15 VS 聖騎士
パルに連れられて長屋の反対側、スラムの入り口付近の集落までやってくると、そこには大層な人垣が出来ていた。
その中心から怒号が響いており、誰かを罵倒する声や、何かを壊すような不穏な物音が遠くまで聞こえて来ていた。
俺とパルとナビは人だかりを押し退けて進んだ。
輪の中心までなんとかやってくると、そこでは鎧を来た数人の男たちが、四つん這いになった男性を取り囲んでいた。
「申し訳ありません、どうにか許して頂けませんか」
男性は地面に額をすりつけ、ひたすら懇願していた。
地面には血が散らばっていた。
顔をあげると痛々しいほどに腫れ上がっていた。
「駄目だ」
鎧の男が言った。
「貴様は俺達に悪態を吐いた。それはトアト教そのものや教皇様、ひいては神にも唾を吐く行為だ。どうして赦されようか」
「そもそも貴様らは誰の許可を得てこの場所に住み着いているのだ。この世界は神の与えし天領だ。ろくに金も払わず、のうのうと生きていること自体が罪なのだ」
また別の、口髭を生やした男が言った。
彼は男性ではなく、見物人に向かって言っていた。
「いいか。本来ならお前たちは全員が罪人なのだ。生きているだけで罪なのだ。それを、慈悲ある神と教皇様が赦してくださっているのだ。故に貴様らは、神に仕える我らに奉仕し、服従し、常に律されなければならんのだ」
口髭の騎士は宣言するように言うと、腰に携えていた剣を抜いた。
どうやらこの男がリーダーのようだった。
観衆が息を呑んでいるのが分かった。
みな恐怖していた。
「ゆ、許してください。お金は払います。俺のことをいくらいたぶっても良い。しかし、家を壊すのだけは勘弁してください」
「駄目だといっている」
男は剣を男性の首もとに突きつけた。
「以前からここいらの連中は気に食わなかったのだ。トレンとかいう男に唆されて何かと反抗的な態度をとりおって」
男は目を細めて、にやりと笑った。
「そうだな。ここはやはり、見せしめが必要だ。家をぶち壊すだけでは足りぬ。家畜以下の獣どもには、分かりやすい罰を与えねば目が覚めぬだろう。命を以て分からせねばな」
男は剣を振り上げた。
きゃあ、と女の悲鳴がした。
やめろ、と男の叫び声がした。
しかし、誰も騎士に立ち向かおうとはしなかった。
パルが駆け出しそうになったのをナビが止めた。
そしてナビが走りだした背中を――
俺が止めた。
「そこまでだ」
そして俺は聖騎士の男の前に躍り出た。
「そこまでだ。聖騎士殿」
「なんだ、お前は」
髭の騎士は剣を振り上げたまま、俺を見た。
「私はネドヴェドと申します。神から洗礼を受けた教誨師でございます」
「……牧師か」
騎士は少し顎を上げ、剣を下ろした。
思った通り。
こいつらは権威に弱い。
「どこの教会からやってきた」
「特定の教会には属しておりません。トアトの教えを広めるため、流浪の旅をしております」
「は。それなら無駄だぞ。こいつらは我らの言うことは聞かぬ。生きる価値のない野人どもだ」
「そんなことはありません。彼らもまた神の子」
「ここで問答をする気はない。ネドヴェドとやら。早々に立ち去られよ」
「そうは行きません。私はここの人たちに助けてもらった。あなたたちがそこの男性を殺すというなら、黙って立ち去るわけには行かない」
ほう、と騎士は俺を睨むように見た。
「我らのやり方に口を出すというのか」
「はい。あなた方のやっていることは神の御意志に反する」
「なんだと?」
騎士の顔色が変わった。
「ネドヴェド。口の利き方には気をつけろよ。いくら牧師と言えども、神の騎士団である我らのことを愚弄することは赦されんぞ」
「あなたこそ日々の行いにはくれぐれも気をつけなさい」
俺は語調を強めた。
「神は全てを見ていらっしゃる。罪のない人間を殺めることを神は是としません」
「罪がない? ふざけるな」
騎士はせせら笑った。
「こいつらは信仰を持たぬ野蛮人どもだ。仕事も罪に塗れた薄汚れたものばかりの罪人」
「規則を破ったというならばそれなりに根拠を述べなさい。この男が死に値する罪を犯したのならば、その根拠となる法律を」
「そうではない。法では無く存在そのものが罪だと言っている」
「原罪という意味ならば、罪のない人間などおりません。我らも、神からの赦しを標として生きているのですから」
「それはその通りだ。しかし、こいつらに赦しを得る資格はない」
「あります」
俺は一歩、騎士へとにじり寄った。
「あなたは聖書を読んだことがないのか。父なる神は全ての人間を赦し得るのだ。人間が人間を殺めることこそ、神の御意志に背く罪だ」
「……貴様。この俺を罪人だと言うのか」
騎士はぎり、と歯軋りをした。
剣を持つ手に力が入るのが分かった。
「その通り」
俺は悠然と進み出た。
「私は、殺人は戒律破りだと言っているのです。犯罪かどうかではなく、トアトの教えに背いていると言っている。ここであなたが彼を殺せば、その瞬間あなたはもう、敬虔な信徒には戻れない。トアトの法を破るのだから」
「口を慎め!」
騎士は怒鳴った。
「貴様の言っていることは詭弁だ! 良いか牧師! こいつらはトアト教を信仰しておらんのだ! 神を信じていないのだ! それはつまり、この者たちは人間ではないということだ! 人間ではないものを殺してもそれは――」
罪にはならんっ!
騎士はそのように吠えると、再び、今度は切っ先が触れるほどに剣を男性に突きつけた。




