3 肖像
目が覚めてもまだメイスは帰っていなかった。
身体中が痛かったが頭はスッキリした。
台所へ行って水瓶で顔を洗いついでに水を飲んだ。
部屋に戻ると家捜しを始めた。
メイスは盗むものは何も無い、と言ったがそれでも始めた。
ベッドの下や棚の裏を見た。
少ない着替えの入った木箱を漁った。
目ぼしいものは何もなかった。
見たことがバレないように元に戻すと、今度は床をどんどんと踏み歩いた。
すると、台所の部屋の端辺りで空洞化されたような籠った音が聞こえた。
よく見ると木板に切れ目が入っていた。
慎重に取り外すと中には少しばかりのお金と本と、それから母子の描かれた絵画があった。
本は聖書だった。
こちらの世界の世界的な宗教『ティ・リ・トアト教』の教典である。
それから、絵画の方は神の子を産んだとされる聖母ラートの肖像画だ。
こちらの世界で最も有名な絵画と言って良い絵だ。
俺も何度も目にしたことがあった。
そこではたと気がついた。
メイスのことを一目見たときに感じた既視感の正体に気付いたのだ。
彼女はこの肖像画の聖母に似ているのだ。
何もかも同じというわけじゃない。
髪の色は全く違うし、唇もちょっと違う。
しかし、目鼻立ちや輪郭などはよく似ていた。
特に優しそうな大きな瞳はそっくりだ。
なるほど、と俺は短く頷いた。
どうやらメイスはトアト教の信者であるらしい。
トアト教はこの国の国民の大半が信徒である国教だし、何故こんな風に隠しているのかは不明だが、とにかく、こうして人から隠れてまで信仰を通すというのは中々だ。
これは使えるな、と思った。
メイスを与すなんてのは朝飯前、どうとでも出来ると踏んでいたが、こいつを使えばいよいよ簡単に騙せそうだ。
と、その時。
玄関の方からドンドンと家を叩く音が聞こえた。
俺は慌てて床を元に戻してそちらに向かった。
外に出ると少年がいた。
15、6才くらいだろうか。
「おい、テメー、ここで何やってんだよ」
体格の良い坊主頭の若者は、俺を睨み付けながら言った。
「休ませてもらってる。ああ、ちゃんと家主の許可はもらってる」
「メイスさんはどこだ」
「出勤した。お前は誰だ?」
「誰でも良い。早く出ていけ」
「なんだ? 何故出ていかないといけないんだ」
「ここは余所者が来るとこじゃねえ。さっさと出ていけ」
「そうはいかない。まだメイスに用があるんだ」
「用? 用ってなんだ」
少年は眉根を寄せ、さらに俺の方ににじり寄った。
「お前には関係ない」
「ある」
「何故だ。お前、メイスの弟か何かか」
「うるせえ。メイスさんを呼び捨てにするな」
「身分を明かせよ。じゃないと話にならない」
「うるせえ。とにかく出ていけ。メイスさんに厄介を持ち込むな」
少年はそう言うと、腰に差してあった細い剣を抜いた。
おっと、と俺は両手を上げた。
「ちょっと待てよ。俺は客だぜ。メイスに案内されてこの家に来たんだ。別に脅してやってきたわけじゃない」
「知ったことか。テメーみてえな胡散臭い野郎に用はねえんだ」
少年は突き付けるように剣先を俺に向けた。
本気だろうなと思った。
正体不明だが、この少年は本気で俺を追い出そうとしている。
下手に抵抗すれば刺してくる。
そんなを目をしていた。
俺ははあと大きくため息を吐いた。
さてどうするか。
メイスは絶好の鴨だ。
とりあえず身を隠せるし、飯も食わせてもらえそうだ。
彼女をみすみす取り逃すのは上手くない。
かといって、この幼いボディーガードと闘うのも得策とは言えない。
俺はからきし弱いのだ。
「ナビくん! 何をやってるの!」
と、その時。
女の声がして目をやった。
メイスだった。
「止めなさい! 剣を収めなさい」
メイスは咎めるように言った
「メイスさんこそ何やってんだよ。またこんな怪しい人間を連れ込んで」
しかし少年――ナビは剣を俺に向けたまま、言った。
「止めなさい。その人は怪しくなんかないわ」
「怪しくない? メイスさん、この男のこと知ってるのか」
「知ってるよ。ネドヴェドさんって名前」
「出身は。身元は。仕事は。いやその前に、まずはフルネームは」
「えっとそれは」
メイスは言い澱んだ。
それから困ったように俺を見て、「どうでしたっけ?」と小首を傾げた。
やっぱりな、とナビは深い息を吐いた。
「メイスさん、いつも言ってるだろ。人を簡単に信用しちゃいけないって」
「でもその人、大ケガをしてて」
「関係ない。優しくするとつけこまれる。甘くすると図に乗られる。この世はそういうもんだ。安易に人なんか助けちゃいけないんだ」
ナビは一気にそこまで言うと、俺に目を戻した。
俺は彼の目線を正面から見据えて、その通り、と頷いた。
「若いのによく世間のことが分かってるじゃないか、少年」
俺は両手を上げたまま、言った。
「けれどね、俺もちょっと行き先が無くて困ってるんだ。だから、まずは俺の話を聞いて欲しい」
「お前の話?」
「うん。俺のことを全て話をするよ。それでも追い出したいなら追い出してくれて構わない」
ナビは怪訝そうな顔をして俺を見た。
「もちろん」俺は続けた。「もちろん、その剣を収める必要はない。俺が妙な動きをしたらその場で叩き斬ってくれていい。ただ一つだけ言わせてくれ。メイスは恩人だ。俺は心から彼女に感謝してる。だから悪意なんてものはこれっぽちもない」
ナビは俺を見続けた。
値踏みするように、じっと。
「……良いだろう」
やがて、ナビは言った。
「とりあえず話だけは聞いてやる。それじゃあ、手を後ろで組め。それから家の中に入るんだ」
俺は出来るだけ優しく微笑んで、「ありがとう」と言った。




