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8 梔


 楽勝だ。


 その日の夜。

 俺はベッドに横になりながら、ゴードンが差し入れてきた肉まんみたいな食べ物を頬張りながらダラダラしていた。

 どうやらゴードンは義妹であるシアラとろくに話をせずに仲違いしたまま死別しまったことにかなり悩んでいたらしく、それを見抜き、さらにシアラの言葉を代弁してくれた俺に感謝していた。

 残りの取り巻きもゴードンと同じく、いやそれ以上に単純で、大層俺に感銘を受けたようで、何か困ったことがあったらいつでも声をかけてくれと言ってきた。


 本当に楽勝だ。

 というか、楽園だ。

 ここの奴らは俺のカモになり易い要素を全て兼ね備えている。


 まず、高度な教育を受けていない。

 知識がない。

 それから他の宗教が普及していない。

 そして何と言っても。

 生活が貧しく、基本的にみんな困窮している。


 そう。

 ここが肝要だ。

 ここの人間は困っているのだ。

 みんな不満があるのだ。


 ということはつまり、彼らは常に"救い"を欲しているということだ。

 それが神でも救世主メシアでも天使でも使徒でも良い。

 とにかく、心にケリをつけてくれるものを欲しているわけだ。


 つまり、ここは俺のテリトリーにうってつけなのである。

 

「すごいですねぇ、ネドヴェドさん」


 晩飯をテーブルに並べながらメイスが言った。

 何の話だ? と俺は残りの蒸しまんを口に放り込んだ。


「今日、ゴードンさんが言ってましたよ。ネドヴェドさんはすごい男だ、信用のおける人間だって」

「別に、俺は何もしてないよ」

「そんなことないですよ。ゴードンさん、感謝してましたよ。ずっと心に刺さっていたとげが取れたみたいだって」

「その刺はあの人が自分で抜いたんだ。俺はそれを見つけてあげただけだよ」

「ふふ。謙虚なんですね」


 さあどうぞ、とメイスはテーブルに促した。

 俺はよいしょと起き上がり、テーブルについた。


「俺からも1つ聞いて良いか」

 と、俺は聞いた。

「メイス。キミは神を信じているらしいけど、それはトアト教の信徒である、ということなのかい?」

「……え?」


 俺の言葉にメイスは明らかに動揺した。


「い、いえ、それはその――そういうことは、その、あの、無いんですけど」

「そうなの?」

「は、はい」

「ほんとに?」

「う、うん」


 メイスの額に汗が滲んでいる。

 うーん分かりやすい。

 俺は目を瞑った。

 そしてしばらく口を閉じた。


「……見える」

 やがて、俺はほつりと呟いた。

「見えるぞ、メイス」


「な、何がですか」

「キミは嘘を吐いているね」


 メイスは目を大きく目を見開いた。


「な、なんのことでしょうか」


 この期に及んでまだ素っ恍けようとしている。

 俺はくすりと笑った。


「言ったろ? 俺は心が読めるって」

 俺は肩を竦めた。

「嘘はいけないね。キミはトアト教の信者だ。しかもかなり熱心な。聖書もよく読んでるんじゃない?」


 メイスは俯いて、「……はい」と呟いた。


「す、すいません。嘘を吐いてました」

「謝る必要はないよ。ただね、俺が聞きたいのはそこなんだ。トアト教はこの国が正式に認めてる国教だ。隠す必要もないし、堂々としていればいい。それなのに、何故、そのことを隠そうとするのか。それが不思議でね」


 メイスはいよいよ俯いた。

 結構言いにくいことらしい。


「心配要らないよ。俺は口が堅い。恩人であるメイスの不利になるようなら、絶対に他言しない」


 俺はメイスの目を見つめながら、真摯に言った。

 メイスはたっぷりと躊躇ったあと、「実は」と口を開いた。


「ここの住人の人たちは、あんまりトアト教のことをよく思っていなくて」


 メイスは悲しげに言った。

 俺はへえ、と少し顎を上げた。


「意外だね。ここの人ら、神様とか好きそうだけど」

「そう見えます?」

「ああ。口では神なんて信じねえとか嘯いてるけどさ。内心じゃあ相当、何かに縋りたいと思ってる。"救い"を欲してる」


 俺が語ると、メイスは感心したように「はあ」と深く息を吐いた。


「ネドヴェドさん、本当にすごい人ですね。そんなところまで見抜いてしまうなんて」

「まあね」


 俺は料理をひょいとつまみ食いした。


「しかし、いよいよわからねえな。神様は好きなのに、なんでトアト教は嫌いなんだ?」

「正確に言うと、別にトアト教が嫌いなわけではないと思うんです。嫌いなのはトアト教の教義や教えではなくて、トアト教が抱えてる衛兵集団【くちなしの騎士】だと思います」


 メイスは下唇を嚙んだ。


「あー、なるほどね」


 俺は短く数度、頷いた。


「確かにあいつらはなかなか厄介だ。教皇直属の連中はきちんと統制の取れた集団なんだろうが、末端の奴らは相当タチが悪いと聞いたことがある」


 そうなんです、とメイスは目を伏せた。


「ここの人たちは身分もお金も地位も何も無い人たちばかりです。だから、衛兵さんたちから随分とイジメられちゃってるんです。理不尽に殴られたり、無給で働かされたり、中にはお金を取られてる人もいます」


 なるほどねぇ、と俺はもう一度言った。


「そいつはトアト教を目の敵にしても無理はないね。けど、メイス。キミだけは別だと」

「私は……ええ、はい、そうですね」


 メイスは少し困ったような顔になった。


「私はトアト教の教えが好きなんです。誰もがこの教えを理解出来たら、きっとこの世はもっと笑顔が増える気がして。だから神様も信じています。神様は、私たちを愛していると思っています」


 ですよね、とメイスは微笑んだ。

 美しい笑みだった。


 ああ、と俺は頷いた。

 そんなわけねえだろ。

 神様がいるんなら、どうしてお前はこんなぼろっちい家に住んでるんだ。

 この世は腐ってるんだ。

 愚かな人間しかいねえんだ。

 神も仏もいやしねえんだ。

 そう思った。


 ――いや。

 いつもの俺ならそう思っていた。

 けれど、どうしたことかその時の俺は、そういうこともあるかもな、と思った。

 それはおおよそ、彼女の笑顔のせいだろう。



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