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12 野心


「な、なんだかとても難しいお話をされていましたね」


 トレンを見送ると、メイスはそう言って椅子になだれ込むように座り、机に突っ伏した。


「はう、私、お二人が何を話しているのか、てんで分かりませんでした」

「くだらない話さ。今はまだ」


 俺は酒を呷った。


「しかし、あのトレンという爺さん。中々面白いね」

「面白い?」

「うん。頭のよさそうな爺だ」


 俺はにやりと嗤った。

 あの爺さん。

 めちゃくちゃ鬱陶しい野郎だが。

 上手く取り込めば、かなり利用価値がありそうだ。

 少し話して直感した。

 あの男は優秀だ。

 どうしてあのような有能な男がこんな貧困街に落ちぶれているのか不思議なくらいに。

 

 どうにかして、俺の部下にしたい男だ。

 そうだ。

 俺には有能な右腕が必要なのだ。

 使える参謀さえいたなら、前のような失敗はしていなかった。


「そうですね」メイスはにこりと微笑んだ。「トレンさんは本当に頼りになる方です。私たちはみんな学校に通って無くて読み書きすら満足に出来ません。ですから、いつもいつも損ばかりしてます。それを、トレンさんが私たちの楯になって偉い人たちから護ってくれてるんです」


 ふーん、と俺は短く頷いた。

 ムクムクと、得体の知れない欲望が内腑の底から湧き出てくるのを感じた。


 ――あなたの宗教、名前は何と言うんですか。


 トレンの言葉が頭に浮かんだ。

 その時、自分に溢れて来た感情の正体に気付いた。

 野心だ。

 あの男は、俺が宗教を使って組織を作ろうとしていると疑っていた。

 俺にはそんな気は無かった。

 当面、小銭を稼いで食いっぱぐれなければそれで良いと思っていた。


 しかし。

 あのトレンという男と組めば。

 どうにかして懐柔出来れば。

 ふむ。

 俺が教祖となって、()()新興宗教を創れるかもしれない。

 権力(ちから)を持つことが出来るかもしれない。

 皮肉にも、トレンという男を見て俺はそのように考えた。


「メイス」俺はメイスに言った。「今度、キミの働いている作業所のボスに会わせてくれないか」

「ボス――というと、雇い主様のことですか」

「そうだ。ディレーンとか言っていたか。確か、貴族連中にも顔が利く豪商だと言っていたね」

「はい。ディレーンさんはこの街全体で様々な商売の元締めをされている、すごい御方です」


 うん、と俺は頷いた。


「いつか、彼に会ってみたい。どうかな」

「いや、それは、どうでしょうか」


 メイスは珍しく難しい顔つきになった。


「ディレーンさんはとにかくお忙しい方でして。私はただの労働者の一人ですし、そのようなアポイントが取れるかどうか」

「ただの労働者ではないだろ?」

「へ?」

「メイス。キミの造ってる花細工は恐らく、かなりの品なんだろう」

「それは――どうなんでしょう」


 てへへ、とメイスは照れたように笑った。


「謙遜しなくていい」俺は言った。「キミの造る商品――いや、作品は上流階級に卸すものなんだろ? ということはつまり、相当な逸品であることの証左だ。そんな腕の立つ職人を、雇い主はただの労働者とは思わない。表向きはどう接しているかはともかくね。心の中では大事に想っている。経営者とはそういうもんだ」


 まいったな、とメイスは苦笑した。


「私、そんなすごい人間じゃないです」

「キミが気付いていないだけさ。ディレーンはきっと気付いてる。いや、ディレーンだけじゃない。キミ以外の人間はみんな気付いてる。メイス。キミが只者ではないことを」


 メイスはむーん、と腕を組んで考えた。


「そ、そうなんですかね?」

「そうなんだよ。自分では分からないかもしれないけれどね。キミは特別だ。特別な人間だ」


 世辞では無かった。

 心から思っていた。

 メイスはあははと笑った。


「ありがとうございます。でも、なんか、そんな風に言われると困っちゃいますね」

「それで良い。無垢は美徳だ」


 俺は酒瓶を振った。

 ちゃぷちゃぷと瓶底で少量の酒が波打った。


「とにかく、だ」


 俺は残った酒を飲み干して言った。


「とにかく、そういうわけで、恐らくディレーンという男はキミに一目置いている。だから、キミの願いなら大抵のことは聞いてくれる」

「そ、そうなんでしょうか」

「多分ね」


 俺はちょっと笑った。


「だから、無理を言ってすまないが、1つよろしく頼むよ」


 ディレーンに会わせてくれ。

 俺は頭を下げた。


 メイスは眉を下げ、頼んでみます、と言って困ったように微笑んだ。



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