10 評判
「おい、ここに心が読める男ってのがいるらしいな」
「あのぅ、こちらの旦那様に少しご相談があるんですけど」
「こちらに有名な異能者がいると聞いて来たんだが」
そして次の日から。
見知らぬ人間が次々に俺の元にやってきて、何やら身の上話を始めた。
噂話与太話にはよくある話で、なんとなく尾ひれ葉ひれがついていた。
「いや、うちの嫁さんがさ、ちょっと困ったことになっててよ」
「うちの息子が病にかかって、どうしたらいいのか」
「タチの悪い輩に絡まれて困っている。どうすれば揉めずに手を切れるのか」
ゴードンやナビが触れ回ったおかげだろうか。
ありとあらゆる相談事が持ち込まれた。
しかしスラムは噂が回るのが早い。
朝一番から人が現れ、昼からは色んな人間が物見遊山を含めて詰めかけた。
俺はそれらに適当に応えて言った。
前世の行いが云々。
神からの加護が云々。
動物の霊というものが存在していて云々。
そう言ったオカルト話に加えて、人生で有りがちな躓きに効く「過去を振り返るな」だの「執着を持つな」だのといったメンタルケアを混ぜ合わせて伝えた。
彼らはみなそれらを有り難かった。
要するに彼らには何でも良いのだ。
何かのせいにできて、そして過去を断ち切れれば、何でも良い。
そうこうしている内に小銭が稼げた。
こちらから要求しなくても色々と貢ぎ物を持ってきた。
最早、慣れた作業だった。
俺はこちらに生まれ変わってから詐欺師になった。
俺には"異世界"はハード過ぎた。
生まれついた場所も最悪だったが、それがなくとも現代地球でぬくぬく生きていた俺にはこっちの世界は挫折と絶望の連続だった。
生きることは問答無用だった。
道徳やら倫理やらそう言ったものの入り込む余地は無かった。
だから騙す道を選んだ。
俺は前世の職業を生かしてこちらの人間を騙した。
俺の生業だったもの。
奇術師だ。
「わあ、なんですか、これ」
夜になり、帰宅したメイスは目を丸くして胸に手を当てた。
部屋には酒や菓子や果物がいくつか置かれていた。
「手土産だよ」俺はベッドに寝転がったまま答えた。「相談に乗ってやった人間が何人か持ってきた。とりあえず、これらは全部メイスにあげるよ。世話になったお礼だ」
「い、いえ、もらえません、こんなに」
メイスは驚いた顔のまま荷物を脇に置き椅子に座った。
「良いんだよ。こんなにあっても食い切れないし」
よっ、と俺は起き上がった。
「それより、ピトロの実は手に入ったかい?」
「ああ、それなら」
メイスは頷いた。
「今日、1つだけ譲っていただきました」
「1つだけ?」
「はい。何しろこの辺りにはほとんど流通してませんから。今日も雇い主様に特別に1つだけ分けてもらって来た次第で」
「そっか」
俺はおでこをほりほりと掻いた。
1つでは心許ない。
やはり予備も含め出来れば5、6個は欲しいところ。
「すいません、お力になれず」
メイスはしゅんとして頭を下げた。
いやいや、と俺は首を振った。
「別に良いよ。俺も探してみるし。それよりお疲れ様。こっちに来て一緒に呑もう」
俺はテーブルに移動して木椅子に腰掛け、もらった酒を適当に見繕って机に乗せた。
「あ、あの、私は呑めなくて」
「ああ、そうなんだ。まあいいや。それじゃ、夕飯のあとで晩酌に付き合ってよ。美味い干し肉をもらったんだ」
俺が提案すると、今度は「はい」と笑顔で頷いた。
メイスはそれから食事を用意し、それを二人で食べた。
いつも通り美味かった。
食事を終えると酒を呑み、今日あったことを話した。
するとメイスははえーと感嘆し、小さく首を振った。
「さすがネドヴェドさんです。色んな人たちを助けてあげたんですね」
「昨日も言ったろ? 俺は何もしてない。つか、人を助けてるのはキミだろ、メイス」
俺は酒をぐいと呷った。
「はい?」
メイスはきょとんと小首を傾げた。
「私、ですか?」
「ああ」俺は頷いた。「今日、色んな人間から聞いたよ。キミがこのスラムでいかに多くの人間に施しを与えているのか」
「まさか」メイスは首をぶんぶんと横に振った。「私は何もしてませんよ」
俺はくくと笑った。
何もしていない、か。
この女。
恐らく、本当にそう思っている。
それが可笑しかった。
「キミはここの住人のために賃金のほとんどを使っている。さらに無料で仕事の世話をしたり、病人を看護したり、食い物を分け与えたりしてる。ここの住人がキミを護ろうとするわけだ」
そう。
今日一日で、色んな人間から嫌というほど聞かされた。
このメイスという女がどれだけの人間か。
「大したもんだよ、あんたは」
俺は頬杖をついて一人ごちるように呟いた。
「嗚呼なんという白さか。この腐敗した世界で、どうしてそのように清廉でいられるのか。誰がこのように潔白でいられるのか」
いつかどこかで読んだ教典の一節だった。
メイスは恥ずかしそうに俯いて恐縮していた。
酔っ払っているせいか、目眩を覚えるほど美しく見えた。
俺はもしかしたら――
本物の聖女を目の当たりにしているのではないか。
その時、つと、そのように頭をよぎった。
「夜分に済まない。メイス、少しいいか」
と、その時。
家の玄関戸がノックされた。
「は、はい」
メイスは立ち上がった。
「ど、どなたでしょうか」
少し間が空いた。
それから扉の外で、「トレンだ」という声が聞こえた。




