5 ペテン
「証拠はある、と言ったんだ」
と、俺は言った
「……ふざけやがって。俺の頭が悪ぃからって、舐めてんじゃねえぞ」
ナビの顔に怒りが浮かぶのが視認出来た。
その後ろで、ごくり、とメイスが息を呑んだ。
「テメー、神の存在を証明出来るってのか」
「まさか。神は神だ。証明なんて出来ないし、する必要もない。俺が言っているのは、"俺が神からの使者である"ことの証明だ」
「同じことだろ」
「全然違うね。何故なら俺は全能ではないからだ。俺は神ではない。故に絶対ではない。しかし、神から能力を授かっている」
「"能力"?」
「そうだ。その証明のために、こいつを解いて欲しい」
俺はそう言って身体を反転させて縛られた手首を見せた。
「駄目だ」ナビは短く首を振った。「そんなことを言って反撃に出る気だろう」
「そうじゃない」
「信用出来るか。テメー、俺を見くびるなよ」
ナビはまだ幼さの残る顔つきで凄んだ。
俺はふうと短く息を吐いた。
思ったより用心深い。
困ったな。
両手が使えないと"奇跡"を披露できない。
「ナビ、お前今、何か大きな悩みを抱えているだろう」
と、俺は唐突に言った。
「なに?」
ナビは眉を寄せた。
「そしてその悩みには人間関係が深く関わっている。近しい人間とのトラブルが原因だな? 恋人かボスか、それとも仲間か」
仲間、という言葉でナビは一瞬ぴくりと眉を上げた。
俺はさも全てを見透かしたように息を吐き、首を横に振った。
「なあ、ナビ。友人は大事にしろよ。友情は人間関係の基本だ」
「う、うるせえ。なんだ、唐突に。一体なんの話を」
「強がるなよ。悩んでるんだろ? 仲間との関係に。俺には分かってるんだ」
「どうして――?」
「悪いことは言わない。お前から折れるんだ。譲歩するんだ。ムカつくのは分かるがな」
「ど、どういうことだ! 説明しろ! テメー……どうして俺のことを――俺のことをどこで調べやがった」
ナビは立ち上がり、俺に掴みかかった。
俺は肩を竦めた。
「調べてなんかない。お前のことなんて知らない。俺は今日、偶然メイスに拾われてここに来たんだから」
「なら、なぜ」
「言っただろ。俺には"能力"があるって」
「能力――?」
「つまり俺は、お前の心が読めるのさ」
「こ、心が読める、だと?」
ナビの目が揺れた。
「う、うう、嘘だろ。そんなまさか」
「まだまだ読めるぞ」
俺は目を瞑った。
「お前は今、色んなトラブルを抱えてる。色んなことが上手く行かなくてイライラしてる。一筋縄ではいかない心配事や危険な仕事が山積みだ」
「危険な仕事……ってのは、ビリーのゴミ野郎の借金の取り立ての話か」
「もちろんそうだ」
俺は躊躇いなく即答した。
「ビリーは狂暴な男なんだろ。下手に拗れたら命に関わる。そんな厄介な仕事を、自分が無理やり押し付けられた。その事に憤りを感じてる」
そうだろ? と俺は聞いた。
ナビは少し黙ったあと、ああ、と呻くように呟いた。
「す、すげえな、あんた。俺のこと、何もかも当てちまってる」
「このくらい朝飯前だ。しかし、お前も大変だね」
「本当にそうなんだ」
よっぽど鬱憤が溜まっていたのか、ナビは身を乗り出して語りだした。
「どいつもこいつも自分のことばかり考えやがって。その癖に困ったら全部俺のせいだ。ムカついて仕方がねぇ」
「そりゃそうだ。お前は悪くないんだ。お前はちゃんとみんなのために動いてるんだ。それなのにうまく行かない。怒って当たり前だ」
ナビはすっかり俺の言葉に聞き入っている。
チョロい。
チョロ過ぎる。
笑いをこらえながら、俺は続けた。
気を引き締めねぇとな。
ここが勝負どころだ。
「けどな、ナビ」俺は語気を強めた。「悪いのは周りじゃないぜ。もちろん、お前でもない。お前に取り憑いている悪霊のせいだ。お前を苦しめてやろうと纏わり付いている、死者の亡霊のせいなんだ」
「死者……?」
「そうだ」
俺は大きく頷いた。
「この世界には全て"因果"がある。物事には"理由"があり、そして"結果"がある。だからナビ、お前が今、理不尽な目に合っているのも、貧乏なのも、全て理由があるんだ。お前には、この"因果律"が見えていない」
「よ、よくわかんねぇけどよ……」ナビはごくりと喉を鳴らした。「その"理由"ってのが、俺に取り憑いてる悪霊だってのか」
「その通り。飲み込みが良いじゃないか」
俺は微笑んだ。
「ナビ。お前は馬鹿なんかじゃない。ちゃんと俺の話が理解出来ている」
「……それなら、俺はどうすれば良いんだ。どうすれば、この悪運から逃れられる」
ナビはいつの間にか、剣を収めていた。
俺は「そうだなあ」と少し上を眺めた。
「とりあえず、俺を解放してくれないか。じゃないと、落ち着いて話も出来ない」
俺はにこりと笑った。
するとナビは――
「そ、そうだな。すまねえ」
そう言って、俺を縛っていた縄を切った。




