1 出会い
「あ、あの、大丈夫ですか」
女の声がして目を開けた。
髪の長い女が俺を覗き込んでいた。
顔は逆光でよく見えなかった。
「大丈夫に見えるか」
俺は強がるようにちょっと笑った。
口の中が切れて痛かった。
女は胸の前で手を揉み、心配そうな声で「いえ」と答えた。
「は、早く病院に」
「駄目だ」
「え?」
「病院は駄目だ。金がない」
「け、けど」
「怪我の方は平気だ。それよりも腹が減って動けん」
「お腹、空いてるんですか」
「ああ。もう3日もまともに食ってない」
女は胸に抱えていた袋をがさがさとまさぐった。
その中からパンを出し「こ、これ、よかったら」と差し出した。
俺はがばりと起き上がり、引ったくるようにしてそれを受け取った。
夢中で食べた。
固くて不味いパンだったが構わず食べた。
味はともかくでかいのが嬉しかった。
途中で喉に詰まったが無理矢理飲み込んだ。
食べ終わると女を見た。
襤褸きれを着て煤けた顔をしていたが美人だとすぐに分かった。
どこかで見たことのある顔のような気がしたがハッキリとは思い出せなかった。
俺はありがとう、と頭を下げた。
「助かったよ。いや、マジで助かった」
「それは良かったです」
女は微笑んだ。
やはりどこかで見た顔だった。
「あんた、どこかで会ったか」
「いえ。あなたが倒れているのが見えたので声をかけただけで」
「そうだよな」
俺は小さく首を傾げた。
知り合いではないと、俺も思っていた。
見たことはあるが、知人ではない。
けど、なんとなく顔は知っている。
そんな模糊とした記憶だ。
「名前は」
「あ、私はメイスと言います」
「俺はネドヴェドだ」
「ネドヴェドさん、本当に傷の方は大丈夫なんですか。その、随分と」
「大丈夫じゃねぇけど大丈夫だ。死にはしねぇだろうから」
「でも」
「それよりどこかでゆっくり休みたいんだが。ああいや、病院はなしだ」
「病院がダメなら……少し先に教会がありますが」
「教会はもっと駄目だ」
俺は苦笑した。
「少し事情があってね」
「事情、ですか」
「事情だ」
「それは」
どんな、と言いかけて女は言葉を飲み込んだ。
さすがに何かを察したんだろう。
こんな裏路地で顔を腫らして倒れている男だ。
事情が無い方がおかしい。
「良かったら、うちに来ますか」
女――メイスは言った。
「良いのか」
「おんぼろの家なので休めるかどうかは分かりませんが」
「助かるよ。本当にありがとう」
俺は頭を下げた。
感謝した。
しかし、同時に思わず笑ってしまった。
俺はなんて運が良いんだ。
神に見捨てられたと思ったがそうではなかったようだ。
この世界に、こんなお人好しがいるのかと思った。
俺は頭を下げて地面を見つめながら、口の端を上げた。
しばらくはこの女にタカることにしよう。




