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6 欲情


 夜になった。

 俺はだらしなくベッドに横になり、ボリボリと得体の知れない焼き菓子を食べていた。

 甘ったるいだけで大して美味くない謎の菓子を食い、それよりさらに10倍甘いジュースを飲んで、ダラダラしていた。


 先ほどから美味そうな匂いが部屋に充満している。

 台所ではメイスが腕を振るっている。

 その背中を眺めながら、俺は今後のことを考えていた。


 あれから、ナビは俺のことを「神の遣いである」と信じた。

 いや、正確に言えばまだ完全に信じているわけではないが、まあ、経験からして完落ちするのも時間の問題だろう。

 今は所謂"半落ち"という状態だ。

 ただ、あの手の人間はコロリと騙せる。

 自分の境遇に不満があって、けれどもそれを吐き出す場所が無い。

 仲間はたくさんいるが、味方は少ない。

 そんな奴には同情して同意してうんと味方になってやれば良いだけ。

 それですぐに頼るようになってくる。 


 ま、世間を知らない坊やだから仕方が無い。

 特にナビのような育ちの人間は。

 教育もろくに受けていない子供を騙すなんてのは赤児の手を捻るより容易だ。

 初歩的なリーディングと簡単なプロファイリング、それから人間心理の隙をついてやれば一発。


 問題はここからどうするか、だ。

 たちまち俺には金がない。

 とりあえず食うところと寝るところは確保出来たが、仕事がない。

 幸いこの辺りは前の"狩り場"からはかなり離れているので、ここいらで俺のことを知っている人間は少ない。

 ナビやメイスを頼って何か仕事を紹介してもらおうか。

 そのようにも考えたが、ここでもらえる仕事なんてどうせろくなもんじゃない。

 奴隷みたいな肉体労働をさせられて一日の飯代にもならない小銭を渡されるのが関の山。

 そんなのはごめんだ。

 ならどうするか。

 どうすれば楽して儲けられるか。

 決まってる。

 金持ちを探すことだ。

 太客を見つけることだ。

 しかし、こんな所にいては肝心の金持ちと出会うことなんてのは――


「お待たせしましたー」


 考えごとをしていると、やがてメイスが料理を持って表れた。

 それから食器などをテキパキとテーブルに並べ、「さあどうぞ」と俺を促した。


「ありがとう」


 礼を言いながら席についた。

 目の前には美味そうな料理が並んでいた。

 もちろん、豪華ではない。

 粗末な食材をなんとか美味しく仕立てている。

 これがこの家の精一杯の歓待であろうことはすぐに察せられた。


「今日はネドヴェドさんとの出会いの日ですから。奮発しました」


 メイスは満面の笑みで言った。

 俺はもう一度「ありがとう」と言った。

 それから料理を食べた。

 どれもこれも美味しかった。

 素直に感想を述べると、良かった、とメイスは笑った。

 良く笑う女だ。


「けれど、驚きました。まさかネドヴェドさんが、神様の遣いだったなんて」


 メイスは嬉しそうに言った。

 彼女は俺のことを完全に信じていた。

 ナビも楽勝だったが、メイスはさらに余裕だった。

 彼女はもう俺の作り話に夢中になっていた。

 これだけ単純で無垢な娘がこんな薄汚れたスラムで生きてこれたのは。

 恐らく、ナビのような彼女を慕う人間が彼女を護って来たのだろう。

 今回、彼が俺を追い出そうと剣を突きつけて来たように、妙な男が近づくと、すぐに彼らが追っ払って来たのだ。


「運命だろうな」と、俺は言った。「メイスの行いが"善"だから、神が俺たちを出会わせてくれたんだ。この世に偶然なんてものはない。偶然のように見えても、全ては決まっていることだから」


 はえー、とメイスは感嘆の声を上げた。

 蝋燭の火に照らされた瞳は潤んでいるように見えた。

 うーん。

 拍子抜けするほどに単純だ。


「運命、ですか。なんだか、はあ、素敵ですね」


 メイスは一人ごちるように呟き、頬に手をあてた。

 俺は思わず目を細めた。


 美しい、と思った。


 そう。

 メイスは美しかった。

 整った顔つきに白磁のような透き通った肌。

 美しく伸びるホワイトブロンドの髪。

 少し胸は小さいが腰は高く括れていて本当に俺好みの佳い女だった。

 俺はコップの水を飲む、メイスの綺麗な鎖骨に目をやった。

 暮明(くらがり)に白く映える胸元はいよいよ艶かしく見えた。

 はらの底で、ムラムラと欲望が渦巻いた。

 口説いて押し倒し、自分の女にしようか。

 そうして彼女をコントロール化におこうか。

 そのような欲情に駆られた。

 その方がやりやすい。

 色恋で縛り付けた方が動きが読める。

 そう考えた。

 

 いや、駄目だ。

 俺は小さく首を振った。

 それではナビが黙っていない。

 奴はまだ俺を信じ切っていない。

 そして、ナビのような人間が他にもいることも予想される。

 そいつらから目をつけられるのはまずい。

 色恋はまた別の厄介を必ず呼び込む。

 そんなことは分かっているはずなのに。


 俺は、メイスを抱きたかった。

 今すぐ抱きしめて、キスをして、性行為がしたかった。

 何やかやと理由をつけているが、今の俺はそれだけだった。

 何のことは無い、俺はただ、メイスに惚れているだけなのだ。

 ただひたすら、彼女を自分のものにしたいと考えているだけ。

 しかし、それは巧くない。

 悪手だ。

 そもそもメイスはトアト教を信仰している。

 婚前の性交渉は御法度だ。

 冷静になれば、どう考えてもここでメイスを手篭めにするのは短絡的すぎる。


 浅はかな男だ。

 俺は自嘲的に笑った。

 計算して動こうとする癖に、己を制御出来ていない。

 そんなことだからドジを踏むのだ。

 

 俺はムラムラとした欲望を無理矢理抑え込んだ。

 メイスとヤるのはもう少し先だ。

 ここいらでもっと地盤を固めてからだ。

 これだけ人の良い女だ。

 短絡的に抱いて終わりにするには勿体なさすぎる。

 この腐った世界で。

 こんな女に出会える確率なんて、ほとんど無いに等しい。

 俺はククと笑った。

 俺は本当にツいている。

 この運を、最大限に利用しないとな。


「何が面白いんですか?」


 メイスが俺を見て、屈託なく聞いてきた。

 俺は目を細めて微笑みながら、


「いや、神様に感謝してるんだ。こうして、メイスと出会えたことにね」


 そのようにうそぶいた。



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