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2 部屋


 メイスの家はそこから歩いて10分ほどの労働者が住む宿街にあった。

 貧困層が集まって集落を形成しているちょっとしたスラムだ。

 せせこましい荒ら家が林立しており、彼女の家はその一番端っこにあった。


 本当にボロい部屋だった。

 木材と石材を乱暴に組み合わせているだけでそこかしこに隙間があった。

 しかし家が長屋の一番隅にあるおかげで部屋そのものはわりと広かった。

 一応部屋の区切りがあり台所の他に間取りが二つに別れていた。

 室内にはほとんど物が置いて無かった。

 あるのはテーブルと椅子とランタン。

 あとは粗末な食器と囁かな棚。

 不躾に見回しているとふわりと花の香りがした。

 殺風景な部屋に場違いな匂いだった。

 つと見ると、剥き出しの木壁に干した花の飾りが誂えてあった。


「すいません、本当に粗末なところで」

「いや、十分だ。雨風が凌げればどこでもいい」

「ベッドは使ってください」

「それは出来ない。そこまで世話になるわけには」

「怪我人をさしおいて私が使うのも気が引けますから」

「しかし」

「良いんです。こちらこそごめんなさい。ろくに怪我の手当も出来なくて」

「平気だ。少し休めば」


 そうですか、とメイスは心配そうな面相になった。

 俺は微かに眉をひそめた。

 ここに至りさすがに訝った。

 この女。

 底無しの善人のようだが――果たしてここまで人の良い人間がいるだろうか。

 こっちの世界には前の世界のような常識はない。

 騙さなければ騙され、利用しなければ利用される。

 悪党がデフォだ。

 油断してたらあっという間に食い物だ。


 まあ――それは前の世界も似たようなものか。


「これ、飲んでください」


 メイスがコップに白湯を入れてきた。

 俺はありがとうと礼を言ってちびりと飲んだ。

 もしかしてこの女、何か狙いがあるんじゃないのか。

 むくむくとそのような疑心が沸いてきた。

 こんなスラムでこんなお人好しが生きていけるのか。

 阿呆が暮らしていけるのか。

 しかもか弱い女だ。

 そんなことがあり得るだろうか。

 良いカモだとうかうかと着いてきてしまってが、もしかすると狙いを定められていたのは――


 俺の方だったんじゃないのか。


「それじゃあゆっくりしててください」


 俺の疑念を余所に、女は屈託なく微笑んで出ていった。


「どこに行くんだ」


 声をかけると、扉のところでメイスは振り返った。


「すいません。仕事に行かないといけなくて」

「仕事?」俺は眉を寄せた。「仕事って何を」

「お花の加工です」

「花の加工?」

「はい。飾り物を造ったり」


 メイスはそこで俺の背後に目をやった。

 干した花の束。

 どうやらあれが彼女の生業らしい。


「夕方には戻りますから」

「いいのか」

「はい?」

「いいのかって聞いてるんだ。俺はどこの誰かも分からねえ男だぞ。そんなやつを一人家に残して」

「あはは。見ての通り、盗まれるものなんてありませんから」


 それじゃあと言って、今度こそメイスは出掛けて行った。

 ふむ、と俺は彼女が出て行った扉を見つめた。

 まだ測り兼ねる女だと思った。

 ただ――なんとなく、昔を思い出した。

 こっちの世界で、こんなに優しい女は初めて出会った。

 あれが演技でないとしたら。

 俺はにやりと笑い、顎を撫でた。

 当分は食いつなげそうだ。


「それじゃあお言葉に甘えるか」


 考えても仕方が無い。

 どちらにせよ俺に行くところは無いのだ。

 一人きりになり、俺は簡素なベッドに寝転んだ。

 とにかく休む必要がある。

 あの女の真意は気にかかったが、目を瞑るとすぐに眠りに落ちていった。

 


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