出す"仕事"であるはずのものを「作品」というのは、なんというか、メイスらしくない。
つか、貧乏人らしくない気がした。
いや。
そもそも、そんな上流階級の人間を相手に金を稼いでいるんなら、どうしてこんな粗末な暮らしをしているのか。
そこも少し不思議だ。
だが――と俺はにやりと笑った。
とりあえず、次のターゲットの目星がついた。
「それじゃあさ」と、俺は言った。「ちょいと1つ、お願いがあるんだけど」
「はい、何でしょう」
「その商人さんから、"ピトロ"って果物をいくつか都合してもらえないかな」
「ピトロ、ですか」
「うん。ちょっと高級な果実なんだけどね」
「知ってます。かなり辛い実ですよね」
ピトロは前の世界で言うレモンに近い果物だ。
味では無く形状が。
こっちの世界であれを探すのに苦労した。
「そうそう。出来れば2、3個ほど欲しいんだけど」
「2、3個、ですか」
「無理かな」
「そうですね。正直に言うと、ちょっと厳しいです。私、見てのとおりの貧乏人なもので」
「そっか。うん。分かった。それじゃ、なんとか自分で用意するよ」
「あ、いえ、少しお時間をくだされば用意出来ると思います。すぐには無理ですけど」
「そう? 大丈夫?」
「はい。多分、切り詰めればなんとか」
メイスはにこりと笑った。
うーむ。
この女。
本当に底無しの善人だ。
もしかして本物の聖人なんじゃねーか。
きっと、今でもギリギリの暮らしだろうに。
「けれど」と、メイスは小首を傾げた。「ピトロの実なんて、一体何に使うんですか? 食用にするには少し辛味が強すぎると思うんですけど……」
「ちょっとね」
俺は肩を竦め、言葉を濁した。
メイスは怪訝そうに小首を傾げていた。
「とにかく頼むよ。まあ、お金は出世払いで返すから」
「ああいえ、そういうつもりで聞いたわけでは」
「いや、ピトロの件だけじゃなくてね。キミにはお世話になりっぱなしだ。いつか稼げるようになったら、お礼も兼ねてたっぷりお礼はさせてもらう。もちろん、ここの住民たちにもね」
「そんな。良いんですよ」
メイスは少し大袈裟に首を振り、それから「あ」と口を丸くした。
「あの……そういえば、気をつけてくださいね」
「何が?」
「えっと、この宿町の一番の責任者の方が、今度ここにやってくると言っていたので」
「ああ、そうなの」
まあ、どうせ口先だけでなんとでもなるだろ。
俺のそんな心を読んだのか。
「その方はトレンさんと仰るんですけど、あの方は昔、都会の方で偉い学者さんをやっていたらしいんです。とても頭が良い方ですので、気を付けてくださいね」
と、心配そうに言った。
元エリートの学者か。
どうやらここの元締めのようだし、そいつは確かにちょっと気を付けねえとな。




