死生観2
母に言う。好きな様にしなよと。それからあまり記憶が無い。病院お抱えの葬儀屋が来て取り仕切っていたようである。
なにぶん身内が死ぬのは初めてで段取りもわからない。葬儀屋の言いなりになり話は進む。
祖母は何も言わないし関わらない。理由はわからない。経験豊富なはずだが。母は呆けていて使い物にならない。結局私が全て段取りを葬儀屋と詰めてやるしかなかったが葬儀屋とはかなり骨董屋に近くかなり詐欺臭い。今になると調べれば良かったと思うが私も素人である。いいなりで話は進んだ。とんとん拍子に全てが決められて機械的に進む。数百万のコースが普通だといわれて一千万近く最後に払う事になる。墓も無い本家の墓には入れないと叔父に言われて墓も買う段取りを葬儀屋がする。これも普通はと言われて数百万コースに話は進むが結局一千万近くかかる。ぼっとしているうちに終わる。全て葬儀屋任せである。金は出さないが本家が口をはさみかなり大事になる。
あっと言う間に終わり私はくたくたになり母はまだまだ呆けていた。祖母はなにもしない。兄は仕事の合間に少し顔出しただけである。私はやっと家に帰る。金はなんとかわたしが工面した。なんだか父方がほぼ全滅した。それも短期間で。
私の歯車には私とわんこしか居ないと思っていたがネグレクトだろうが虐待があろうが家族は歯車にがっちり入っているのである。あの怒りはそうなのかもしれない。寝たきりでいない方が楽だとは思っても精神的にはがっちり歯車に入っている。それが家族のようである。家族の中の父とはかなり大きな中心なのかもしれない。母が体調を崩す。祖母の面倒がみれないので祖母は叔父三人をたらい回しにあう。そこで我が強く我がままで頑固の塊のような祖母は喧嘩しまくり母の体調が戻らないうちに戻ってくる。すると叔父二人が単車で事故死する。一人は舌癌になり緊急手術になり舌をとるが転移して直ぐに肺癌で亡くなる。母方は少しは集まりが昔はあり顔見知りなので祖母と母を連れて葬式や見舞いやでてんてこまいになる。毎月の様に葬式である。私の歯車には無い人達であったが不思議なのは祖母が悲しそうで無い事である。
一族の長として親戚や知人が集まる中心になり威張っていた。孫もひ孫もかなりいる。大家族の歯車であるはずである。
その子供三人がほぼ同時期に亡くなるが全く動じていなかった。都合が悪くなると耳が遠くなったりボケたふりをしたり。
私は一番身近にいたので小言も全て耳に入っていた。祖母と三人はかなり派手に喧嘩をしたみたいであった。うちの母もそうだが皆んな我がままで自己中で頑固な人達なので会えばぶつかるのである。母とも毎日喧嘩ばかりしていた。すると突然母から電話があり体調が悪いと言う。世代的に救急車とか呼ぶのは恥ずかしいとか思うみたいである。慌てて私は実家に帰ると祖母と母と三匹の室内犬の狆がいた。そとのわんこは隣のおじさんに三匹殺されて外わんこは全滅していた。急いで救急車を呼び近くの緊急指定病院に入る。虫歯一つ無い母である。しかも寝ない食べない仕事は日本舞踊の家元で二十四時間三百六十五日稽古や舞台であり超人である。全ての検査をする。母と私は呼び出されて言われた。全身癌ですと。骨にまでいっており余命一ヶ月もつか?どうか?。過去を考えても一ミリも変わらない。未来を考えても今死ぬかもしれない。現在、今日次何すべきか?だけである。母はかなり冷静に聞いていて何を次にするのか聞いていた。私も父の時の様に何故か取り乱さず聞いていた。とりあえず入院で色々な抗がん剤をやりましょう。手術は無理です。私は聴きながら母を見ていたが特に何時もと変わらず気丈な顔である。とりあえず明日からでいいですか、用意があるのでと母が言う。医者は頷き機械的に処理する。二人で家に帰る途中に私がセカンドを試してみようと言うが頑なに嫌がるし医者に余計な事は言うなと言う。家に帰り祖母にその様に伝えると頷くだけである。予想していたかの様に。母もわかっていたかの様に動く。まず家元だから世襲手続きを弟子にするが理由は言わない。病気は身内だけの秘密にと病気だとも伝えない。衣服や洗剤や歯磨き道具などが詰まってる旅行用のセットがあり世界中旅を祖母や弟子としていたので支度はすぐに済む。祖母は家に残る。もう叔父三人死んでいくところがない。わんこ達はブリーダーに電話して返す段取りをした。がそれはわたしが止めた。私の命より大切やわんこ達である。皆んな旅行前の段取りの様にたんたんとしている。予定していた様に支度もできていた。私は眺めながら違和感があり。近所の藪医者でなく違うところを探そうと再び言うがヒステリックにキレられて終わる。仕方ない他人の言う事など聞く人では無い。自分の命は好きにすれば良いと私もわりきる。余命半月らしい。藪医者曰くだが。私は自分が冷静なのに驚く。次の日医者に送り入院。あっと言う間に癌病棟を仕切る母。天性のリーダーである。兄には告げるが忙しいと来ない。それから抗がん剤を試し始める。あっと言う間に髪は抜けはげる。毎日見舞いに行くと五、六時間帰してくれない。誰にも言ってないので暇みたいである。あっという間に数ヶ月が経つ。余命半月?とか言っていたが元気そのものである。藪医者は抗がん剤があったのだというがそうは思えない。短期退院が認められた。それ程元気なのである。そのタイミングで家のわんこが一匹亡くなる。原因はわからない。半月わんこの葬式など埋葬などしてまた入院。暫くまた違う抗がん剤をまた数ヶ月。退院許可がおりる。家に帰ると直ぐにまたわんこが亡くなる。また葬式に埋葬である。そしてまた入院。わんこの死の原因はわからなかった。一匹残るわんこは流石に私が直ぐに引き取る。このままではわんこが全滅する方が早い。
そしてまた違う抗がん剤にして数ヶ月結局一年以上繰り返す。が元気そのものである。やはりセカンドを頼めば良かったと母に言うが断固として嫌がり黙れとヒステリックに言う。
この間毎日私は見舞いに行き毎日五、六時間話し相手をする。兄も祖母も来ない。
突然病院から電話があり母が気が狂った様に家に帰ると言うがどうしたら良いか?と言われて慌てて病院に行くともう母はタクシーで帰っていた。家に行くと祖母と母がいた。何時もと変わらず二人とも元気の塊である。とそこに電話が入り私が出る。警察からである。変死体が兄の部屋で腐っていたと。近所の人から匂いがひどいと警察が入ったらどろどろに溶けた人間がいたと。兄かどうか見にこいと警察からである。母と祖母に伝えると特に慌てる事もなく母だけが行くと言う。警察の安置所に母と二人で行くと真っ黒に溶けて原型の無い人型が横たわって凄い匂いである。警察が兄ですか?と言う。私は原型はわからないが直ぐに兄だとわかりそうですと言う。母は黙り込み溶けた身体をさすっている。どうやら兄が死んで今日発見される事を予知していたみたいである。かなり冷静だが何故か怒りが母から感じる。そういえば奥さんはどうしたのか?警察に聞くがわからないと言う。死亡解剖すると言う警察。原因がわからないと言う。親も祖母も溺愛していた兄である。特に母は兄の為ならなんでもしてきたし命をすてても兄の為ならと言う人である。
それにしてはリアクションが無い。不思議に思いならがら家に帰り祖母に話すがリアクションが無い。二人とも予知していたような雰囲気である。流石に二人に違和感というか怖さを感じた。この二人は死を予知しているとしか思えない、それか操作している?。あまりにタイミングが合いすぎる。全ての死に二人は関わる。まるで二人で殺した様なタイミングである。父の時叔父達の時わんこ達の時、二人だけは冷静であった。そして今回兄である。隣のおじさんにわんこが二匹毒殺され一匹は撲殺された時もそういえば数日まえに電話で家に来る様に連絡があった。まるでわかっていた様に。そしてまた母は入院した。死亡解剖の結果が出て警察に行く。原因はわからないとのこと。死後三ヶ月程経っていていると。その足取りから毎日毎日飲み歩いていたキャバクラの領収書が途切れた日がありそのあたりではないかと推測した。殺人事件ではないのか?と聞くと部屋は内側から鍵がかかっていて密室なのでわからないと。日本の警察はよく世界一とかいうがわからない事件は全て事故死か変死にしてしまうからだと私は警察にもプロにも知り合いがいるのでしっていた。帰り際に奥さんとかなり前から別居してますよと耳打ちされた。母の病院に行き変死だと理由はわからないと告げる。母がまた急に退院すると言い出す。兄の住まいに行くと。仕方なく退院させて警察から聞いた住所に行く。マンションに住んでいたらしく大家さんに連絡して鍵を開けてもらう。大家さんはかなり怒っていた。それはそのはずである。事故物件になってしまったのだから。早く荷物を出す様に言われる。中に入るとこの世の匂いとは思えない匂いが充満していた。吐いてしまう程の匂いである。母はきが狂った様に何かを探していた。ベッドには兄の溶けた後が残りそのベッドカバー引き剥がし部屋中をかき回した。すると保険の用紙が出てくる。死亡時一億円の。受取人は奥さんになっていた。それを発見すると鬼の様な形相で帰るといいマンションを出る。兄は飲むうつ買う人でかなり借金があると聞いていたその額三億とも五億とも。
小さな時から兄の借金は母が肩代わりして全て払っていた。カードを何十枚とつくり支払いは母がしていた。勿論誰にも秘密で。家に送り私は自分の家に帰る。奥さんの電話番号を警察から聞いていたので電話してみると奥さんの親が出てかなり前に離婚したと言う。この辺はかなり曖昧で警察も介入したくないようで警察からは何も聞けなかったし奥さんからも聞けなくてよくわからなかった。兎に角離婚している。となると兄の借金は親、私に降りかかってくる。
財産放棄の手続きをしないとまずい事が判明した。それから私はより忙しくなる。一人一人順番に放棄していかないといけない兄がどう言う生活をしていたのか?わからない。調べないと放棄手続きができないのである。隠し子や認知している子供など山ほどいそうである。まず子供から放棄させないといけない。調べるのには役所しかないが他人の住所を知るのは大変である。探偵や警察でもない限り無理である。しかも母は余命宣告が出ていて更に複雑である。まだ法的に処理できる所での借金なら放棄できるが出来ないところでかなり借金がありそうだった。一から全部調べて戸籍を取り寄せ放棄していかないといけない。死んでからも迷惑をかける人が身内にいると最悪である。母と祖母とわんこの面倒を見ながら同時進行しなくてはいけない。これには時間があまりに足りなかった。しかも自分の生活もあるのである。ここ数年死ぬより辛い拷問のような時期である。それでもやるしかなかった。死ぬというのは楽な選択である。更に兄の葬式もやらなくてはいけない。パニックになる選択肢も無かった。戦争時に精神病になる人はいないと聞くがそんな感じである。そんな選択肢もないのである。兄の部屋に様子を見に行く、放棄するのでこの部屋の物は触る事ができない。そんな悪臭の中電話がなる。電話に出ると兄が車で事故をして高い外車を修理をだしていたのが直ったからお金を払いとりに来てくれとの事である。
これに加えて何処かで事故までしている。外車の修理費が数百万だと言う。事情を話すがそんな事は知らない金払えの一点張りである。これもややこしく修理費を払うと混乱するおそれがある。むやみに何か支払う訳にはいかなかった。とりあえず何も言わず電話を切った。すると急に寒気がした。何かいる感じがするのである。慌てて部屋を出た。嫌な予感がした。実家に帰ると元奥さんの親から電話が入り保険の件であいたいと。母は鬼の形相で会わないという。これ以上母が家にいるとややこしくなるのでまた入院してもらう。元奥さんと両親とが来て保険の件を話された。証書を渡した。終わりである。財産放棄と保険は関係が無い。ややこしくなるので排除した。一応聞き込みをする。どうやら子供が二人いるみたいである。認知していて結婚前に揉めたみたいである。養育費の問題で。住所や電話を聞くがわからないと言う。振り出しに戻る。うんざりである。家族とは付加でしかない。今まで自立して一人でなんとか稼ぎやってきたが家族が何かしでかすとこちらの歯車まで回らなくなる。いくら距離をとり疎遠でも容赦なく付加がかかる。兄のマンションに行き手掛かりを探す。私は馬鹿である。六大だが馬鹿である。めんどくさい事が一番嫌いである。自由を一番に大切にしている。しかしこの様である。
するとまた電話がなり都心にオフィスを構えてるらしく何やら怪しい電話である。経営コンサルタントとかいっている。サラリーマン以外に何をしていたのか?天才故に沢山の金儲けに手を出しているのは明白である。お金が大好きな人だったので。色々な事業に顔を突っ込んでいるみたいである。ますます早く財産放棄しないとまずいと感じた。サラリーマンはどうしたのであろう?銀行マンであるはず、付き合いがないので全く私にはわからなかった。とりあえず余計な事は誰にも言わずにおかないと借金とりが押し寄せそうである。無言で電話を切る。私は誰かに頼らない。警察弁護士政治家、頼ると必ず藪蛇になるからである。彼等は金儲けで動く。つまりは金にならない事には動かない。金を積まないといけないし損だと考えると消える人達である。しかも法律内でしか動けない。それ以上の事が出てくれば結局私が処理することになる。静かに誰にも気づかれずに揉め事は処理するに限る。プロでも出てきたらアウトである。その前に全てを終わらせねばならない。そう言う事に関して祖母や母は全く役に立たないどころか自分の立場も理解していない。法律とか勉強とか全く理解していないので逆に説得するのが大変なだけである。だから説明もしない。時間の無駄である。邪魔されるだけである。
とりあえず兄の謄本から全て出した。遡りながら全て。名前は出てくるが住所がわからない。そしてまた遡るをくりかえして認知している子供達を探し出して母親に説明して財産放棄の手続きをしてもらう。厄介なのはやはり祖母で説明する。がなんで兄の借金が祖母と関係があるんだとキレまくる。説明しても無駄であった。北海道出身らしく北海道に電話で連絡して謄本など全て取り寄せる手書きの謄本はややこしくて困難した。それからやっと母の謄本などをだして手続きをする。やっと私までたどり着くまで数ヶ月かかる。ぎりぎりであった。私も全てを放棄して一応完了した。しかし借金取りに途中気づかれて督促やら弁護士やら裁判所までまきこんで催促がきて、いちいち説明しに行かなくてはいけず余計に時間がかかった。そしてマンションの家財は貸し倉庫に入れてマンションを解約したりで使い物にならなくなった部屋の改修なども難しい課題だったがなんとか乗り切る。高級外車を預かっていたディーラーは一番しつこく裁判まで持ち込まれた。それはそうである。車を処分すらできないのである。皆んなに迷惑をかけて兄は死んだ。正規のルートでない借金取り達からは実家に定期的に電話があったが無視した。ここは腹をくくるしか無かった。死に金が絡むと大変である。皆んな鬼のようであった。勿論祖母や母の介護をしながらである。わんこにもかなり寂しい思いをさせた。兄の葬式は密葬で身内だけですまし誰にも知らせずに祖母と母だけが参加して直接墓に入れた。墓にいれるだけでも何十万とかかり冠婚葬祭ビジネスは本当に儲かるシステムになっている。嫌気が差すほどに。父の時の様にはやらずに最小限ですませた。全てを一人でやり切る。
母が余命宣告されて数年元気の塊であった。本当に癌なのか?と疑う程に我がままに自己中に過ごす。ある日病院にいくと暴れたらしく拘束されていた。それを取りながら私は無言で椅子に座る。すると母が私から虫が出てきているとか言い出す。抗がん剤による幻覚である。すると私の後ろに黒い影が居るという。当然無視する。すると突然祖母が会わられた。嫌な予感がした。祖母が来る時は誰かが死ぬ時である。タクシーで来たと言う。椅子に祖母を座らせてジュースを買いにいく。
戻ると母の意識が無くなっていて医者が鼻からチューブを入れていた。祖母は何か唱えながら見ている。どうやら母は死ぬみたいである。祖母がきたので間違いないと諦める。何時間かそんな事をしていると脈やらを測定している機械が乱れる。看護師は個室に移動させると言うが母は死ぬ時は個室には行きたくないと言っていたので断ると看護師から文句を言われる。
カーテンで周りを仕切り脈が止まるのを待つ。不思議な時間である。お産の逆である。祖母と二人で眺めていると脈が止まりブザーがなる。看護師や医者が駆けつけて死亡確認をする。
あっと言う間の出来事である。祖母が呪文を唱えながら目を塞ぐ、顔を整える。儀式?なのか?。直ぐに病院お抱えの葬儀屋が来て身体を拭き出す。有料である。直ぐに安置所に移される。移動代も有料である。直ぐに兄の時に使った格安の葬儀屋に電話する。そこで看護師が文句を言ってくるうちの葬儀屋を使ってもらわないと困ると。
無視して格安葬儀屋が来るのを待つと待ってましたとばかりに格安葬儀屋が来る。競争である。焼き場のスケジュールを抑えるそして母の身体も預かってもらう。家に戻すと周りにばれてしまう。内密にと母に言われていた。直ぐに母は車に乗せられ運ばれた。終わりである。長かった。人間なかなかしなないものである。あと始末をして祖母を連れて帰る。余命半月が二年である。いい加減な予想である。セカンドを使えば治った可能性もある。しかし本人の意思である。諦めるしかない。父の時のような動揺も無い。心の準備さえしておけばびっくりしないものである。まだやる事は山程あるのにうんざりしていた。飽きた。こう続くと流石に飽きる。しかし祖母の介護があるのでまた大変である。まだ続くと考えるだけでげんなりとした。
それからたんたんと火葬して直接墓に入れた。坊主などは一応呼んだが祖母もなにも言わないのでやる必要はなかったが形だけ兄の時と同じく。父の時に仏壇も高いものを買わされた。
今となると邪魔なだけである。戒名だなんだかんだで何百万とかかかる。金が無いとこの国では死ねないようである。ざっくり終わりにして少しスッキリした。祖母をみなくてはいけない最後の人になる。大変だな、どちらが早く行くか疑問な位祖母は元気であった。他人の何十倍食べ排便してよく寝る。風呂にも入れなければいけないし。我がままで自己中で頑固の塊である。家に帰る暇もなく過ごす事になる。わんこは女がみていてくれていた。それだけは救いであった。とりあえずエネルギーは満タンである。一人旅に日本全国に行ける程。祖母とハワイに行く事にする。母と祖母は世界中旅にでていたらしいが海外にわたしが連れて行った事がない。祖母にハワイ行くか?と聞くと行くと言う。旅行会社に行きファーストクラスと一流ホテルのスイートをとる。ガイドを祖母に付ける。三週間ゆっくり観光である。かなりの歳なので最悪を考えての最高のサービスを選ぶ。二人でタクシーで空港までファーストクラス専用の部屋で待つそれさえ祖母には苦痛になる。食べて飲んでエネルギーを貯める祖母。大丈夫そうである。飛行機に乗り私は寝るだけでファーストもエコノミーも変わらない。ハワイに着き至れり尽くせりで祖母の奴隷の様に動く。ダイヤモンドヘッドに行くために祖母にスニーカーを買うと言ったがいらないの一点張りで靴屋で数時間説得する。やることなすこと頑固で意固地である。ダイヤモンドヘッドに行くが途中おぶれと言う。途中から天辺までおぶり登頂直ぐにおぶり下山。祖母はがたいが良い凄い重い。観光地をタクシーで回る。ご機嫌をとりながら夜は買い物である。アラモアナからぶらぶらしながら色々と買い与えるがいちいち要らないと数時間説得。ツアーにも参加するが皆んなの迷惑になるので間に入りコミニケーションをとる。兎に角のんびりする暇は一分も無い。夜も早く寝てくれればいいのだが寝ない。なんだかんだと話しかけてくる。休む暇などない。そんな地獄の三週間をハワイで過ごす。私はマイナスのエネルギーにプラスして祖母との海外での負のエネルギーでくたくたになり日本につく。すると空港で突然具合が悪いといいだして大事になる。ハイヤーを借りてそのまま医者に。検査するがどこも悪くない。それから家にハイヤーで帰る。私は祖母が耳が遠いふりをしたり具合が悪いふりをするのを前に自分で嘘だと言っていたのを聞いているのでまたか?と、ぼけたふりも平気でする。元来私は老人と相性が悪い。特に祖母とは。今までも日本中一緒に旅してきたし温泉に定期的につれていったが意地が悪いのか?あーいえばこー言うし口は達者で天邪鬼である。母も毎日喧嘩していた。それでも何回かハワイに連れて行く。ハワイは行くたびに開発されて大都会になり日本語も通じるので楽なのである。両親、兄、祖母、ありがとうとごめんなさいと言っている所を聞いた事が無い。そんな人達である。それでも家族であり最後に残った身内は祖母しかいない。なんでも買い与える何処にでも連れて行きなんでもした。周りからやり過ぎというよりおかしいと言われるほど家族に尽くした。ネグレクト故の反動なのかもしれない。
祖母のケアの書類を山ほど出してなんとか少し時間をつくる。
血の繋がらない叔母などはいるが使えないが一応母方の血族になりまたややこしい。口は出してくる。何故なら血の繋がらない叔母達が住んでいる家の名義が祖母だからである。遺言一つで出て行くはめになる。祖母はお金の力をよく理解している。少しでも逆らえば終わりだと言う事になる。実家は母名義だったので私が相続した。少し休みたい。一人旅を日本でしたい。疲弊していた。それ程一気に父方母方全滅した。歯車には私と祖母とわんこである。あとは死のうが寝たきりになろうが関係ない。旅に四国に行きたい。が何故か腰が上がらない。とりあえず中央道にのり道に迷う。伊勢神宮の近くにビジネスホテルをとる。伊勢神宮を裏表正式な作法で回るのではなく適当に回る。するとまた単車が止まる。山の中である。近くに大手バイク屋があったがそこで買わないとみないと断られる。田舎に行くと小さな店は少ない。私は機械音痴で自分では直せない。ジャフを呼びビジネスホテルまで運んでもらう。このビジネスホテルも何か雰囲気が変でかなり大きなビルだが私しか居ない。かなり不気味な雰囲気である。私は一人旅の時の食べ物はコンビニである。コンビニも東京と地方は違い名前もやり方も違う。ご飯はその場で盛り付けてくれる所もある。バスを使い伊勢神宮の周りをくまなく回る。なんだが神系の大学でもあるのか?礼儀正しく作法をする人があちらこちらに。少し高い山に登ると見渡す限り山山山で所々の木が伐採されてはげている。兎に角神聖な山みたいである。骨董屋や古本屋が好きでみつけると眺める。東京ではお目にかかれない物もたくさんある。地元の人達と同じように動く。夜は長い。店も無いし閉まるのが早い。伊勢神宮の近くの定食屋に珍しく入る。物凄い美味しい。揚げ物や生物が食べれない私が珍しくカツを食べる。不思議な店もたくさんある。伊勢で一月過ごす。茜社にいくと少し変わっていた。寄進があったのか?雰囲気が変わっていた。
宮司さんに聞くと私は商売が苦手でねと笑う。宮司さんも維持するのは大変みたいである。
基本御守り関係は買わない。毎年返しに来なくてはいけなくなる。伊勢神宮も細かく隅々まで回る。空気が違うのにびっくりする。物凄い手入れされている。そう言えば学友が伊勢神宮のかなり偉い氏子?だと自慢していた。家の家具は御神木でできていると。本当かはわからないが。日本中の金持ちが氏子なのか?と思うくらい綺麗である。しかし人は居ない。風が吹くのである。いい風である。ハワイでも沖縄でも感じない風である。何かちがうのである。飽き性の私が伊勢神宮には一日いれるのである。不思議な場所である。身体からすっかりあくがとれる。よくパワースポットとか言うがエネルギーを与えてくれる場所ではなくて吸い取ってくれる場所なのではないか?。とビジネスホテルにかえり単車に火を入れると快適にまわる。まるで足止めされていたかのように。精算して一気に家に帰る。実家にも顔を出すが相変わらず仏頂面で機嫌が悪い。元々相性は最悪である。様子をみて直ぐに帰る。女にも色々と買い与えてはいたが旅行にも連れて行かなくてはとシンガポールに連れて行く。ファーストにスイートである。シンガポールは全く和製英語は通じない。マーライオンは修理中でドブの様な海である。観光の街ではない。買い物の街である。ロレックス などを女にプレゼントしてご機嫌をとる。わんこは祖母にあずけてるので一応安心である。人種の坩堝でありホテルも異常なくらい高級である。貧富の差が激しく屋台なども出ているが胃腸の弱い私は屋台では食べない。買い物は楽しい。観光地はつまらない。海外でしかみれないものもお店には沢山ある。観光の楽しみは買い物である。全くコミニケーションがとれず馬鹿にされてイライラしながら帰ってくる数週間。空港で学友と会う。海外に行くと不思議と知り合いに会う。空港でいきなりデカい声で名前を言われる。態度のデカい人は声もデカい。三多摩の与党の後援会を仕切る大物の息子である。三多摩ではかなり顔が広く地位名誉権力金があり、建設会社や材木屋など土木なんでもやっていて地主でもある。私は不登校などで殆どの人は知らないが相手は何故かしっていた。親の出迎えに来たらしい。少し会話して別れる。これだけでもかなり都心にいると稀な事である。隣近所と付き合いがないので隣にだれが住んでいるのかわからないし会わないからである。この頃急激に未来が見えなくなる。クイズやテレビの予知が出来なくなる。当然学校のテストも予想できなくなる。勘が異常に鈍くなる。大学という所はテストだけというわけでなく論文や色々なものをださないといけない。テストも範囲らしき物はなくてざっくりしている。何より同じ文章で回してテストの答えを出しても単位がもらえる人ともらえない人がいてわけがわからないシステムであった。教授の好き嫌いで単位が出る出ないがきまる。寄附金の問題?親の問題がある。白けた私はテストすら出なくなる。所謂やる気を失う。実験で同じ論文をテストで数十人でだすが単位をもらえたのは一人でかなり力のあるゼミをとっている生徒のみであった。それが実状である。心理学系にのめり込み調べに調べた。色々な心理学を学ぶ度に疑問が増えた。哲学にものめり込み矛盾を感じた。どうやら私は少し賢くなってしまったのかもしれなかった。勉強が好きになっていた。世俗の垢がたまってしまったのかもしれない。それだけ苦労もしてきた。
乗り切るにはずる賢くなければならなかった。道を間違えたのか?。焦りを感じた私は祖母を連れて北海道の祖母や祖父のルーツを旅する事にする。祖母が生まれ育ったの北見らしい先祖供養ではないが祖母も死ぬ前に行きたいと言うので北海道一周する事にする。北海道まではすぐである。北海道に入ってからはとんでもない広さであった。祖母は地図も見ずにあっちこっちと指を刺す。その通りに走るとまるで昨日まで住んでいたかのように道案内をしてくれた。身内は大体いないみたいであるが墓はある。墓めぐりである。あちらこちらに墓があり山道を巡る。右左と言うと墓が出てくる。おまえりをする。祖母は何やら呪文をとなえる。私は墓に興味は無い。しかし年寄りは墓参りがすきである。海外国内色々と連れて行ったが一番生き生きと楽しそうに昔話を車で話しながら旅をする。日がくれると宿を探して泊まる。開発されていないのか?それとも勘なのか?百発百中で墓に出る。祖母祖父の先祖や身内の墓めぐりである。ふとだれが管理しているのか?疑問に思う。それでももの凄い古い墓は存在していた。しかし北海道は広かった。
隅々まで車で走り切るのに一月以上かかった。その間祖母の介護をしながら食べ物を山ほど車に積み食べさせながら移動。三度どころか五度六度の食事宿での介護マッサージ至れり尽くせり。しかし珍しく喧嘩にはならず終始ご機嫌であった。私の短い人生の中でであった人で他人の運を吸い取る人が二人いた。その人は凄くい良い人でみんなから好かれているのだが一緒にいると運気が無くなるのである。怪我病気事故受験失敗単位落とす女にふられる命まではとられないが細かい嫌な事が頻繁におきるのである。私は学生時代その二人と仲がよく一緒にいたが人気者で皆んなに好かれるキャラで中心に必ずいるタイプである。観察していたが本人は何も意識していない。がまわりが不幸になっていくのである。私は何故か一緒に居ても被害は無かった。強力に何かに守られているかのように。祖母も言っていた私の心が読めない。つまりはコントロールできないと。恐ろしい恐ろしいとよく嫌っていた。つまりは祖母がコントロールできないほど強力な方?に守られているみたいである。そろが誰かは私にはわからないが。祖母といても怖くない。喧嘩しようが恨まれようが大丈夫である。何故か自信がある。私の方が力があると。
芸能人などは良い例などでは皆んなが応援すればする程芸能人は人気がでる。願えば願うほど。飽きられれば消えていく。運気を集める能力がある人がいるのかもしれない。その分集められた人の運気は下がる。人気。人気とはそう言う物なのかもしれない。人の気は左右できるのかもしれない。それを祖母は意図的にできるのかもしれない。祖母の誕生日に豪華な花を手渡したらその場で叩きつけ踏みつけるような祖母である。かなり扱いにはふつうは手こずるだろう。しかし北海道の旅はたいそう喜んだ。自分のルーツと言うのは大切なのかもしれない。満面の笑みで旅は終えた。その後何故か暫く高熱をだした。私は熱には強く四十度あっても動けるし病院嫌いなので兎に角ねて汗を出して自力で治すのだが何故か身体中が痛く頭痛が酷く仕方なく栄養剤?点滴を打ちに病院に行く程ふらふらであった。一週間は寝込んだ。小さな時も体調が悪いと厚着して寝て治す。骨折しても病院に行かずに治していた。治ったかな?と単車に乗ったら突然車にはねられて数十メートル飛び落ちた所に単車が落ちてきて背骨を直撃した。普通なら死んでるパターンである。背中に載った単車を腕立てで持ち上げて呼吸を確保する。そのまま単車を跳ね除けおきる。引いた車の運転手がびっくりする程。覆面パトカーらしく警察病院に連れて行かれた。事故自体ない事にされた。勿論だれが引いたのかわからない。かなり偉い人らしく警視、警視正クラスらしく。詫びもなかった。単車は全損である。スネの細い方がヒビが入り手術しないと駄目だと言われていきなり膝下を横に斬られ膝の靭帯を真っ二つに。失敗してびっこになる。その次の日その医者は辞めたか移動でいなくなる。ひびなどほっとけば治るのに治療費欲しさに。昔はそんな感じである。知り合いなど峠族なのだが拳より大きな石を次々投げつけられ大怪我したが事故として処理された。北海道に行ってから急に運気が落ちた。いやまてよ?ここ数年で身内はほぼ居なくなり最悪の数年を過ごした?。嫌な事は続くみたいである。まあ他人に迷惑をかけていないのでよいのであるが。少し疲れたのかもしれない。勘が鈍くなったのかもしれない。
祖母は元気そのものである。
最近血の繋がらない長男の嫁や次男三男の嫁が何か企んでいるみたいで祖母によく会っているみたいである。しかも自分の親族を交えて祖母にあっているらしい。このまま祖母が死ぬとややこしくなるのはたしかである。叔母三人は排除される可能性が高い。孫で分ける事になる。億単位の遺産である。貯金もいくらあるかしらないがかなりあるみたいであるし年金もかなり貰っているみたいである。一番面倒を見ているのは私だが一番嫌われているのも私である。かといって面倒を見ないわけにもいかず。どうやら死んだ長男の嫁が資産管理すると言う事になったみたいであるが当然私には何も知らされていない。秘密裏に弁護士が動いたみたいである。長男の嫁の親が祖母に土下座したとかしないとか?後で聞くことになる。
急に腹痛がする。痛み止めをのみまくり散らすがある日気を失う。救急車で運ばれて腸をごっそり切られる。が失敗してそこから便が身体中に周り死にそうになる。しかし医者は認めず二度目の手術をすると言う。人工弁を付けると言い出す。拒否する。私は便秘なので腸を切ったのも誤診であった。大学卒業したばかりの新卒に実験台にされる。しかしカルテ操作され証拠を消される。月が変わった瞬間に退院を勧められる。一日でも一月分の治療費をとられる。家に帰るが高熱と吐き気が止まらずまた救急車で運ばれる。緊急手術と言うが署名せず。死ぬと言われたが無視する。わんこは彼女に任せている。もう役目もない。お釈迦様も最後は治療しなかったと言うし。祖母の面倒にも疲れた。すると絶食と点滴に変わる。すると治る。がっかりである。結局誤診である。病気なんて寝てれば治るのである。医者は癌になると抗がん剤は決して使わないそうである。
私は医者嫌いである。しかし祖母が来なかった。来ないと言う事は死なないと言う事である。体重は三十キロ代まで落ちる。身体にメスを入れると免疫力が下がる。腹に四十センチの切り口を入れられて腸を取られたダメージは大きかった。膝靭帯もびっこに。医者は商売である。信じてはいけない。延命という名の商売である。自分の生命力を信じた方が良い。何やら次は私のようである。死ぬのは良いがわんこを遺していくのだけはまずいと考えた。彼女にも迷惑がかかる。そこで大学卒業が決まる。学生企業に属していたので就活をしていない。するとバックにいたスーパーとその息子が普通に撤退して学生企業が崩壊した。属していた学生は皆んな慌てた。もう就職はできない。それなりに皆んな金持ちの子供達。親のコネで一部上場に滑り込むか留学した。私は体を壊して職も失い金も失う。
人間辛い事があっても耐えられるが金がないと耐えられない。それは人相や精神にくる。
金がない人はそれはひどい人相になる。それまで六本木麻布を城に派手に金を使っていたのが無一文になる。学歴などなんの意味も無い。まず女が逃げた。金の切れ目が縁の切れ目である。どん底が見えそうになる。がまだ下がありそうであった。苦しい時泣くのは三流歯を食いしばるのは二流上を向いて笑う、天高く笑うのが一流である。わんこを遺していくわけにはいかない。祖母にはまだ叔母や孫ひ孫三軒の家に貯金や年金がある。私が居なくても大丈夫である。身の振り方はどうとでもなる。わんこには私しかいない。重なる。祖母がデイケア中に意識が無くなったと。慌てて病院に行くとピンピンしている。また嘘?か?と医者にきくと不整脈があると。それは昔からで母も私も不整脈である。注目を浴びたい時倒れたふりをするのは祖母が自分でやると自慢していた。酒を呑んだりして脈を乱す技であると。本当は耳も遠く無いしボケてもいないし体調は絶好調と私には言っていた。常に和の中心にいたいのである。しかし年寄りだけに入院となり私はしっちゃかめっちゃかになる。病院には毎日行かなくてはいけないわんこも、更に金も工面しないといけない。仕事は無い。八方塞がりになる。まだまだ下がありそうであった。私自身まだ病人であり三十キロ位しか無かった。因みに身長は百八十である。実家は私のものだが祖母がいる為売りに出せない。身動きかとれなくなる。こんな時頼りになるのは金である。どん底近くまで落ちるとわかる。金の有り難みに。健康でも金が無ければ死人より下である。保証人すら居ない。この国は保証人がいないと部屋も借りれないのである。今の家は彼女が借りた家である。引越しができない。実家に戻るにも五DKの部屋は全て物置の様にドアの天井まで物が山積みである。祖母と母の趣味は買い物で買って積む買って積むを繰り返して祖母一人寝るスペース以外無かった。所有権は祖母にあるのである。どうにも出来なかった。いっそ家事になり灰になってくれと願うほど困った。火災保険はかけてある。しかしそううまくは運ばないのである。因みに何故私に貯金がないか?女が管理していて貯金から家財まで持って消えたのである。私の服から靴まで家に帰るとわんこだけが居た。しかしそれまで私の様な男尊女卑に尽くしてくれたのである。感謝こそあるが文句など何も無い。猛烈に一人旅に行きたくなる。それも伏見稲荷に。何故か?はわからない。しかし現実はむりである。まずは仕事である。当時教育関係の訪問販売がまだ許されていた。東京はある企業が独占していて入り込めなかった。東京で訪問販売は難しい。まずはフロントで全滅するのである。当時まだ私は他人の心を読む事が出来た。しかしオートロックにカメラ付きインターホンが普通の東京では挨拶さえできない。地方とはちがいのである。そこにある大企業だが東京に進出してきたが苦戦していたのを聞いた。話が上手でもフロントにはいれないのである。支店長に会う。全国で名を売ったやりてである。しかし失敗していた。サラリーマンとして働くのは馬鹿らしい。フルコミでやりたい様にやらせてくれと交渉する。フルコミだと大体大丈夫である。やってみれば?と上から目線である。当時は個人情報など無かった。一応名簿はあるが古い。今では許されないが中学生にこえをかけて名簿を持ってきてもらう。そしてどのこが学校を仕切っているのか?不良、イケメン、美人、スポーツマン特に不良である。公園に不良君達を呼び出す。何十人か。学歴社会である。不良でも夢はある。何十人相手に夢を叶える為にはどうしたらよいのか?説明する。暴走族や愚連隊になりプロになっても所詮は金儲けができないと出世できない。講演会をする。不良は素直である。やる気が直ぐにおきる。まずは夢を叶える為に専門でもなんでも良い指針をたてさせる。その為に今のままでは駄目な事を得心させる。私自身馬鹿である。勉強に意味が無い事は説明する。しかし学歴は必要だと。テストさえ出来れば良いと。その為の教材をあると言う。と当然欲しいと言う。なら家に帰り親を説得してこいと言う。その頃には私は携帯の営業マンも歩合でしていて携帯を持っていた。金額もハッキリ言う。量も凄い事も。嘘は一つもつかない。訪販は嘘をつくから後からクーリングオフが来る。
初めから全部本当の事を話せばよいのである。不良君の家では不良君は厄介者である。その子が突然勉強がしたい金をだしてくれ夢があるんだ。と言われて断れる親はいない。次々と電話が携帯にかかってくる。お金がない家も当然ある。しかしローンがある。その点も子供に話しておく。あとは簡単である。フロント関係なく入れて契約書に印鑑をもらうだけである。何十人を一気に成約する。当時百万弱一日で一千万軽く超える。そしたら次に学校に噂を不良軍団にひろめてもらう。リーダー的な人間やスポーツマンやイケメン美人に。また講演会をする。やる気が出る。家で親を説得、呼ばれて成約。一つの学校の半分以上を成約する。異常である。しかもSNSも無い時代である。私は一月でとんでもない成約をとる。しかも歩合である。しかし税金の関係でかなりの金額はとられてしまう。だが一件一件まわる非効率に比べたら講演会をひらいてやるのである。時間は短く大金を稼げる。一つの中学を落とせばあとはドミノ式である。地域性はかなりある。皆んなが持っているのに自分だけ持っていない。ゲームとおなじである。とりあえずは買う。やるかやらないか?は本人次第である。しかし多分これは違法である。私は歩合のアルバイトだからできた技である。
あとは子供に好かれるキャラである事まだ二十歳位に見える事など色々な事が時代とタイミングが合う。一番大事なのは嘘をつかない事。クーリングオフもきちんと説明しておいてあるので嫌ならクーリングオフすればよい。しかし親は子供に一生恨まれるだろう。その地方の教材会社は一躍飛躍する。東京進出に成功したのである。その頃は現金支給だったので銀行に行く暇無く動いていた私は常にバックに何千万か入っていた。使う暇がないのである。金が入れば女も寄ってくる。元々女好きである。直ぐに女と同棲を始める。命より大切なわんことの時間は必ずつくった。祖母はすぐに元気になり世界中日本中叔母や友達と旅をしていた。その金は勿論私もちである。その教育関係の会社は毎週全国ランキングが出ていて拝金主義の権化のような会社で毎月大会を開き賞金をかけていた。全国大会も一年に一度あり優勝者には地位名誉金がついてきた。そして年に何回も海外に無料招待して散財させてまた稼がせるやり口であった。一般的にフロントからはいりアンケートをとり壁とりから段取りを踏む方法も一応はなんでも実践した。ようはフロントが突破できるかどうか?である。東京ではそこが無理であるが私は突破した。やり方は色々あるのである。あとは現地に入る前にどれだけ情報を集めるか?である。それで決まる。私は女子供動物には好かれる。更に心が読める。玄関の雰囲気や靴や服や話し方仕草で一瞬で決まる。第一印象である。私は営業や接客や交渉事でほぼ話さない。一割は話をふり九割は聴く。話すのは苦手である。一番大切なのは自分を信用してもらえるか?どうか?である、おしゃべりは詐欺師である。その為にはコミニケーションを一瞬でとれるか?にかかる。所謂壁取りである。仲良くなれば仕事の話などしなくても決まる。接客もおなじである。アプローチだのニード比較などなどありクロージング。詐欺である。小さな頃から肉体労働から学生企業までありとあらゆる仕事をしてきた。そこで学んだのは儲けた人と損した人がいる。それが拝金主義である。不思議に思ったのは中卒や勉強してこなかった人が成功した時に私は他人より勉強した努力した。本を読めば努力すればとたまにきく。本をよんで百人同じ努力しても成功はしない。商売は勉強とはちがうのである。運と才能とタイミングである。履き違えた経営者が他人の十倍働けばとか言う。同じ人件費で何十倍も働かせれば会社の利益は上がる。だから努力根性気合いと言う言葉が嫌いである。体育会系の会社にありがちである。確かに体育会系の人は成績を出す。しかし他人の何十倍も働けば多少は結果も出るだろう。拝金主義は精神が疲弊する。
歩合で全力で仕事するのな三年が限界である。だからそう言う会社は出入りが激しい。向いていない人なら半日ともたない。才能がない人は努力しても無駄である。あとは運とタイミング。私の知り合いの社長にエロ本でビルを三棟建てた人がいる。まさに運とタイミングである。才能はケチである。と言う事かなと。散財しないで投資に回したと言う事かと思う。
VHSDVDが出た時にはもうおそいのである。もう一度言う商売は運と才能とタイミングである。ホテルや旅館も賃貸も同じである。
父が寝たきりの頃や母が車椅子の時、わんこと旅したい時、日本は本当に不便である。マンションを借りるとしても大体は不可でもしくは大金を出せ完全にフルリフォームしてから返せなどなど地主の力が異常に強い。父と母と祖母でよく車椅子可というので予約するとフロントのみであとはバリアフリーでは無い。お風呂など普通の露天風呂でだっこしておんぶして湯船にどうしたらいれられるのか?わんこなど物扱いである。異常である。ゲージに何時間も入れていたら死んでしまう。その点では海外はすすんでいるみたいである。罰則も人間同様である国もある。旅にでたくなる。またポケットにパスポートと金をいれてハワイに行くと毎回来るたびに変わった、ハワイは完全に昔の面影は無く銀座の様になっていた。薄汚れた映画館やゲームセンターなどなくなりビルだらけに。ワイキキなど日本人しかいない。路面店など日本語が話せる人しか居なくなっていた。ロコを探すが土地が急騰したのかほぼワイキキ付近にはいない。西か北の方においやられてしまったのかもしれない。ホノルルマラソンのコースを走ると別荘が立ち並んでいた。そして渋滞。もはや天国ではなくなっていた。がっかりして直ぐに帰ってくる。もう海外に行く事はないのかもしれない。不便ではなくなってしまっていた。数十回海外に行き改めて日本の景色や治安や人間の素晴らしさをしった。それで十分である。学生企業の時も海外ツアーを組んで沢山の国に行ったが日本より良い国だと感じる事は無かった。ハワイから帰り直ぐにキャンピングカーを買う。わんこに負担をかけない様に。断熱材がきちっと入った暑さ寒さを感じないきちんとした。これで災害があろうがわんこは守れる。彼女とわんこと三人で伊豆をぐるっとまわる。意外とキャンピングカー禁止が多い。キャンプする所以外で停泊できないのに驚く。キャンピングカーは売るがキャンプ場でしか停泊できないのでは意味が無い。何処にでも停泊できるから楽しいのではないだろうか?。キャンピング場のみならキャンピングカーは必要ないのではないだろうか?。呼ばれる事が無くなった。何故だろう?。行きたいと思う所は沢山ある。がなんとなく行きたくないのである。夢に茜社が出てきた。しかし腰が重く動かない。前ならその日起きたら単車で向かっていた。半日コースである。やはり身体にメスを入れたせいだろうか?身体にメスを入れると絶不調になる。膝に二回腹に一回確実に免疫力も無くなり体力も無くなった。そんな時キャンピングカーで三人で京都の観光に行く。外人コースを選び小さなバスで外人がまわるコースをまわった。その間わんこは心配なのでホテルに預ける。泣きそうなわんこ、狆は吠えない。目でものをいうのである。直ぐに帰ってくるよと。外人コースはハリウッド映画の日本みたいなわけのわからない時代みたいなモノをみる。それはそれで楽しい。外人からみた日本人が少しわかる。少し北に行くと飲み屋街?があり黒塗りの車がずらーっと並んでいる。京都は街と昔が混ざっていて不思議な空間である。有名な湯豆腐を食べる。産まれて初めて湯豆腐が美味しいと思った。
観光地もなかなか面白いと感じる。外国人気分でみると新鮮である。日本中旅したが京都のご飯が私には一番相性が良かった。そんな楽しみ方もあるのだと気づく。よく金持ちがラーメン食べに飛行機で博多とかいうがそれも楽しいのかもしれない。新しい旅の楽しみ方をみつける。ひりひりした単車の生と死の間を感じる旅も良いが旅には色々あるみたいである。身体を壊してわかる事もある。
昔から敦盛の歌が好きで暗記していた。どうやら私は生き急いでいたみたいである。のんびりいきるか?
と考えながら京都で過ごした。商売の才能は無い。時代は携帯電話にパソコンが大学時代に出てきて大きく変わろうとしている時である。ここで一歩間違えるとまた大変である。助けてくれる人は居ない。昔からだが。兎に角金である。いざと言う時金が無いと何もできない。
また教材の訪販に復帰する。
今度はキャンピングカーがある。現地に入り泊まり込みでできる。通勤時間のロスが無い。手当たり次第名簿を学生に持ってこさせて暫くは学生達とコミニケーションをとる。そのうちお母さん方も集まる様になる。名刺には一応大手教育会社が印刷されている為に名刺もパンフも配った。原始的だがチラシというのが一番効果があった。私から商売の話はしない。悩み相談所である。いじめ、非行、勉強の悩み、進路、お母さん達は常に悩んでいる。誰かに話したいのである。常に常駐しているので暇つぶしに皆んな集まる様になる。アンケートをとる。特に意味は無い。学校の情報を集めるのとコミニケーションツールである。先生の名前とかスポーツは何が強いとかである。勿論無記名である。そんな中から話題をふりコミニケーションを深めていく。いい噂も悪い噂も一瞬で広がる。相手が勉強や進学の話をするのをじっと待つ。そうしたらミニテストを家でしてきてもらう。現実を嘘偽りなく話すだけである。あとは子供がやりたいかやりたくないか?やりたくない人は来ない。きた人は大体教材の書類にサインする。あとはネズミ講のように噂で広まる。それで半数は買う。それを繰り返すだけである。一月働き一月休む。私は働くのも嫌いである。短時間で効率よく高額を稼ぐ。同時に携帯の販売やら沢山の商材を持っていたのでこちらが駄目ならあちらという感じで壁取りさえして信用を勝ち取れば何でも売れる。税金を考えてこれ以上売っても税金に取られるギリギリまで売った。それでも半分以上は税金で取られた。他人と同じ事をしていたら金は入ってこない。
メリハリである。
生と死にちかいのかも?
だらだら三十%のちからで働くのではなく三百%自己流で全力で働き三百%全力で遊ぶ。
企業に入って死んだ目をして一からつまらない部署に配属され五%も働かないみんなと同じく日曜休んで月曜出勤ゴールデンウィークに混雑した所で疲れ六月に鬱になり薬をのみながら無理してみんなと働き夏休み混雑した中疲れに出かけてぐったりしたまま出勤エトセトラエトセトラ。自分の人生にも会社にも不利益でしかない。結婚して子供ができて家を買いローン三十五年なにもかも我慢して生きる。なんの為に生きているのか?。定年してやる事も金も無く何十年も何を目的に生きる?。年金数万円で生活できない。警備員やコンビニで第二の人生。そんなに長生きしたいのか?農家の出であっても武士に憧れてだんだら模様の水色の羽織りを着て散った方が気持ち良くはないだろうか?。少なくても私は背中に傷を負う事なく土方歳三なように生きたい。最後の最後まで全力で闘いながら。人生負け戦の方が楽しいらしい。より目立ち活躍できる。真田幸村の様に六文銭を持って赤い甲冑を身につけて戦国一の兵と呼ばれたい。楽しそうではないですか?。
そんな時私の携帯が鳴る。
祖母からである。会いに来いと言う。何かあったのかと行くとぴんぴんしている。しかし会った瞬間号泣する。何がなんだか解らず。どうした?と聴くがただただ号泣していま。具合悪いのか?色々聴くが何も答えない。数時間泣き続けた。百二歳である。ボケた?のか?とりあえず医者に連れて行くが健康そのものだと言われる。なんだか解らないがデイケアに連絡してきてもらう。まだ号泣している。とりあえず介護施設に預かってもらう。帰ろうとすると私の手を握りまだ号泣している。とりあえずまたすぐ来るからと私は帰る。次の日また携帯に電話が入る。祖母が亡くなったというのである。一瞬意味がわからなかった。こないだ目が霞むから緑内障だか白内障だかの手術をうけると息巻いていた。いきる気満々であった。昨日医者で健康そのものだと言われた。
原因はと聞きと朝起きたら亡くなってましたと。理由はわからないと。慌てて病院に向かう。病院につく前に叔母達に連絡した。病院につくともう叔母達はいた。医者に原因を聴くがわからないと。老衰ではないかと。昨日医者で元気そのものと言われたと言うがわからないと。頭が真っ白になる。それからの記憶はまばらである。ゆういつの身内が死んだ。それからの事は長男の嫁が仕切った。もう段取りは全てついていたようでたんたんと進んだ。お金の管理も全て長男の嫁がしていた。たんたんと葬式を済まし火葬納骨とあっと言う間に終わる。
私は蚊帳の外であった。何がなんだかわからなかった。
納骨が終わり母方の血の繋がらない嫁達や孫ひ孫などで食事をしていると突然長男の嫁が私に弁護士と会いなさいと命令した。何の事で弁護士と私があうのか?わからなかった。何で?と聞くと相続を全て任せているからと言われた。そんな権力叔母にあるのか?と疑問に思ったが一応頷き次の日に会った。
かなり大きな弁護士事務所で老舗と言う感じであった。入ると受付のおばさんがこちらにと応接室らしき所に。そこに老獪な太々しい太ったおじいさんがゆっくりと書類を持って座った。名刺を切られる。老舗である。公正証書解る?と馬鹿にした口ぶりである。要約すると三軒の家は叔母達にあげる。預貯金はゼロ。わたしの母が祖母に借金が遺留分以上あった。と言う事を難しく話した。そしてこの公正証書は祖母自らが望み弁護士に公正証書をつくらせたので叔母達は関係ないとの事。何か異論があるなら私に言え、叔母達には二度と会わない連絡しない事などなど脅しを入れられた。私も母の遺産兄の遺産でかなり調べたので相続については詳しかった。まず叔母三人が住んでいる家をリフォームしたしかも叔母の弟に依頼一軒一千万以上は出ている。これは生前贈与にならないのか?と聞くとそんな証拠は無いと言う。貯金がゼロと言うのは叔母が管理して引き出してゼロなのでは?証拠が無いと言う。母が借金した証拠は?ときくと祖母が言ったと言う。この公正証書をつくった時に一人で来たのか?と聞くと言う必要は無いという。しかし本人が全てきちんと話したと言う。弁護士と言うのは役者である。詐欺師と変わらない。弁がたつのである。あー言えばこー言うのである。終わろうとする。私が祖母名義の通帳をみると明らかに何年か前にごっそり抜かれているだろう途中までしかない。あとは年金が入金と同時に抜かれている。通帳がこれだけか?と聞く。そうだと言う。身内は遡り通帳をみる事ができる。ごっそりぬかれている通帳がこれかどうかわからない。すると弁護士はハッタリを私に言った。母は叔母にも借金がかなりあるみたいだと。余計な一言であった。
母はもう居ないその母を侮辱したのである。その証拠は?と聞くと叔母が言っていると。
私は正直祖母の財産など一円もいらない。しかし母を侮辱した事には許せなかった。席を立つ。私は弁護士を立てていないのであなたの言うことは聞けないと帰る。
直ぐに長男の嫁に会いに行く。家に嫁がいた。財産だの法律だの弁護士だの私には興味が無い。しかし母を侮辱した事について詫びを入れろと。死人に口無しでは済まさないと。叔母は祖母が言った事だから知らないと。シラを切った。
つい切れてしまった。あんた詫びを入れないと言うなら俺に一生会わないようにいきていくんだな?と。俺は一生恨んで生きていくびくびくしながら一生生きていきなと。親戚一同に伝えておけと。最後に通帳は身内なら遡り請求出来ることを伝えた。そんなめんどくさいこと私がするわけはないのではあるが。引出したのが誰か何てわからないのである。所謂ハッタリである。そして母方とも縁を切った。
スッキリした。これで天涯孤独である。自由である。叔母や親族は東京にいる限りびくびくしながら生きていかねばならない。しかしあの弁護士はやりてであった。あれだけの筋書きをかいたのはあのおじいさんである。凄いなと感心した。祖母は法的知識どころか常識もない人である。叔母達はみんな学の無い人達である。孫やひ孫も使えない。身内で敵にすると厄介なのは私と兄だけである。その私が一生恨む宣言をした。私は祖母さえ恐る得体の知れない人間である。狙われる恐怖と言うのはかなりのストレスである。
スッキリである。
しかし一体祖母は幾らもっていたのか?最後まで謎であった。三軒の不動産価値は公正証書に億と書いてあったが。まあ関係ない話である。他人の財布に幾ら入っていようが関係ないのである。それよりもう誰にも振り回されないで済む自由を得た事が嬉しかった。私の歯車にはわんこと彼女だけである。シンプルイズベストである。家族が居て良かったと言える事が深く遡ると一つだけあった。小学生くらいの時お風呂に一人で入っていると天井から湯船にボトンとふとい長い黒い三十センチ位の百足で湯船に。ぎゃー!。
私は虫恐怖症である。しかも相手は巨大な百足、悲鳴をききつけ父が風呂に入ってくる勿論無言である。親父百足百足と言うと無言で百足を握り引きちぎった。グローブの様な厚く固いデカい素手でひきちぎった親父を頼もしく思い尊敬した。父方は農家で父は小さな時から農家をしていた。だから虫など怖くないのである。たまに部屋にも巨大な百足が出るとグローブの様なデカい厚く固い素手でバンッと煎餅の様に潰した。私は因みにカブトムシすら触れない。虫で触れる生き物は居ない。農家、親父恐るべき強さである。それくらいである。これでひとまず電話に怯える暮らしは無くなる。家族にシニアがいたり病人がいたりすると電話がなる度に心臓が痛くなる。寝てる時など飛び起きてしまうほどピリピリしていた。父が寝たきりになってから祖母が亡くなるまでまともに寝ていないのではないか?旅にでていても常に心配はしていて気の休まる暇は無かった。うちには私が産まれた時からわんこ達がいたのでわんこ達の心配も絶えなかった。家を出てから実家から夜中に電話がなりわんこが調子悪いとか怪我したとか最悪なのは泣き叫びながらわんこが死んだ連絡がある事が多々あり母もわんこが大好きな人だったので亡くなると気がふれたように泣き叫び電話してきて切るので慌てて実家に戻る生活だった。それだけでなく電球の球が切れたとか高い所の物が取れない庭の草刈りをしてくれ何かが無い壊れたと細かい電話もありそのたびに慌てて帰る。父の介護も重なり私の時間は精神的には休まる暇は無かった。実家、介護施設、市役所、洗濯から掃除まで仕事して夜中に介護施設に行き洗濯物を取り替えて実家により自宅に帰るのがルーティン化していた。旅に出た時はルーティンからは外れるが精神的には常にピリピリして実家に連絡していた。それから解放されたのである。まだやる事は山程あるのだが暫くは何も考えたく無かったというかお役目が終わった感じで一人になりたくなる。旅にいく元気は無い。わんこ命ではあるがそのわんこを彼女に預けて暫く新宿歌舞伎町のカプセルホテルにこもった。何も考える力が無くなった。都会と言うのは田舎みたいに干渉されないので隣に誰が居るかとか死んだとか誰も気にしない。私にはとても心地よい。無法地帯である歌舞伎町がまた心地よかった。ホームレスの方達も道に沢山居る時代で道の真ん中でうんちをしているが皆んな気にせず歩行者天国の様な人混みの中皆んな時間に追われて動いていて他人を気にする人などいない。血だらけの人が倒れていても誰も気にしない。素敵な街であった。
いい意味で普通と言う言葉があり。価値観も統一されていた。貧乏人は貧乏人らしく金持ちは金持ちらしく公平ではなく。怖い人は怖い服を着て怖い車に乗り見た目でわかった。中流の人は中流の服と車。普通の人は見た目で普通と確認できる。異常者は見た目でわかる。
自由がかなりあったが時代の境目ではあった。まだハラスメントなどない時代。なにもかもがまだわかりやすい時であった。歌舞伎町と言うのは昔からなんだかわからないがいごごちが良い。まるで時代が止まったような?なにかを閉じ込めて外に出さないような空気感。澄みきった和歌山三重の山の様な雰囲気とは真逆な淀んだ空気。環八雲が降らせる排気ガスの雨の様な人工の物ではない。異様な雰囲気が私は凄く落ち着く。わかる人にはわかってもらえるのではないか?。私は熊の様に冬眠していた。やる事が山積みである。
空き家と遺品を処分しなくてはいけない。墓など建ててしまったので墓じまいしないといけない。一軒家に天井まで詰まった荷物を処理する事を考えるだけで滅入る。仏壇は処理する?私は独身借家住まいである。業者を手配するにしても悪徳業者ばかり。知り合いにゴミ屋の社長が居るがやり口としては安く見積もりを出して後で積み込みはじめたら金目の物はリサイクル屋に売り後で値段を上げるそうである。大体ニトントラック一杯で安くて五万、ふっかけるパターンならタンスや大型家具など一つ幾らとかとる場合もあるらしい。当然私も参加しないといけないというより私が指示をださないと始まらない。頼むから誰かに全部してもらえれば。私はそのゴミ屋の社長の所で学生の時バイトしていて、それは軽自動車で無料でテレビ冷蔵庫洗濯機など不要な物がありましたら無料で引き取りますとよく廻っているゴミ屋である。あれは詐欺で無料といいながら家に入りごねて何万ととる。ピアノの解体とかは美味しい、解体するのを目の前で途中までしてからごねるのである。払うしかない。竿竹屋や羽毛布団の訪販と同じやり口である。社長は元プロなのか?まだプロなのか和彫ががっつり全身に入っているおじさんである。ゴミ系産廃探偵事件屋金が成る所には必ずプロがいるのである。彼等と会話できる力は一%も無い。病後でまだ体重も百八十以上あるのに四十キロあるかないかである。右膝の靭帯は二度の手術の失敗でびっこである。何よりここ何年間かに人生で起きる家族の不幸処理を全て一人でこなした。やり切ったおかげで真っ白な灰のような精神状態である。なにもやる気がおきないのである。不動産屋がまた面倒くさい知り合いにやはり社長がいるが千三つの世界だと笑う。千の情報をお客様に言うが本当の事は三つしかない世界だと。かかわるのはしんどすぎる。墓じまいしたら骨をどうするのか?。私は馬鹿なまだガキである。調べる事すら苦痛である。頭を抱えてカプセルホテルの中で知恵熱を出すくらい体調が悪かった。よくいくサウナでたまに老人が冷たくなって発見されていた。それはそれで楽になれていいなとか考えつつ。まだわんこが居る。私が先に行くわけには行かないと自らをを鼓舞していた。
カプセルの中で放心しているとたまに心臓がバクバクする。心臓が動いているのがわかるのである。不整脈なので速くなったり遅くなったり。耳の中が鼓動でうるさい。心臓の音と振動を感じながら不思議に感じる。
馬鹿なのでどんな仕組みで心臓が動いているのかはわからないが寝てる時も起きてる時も生きてる限りは動いている。心臓が収縮している。止まると死ぬわけである。皆んなは疑問に思わないのか?どうやら心臓は別の生き物のように動き続ける。動いているのは意思があるわけでは無さそうである。単車や車のエンジンの様に死ねまで動く。動くのが当然と思っているだろうがエンジンなど直ぐに壊れる。メンテナンスしてないと直ぐに調子が悪くなり止まる。百年動き続けるエンジンという訳である。それも筋肉で動いているみたいである。凄く不思議で奇跡のエンジンである。心臓が動いているのを感じながら不思議だなと思い。これが止まると死ぬのも不思議だなと考えていた。沢山の死を見てきた。父が心筋梗塞をおこした時も。動いているのが当然だとは思えなかった。とたまに不整脈でばくばく言う心臓の痙攣を感じながら今突然止まってもおかしくはないんだ?とふと思った。
あれ程身体中から溢れ出ていた力が無い。それどころかまともに身体も心も動かない。死人のようである。これでは旅どころかコンビニすら行けない。私には三大欲求すらほぼ無い。身体や心を動かしてす原動力は多分ストレスである。ネグレクトであり無満があったのかもしれない。行きづらい世の中にも。その根本は家族が最大の負担であり負荷であったのかもしれない。家族が最大のストレス。これが今まで私を動かしていた。家族がわんこしかいなくなりほぼストレスが無くなる。自由になったのである。すると不思議に無気力になった。歌舞伎町のホームレスの生きる原動力はなんなのだろう。案外楽しそうに過ごしている。一度ホームレスをしたら楽で抜けられないと聴く。人の目を気にしないと楽なのかもしれない。縄張りなどがありホームレスにはホームレスのルールが沢山あるらしいが。田舎暮らしに似ているかもしれない。自給自足が楽しいが村全体と調和しないと村八分にされてしまう。ホームレスも大変そうである。田舎暮らしは不自由の極みに感じる。人間関係が鬱陶しい。その点歌舞伎町は良い。人間関係が無い。
しかし体調が悪い。四十度の熱があっても私はかなり動けるし骨が折れて腫れても医者には行かないで治してきた。痛みには強く身体も丈夫な気がする。精神的にもかなり強い気がする。しかし家族を全て失ってから何故か体調が悪い。気力の問題なのか?。体から気が出ない。病は気からとか聞く。飽きたをとおりこしめんどくさい。
起きるのもトイレにすらめんどくさくて行きたくない。老人や身体障害者の人の生きているモチベーションはなんなのだろう?。凄いなと思う。生きているだけでかなり辛いと思うのだが。ぱっと散る花のような人生が楽しそうである。散り際が一番楽しそうである。今新撰組があるなら入りたい人達は沢山いる気がする。皆んな暇ではないのか?。カプセルホテルにいると寝返りをうたないせいか背中やお尻が痛い。何か血がが出ているみたいである。ボケるとは究極に楽そうである。人間最後はやはり死にたくないと思うのかもしれないがボケてしまえば何もかもから解放される。ボケるのは自然な事なのかもしれない。祖母は百ニ年もよく耐えたなと。速くボケた方が楽なはずなのに。母は死の恐怖を医者に言われた余命一ヶ月と、それからニ年は辛かっただろう。しかし弱みを誰にもみせたくないで身内にしか余命を言わず同じ病室の人達にさえ言わずに意識が無くなるまで弱音すら吐かなかった。その母が死ぬ一ヶ月位前にやはり大号泣を突然した、祖母と同じように。理由はわからない。その母が私が暴れていた頃よく言っていた私は頭がおかしいのだから刃物を持たないようにと。今カプセルホテルの中でなんとなく思い出した。確かに今刃物を持っていたら危ないなと周りに迷惑かけてしまうなと。母は予感していたのかもしれないなと。外にに行ける元気があったら迷わず薬を買ってしまいそうである。ふに落ちた。気力が出ないのは私が自分で自分に負荷をかけて暴走しないように理性が働いているのだと。今は動かない方が良いのだと。暴発してしまわないように。ぎりぎりの所で脳と心が闘っているようである。今手元に核兵器のボタンがあれば迷わずに押すだろう。理解できると少し落ち着いた。すると耳の中でキーンと音が鳴り何かが変わったような気がする。まだ私には最後のわんこを見取らないといけないと。それまではと思うと少しづつ身体が動くようになる。もう少しだけ心が頑張ってくれる事を祈った。そんなギリギリの人達が歌舞伎町には沢山いるのかもしれない。だから落ち着くのかもしれない。私の価値観は金ではなく力である。世の中は間違いなく金である。うちの父は金に全く興味のない農家出身で暇さえあれば土いじりをしていた人で何を買い与えても何処に連れて行っても興味を持たず元気な時は庭で土いじりを一人でしている人であった。早くに寝たきりになり窒息死をした、何の為に産まれてきて何が楽しみで生きているのかわからない人であった。ただ一つだけ手に入れたのは家庭だけである。私は今何も手にしていない。力こそ全てという価値観さえ歳と共になくなりプロの方や格闘家も金集めが出来ないといけない、そこに変わる事は私には才能が無い。かと言って土いじりや田舎にこもる才能も無い。立ち止まってしまった。天涯孤独で友達も居ない。大学時代にパソコンが普及した時もあえて自分から排除した。祖母は馬鹿になれと。母は学歴をと。一応二人の言う通りにした。学歴のある馬鹿である。世の中で使い道は無いだろう。なにもかも中途半端である。施設育ちの知り合いも居るが皆んな仲間がいたりハングリーだったり案外普通より幸せそうである。欲がある事は大切な事なのかもしれない。家庭を持ち子供をつくり仲間がいる。私にはその才能は無い。カプセルホテルは居心地が良い。私にはこの空間があれば良い。例え世界一お金を持っていても必要な空間はこの程度で良い。起きて半畳寝て一畳もいらない。少し思考が回り出した。するとまた少しづつ身体が動くようになる。ここに居るにも金はかかるのである。心が少しがんばり始めたのかもしれない。頼る人は居ないのである。肉屋でバイトしていた事がある。そこの肉屋のおじさんは何十年も肉を切っていて牛を丸ごと解体とかする人であった。自分の包丁を沢山持っていて常に研いでいた。油で切れなくなるみたいである。刃物と言うのは不思議な道具で刃物を扱う人独特の雰囲気がある。侍みたいな者なのかもしれない。対面すると気持ち悪くなる圧力があり私は感度が良いので吐いてしまう程である。声の出し方も独特なのか怒鳴られて包丁の刃じゃ無い方でよく手を叩かれていた。体が硬直したのを思い出す。歌舞伎町にいるとたまにそんな雰囲気をもつ人とすれ違う。普通の人でもピリピリはしている。
気を張ってないと街に負けてしまうのかもしれない。六本木や銀座などとは何かが違うのである。金を稼ぐ街でもあるので歌舞伎町にいる人は皆んなハングリーなのかもしれないし独特な人達が集まっている。かなり精神力が強くないとのまれてしまう。私は今気力が無い状態でいるのでのまれてしまっても不思議では無い。しかし何故かのまれずに居る。まるで何かに守られているように自分の力以外の何かが体や心に纏っている感じである。ダンプに幼稚園時代はねられて電信柱位の高さまで吹き飛んだ時も無傷であった時の様に。単車で全開にしてるときあと一ミリアクセルを捻ると死ぬぎりぎりを楽しんでいた時のような感覚である。生きている感覚を取り戻しつつあった。修行みたいなものなのかもしれない。山伏の荒業を歌舞伎町では体験できる。なんとか起き上がる気力が出て歌舞伎町をふらふらとしていると知り合いのバッタ屋の社長と会う。あまり自分の事を語らない人だが元プロなのか企業舎弟なのか歌舞伎町の住民で薬関係も何でも扱うみたいである。地上げ屋とかとも仲良く抑えた物件を何軒も倉庫にしていてそこに謎の住民が沢山出入りしていて常に寝泊りしている人もいる。何をそこで彼等がしているのかわからないが人脈が広い人である。少し会話する。すると夜逃げとかして隠れる人達が居るビルがあるからそこで暫く過ごせばと言ってくれた。わんこが心配になっていたのでわんこも大丈夫かときくと個室だから大丈夫だと言う。
御願いしますと頭を下げる。
わんこと暫くこもるには良さそうである。まだ暫く何もしたくない。家に帰る。女とわんこがいた。わんこは喜んでくれる。大興奮である。安心した。
生きがいはもうこのわんこしかない。一心同体である。女には金を渡す。有り金全てを。受け取らないかと思ったが現金を渡すとすんなり受け取る。やはり金は力がある。家の解約など荷物など全て女に任せた。私はわんこの荷物だけを持ち家を出た。そしてバッタ屋の社長が持っている得体のしれないビルに向かった。そのビルの構造は不思議で一見普通の倉庫のようなつくりで廃屋のようになにやら荷物なのかゴミなのかわからない大量の物?が山のようにあり一見すると普通の倉庫にみえる。しかしそのゴミの山を囲むように見えないような扉が何十と囲んでおり不気味な不思議なつくりであり人が住む構造には見えない。その何十という扉の中には人が居ると言う。人の気配の無い暗闇の倉庫の様なビルの一部屋に案内されて開けると独房のような殺風景なワンルームである。荷物も水回りも無い。そこに汚い鉄の華奢なベットがぽつんと置いてあった。寝るだけの最小限の部屋?空間である。社長はいつまで居てもいいよと帰った。廃屋のようなビルとゴミの山に隠れた部屋である。これなら外部から人が居るとは思われないし夜逃げしている人には最高の場所である。他人と関わらずにいれる雰囲気に落ち着いた。わんこの寝床やトイレシートやドックフードなどをセッティングしてあとは寝袋のみである。わんこは落ち着かない。不安な顔をしている。ベットに腰掛けてわんこを抱きしめて落ち着かせる。私もわんこの顔を見たら落ち着いた。このこの為に何でもできる。温かい気持ちになり気力が出た。まだ私にはやる事があると。カプセルホテルは周りに人が居る。ここは廃屋ビル。人の気配はしない。多分他の扉の中にも人は居るのだろうがわからない。無人島にわんこと二人と言う感じである。ぎりぎりの瀬戸際にいた気持ちが緩みピリピリした感じが自分から無くなる。わんこと会話しながら気持ちが緩みリラックスできた。やる事は山積みであるが忘れる事ができた。わんこの口にドックフードを一粒一粒食べさせながら何かほっとする。このこの為にもう少し生きなければと。わんこと会い落ち着いた。少し眠れた。すると夢の中で今までの知り合いが出てきて同じバスに乗って何処かに向かっている皆んなに何処に向かっているか?と聞くがわからないという。私はそのバスを降りた。明らかに私が行かなければいけない方と違うのがわかる。目的地は歩いて最短で行けたはずである。なのに周りが並んでいる列に並んでしまったのである。考えて並んでる人はいない。そして目的地からどんどん遠ざかるのにも気づかないで皆んな疑問も持たずに乗っているのである。私は夢の中でヒッチハイクをして戻ろうとした。しかしまた知り合いが出てきて違う方向へ。違うと言ってもその人は違う方向へ遠ざかる。私は降ろしてもらう。一人で歩いた方が安全である。と歩き始めた所で目覚める。ぼっとしながら考える。今の夢は?。皆んな何も考えずに疑問も持たずバスに乗っているのだと。周りに流されては目的地から遠ざかるのだと。目的地は最短にあり一人であるいて行けると。よく考えなければいけないと。皆んなといれば考えなくて良い、楽なのである。しかし確実に目的地からは離れている。私は周り道を選んでしまったのである。疑問を持たずに。しかしまだ戻れる距離にいる。目的地は何処かはわからないがそんな気がした。
私は人生死ぬまでの暇つぶしだと思っているがそれでは間がもたない。楽しみがないと。人それぞれ地位名誉金などなどを求めるのかもしれないがもし世界一金持ちや権力者や大スターなど早いうちに成れてしまえばあと死ぬまで暇ではないだろうか?。勉強でいうと答えがはじめからわかってしまうと楽しくないのでは?とく過程を楽しむ。目的地までの過程が楽しみなのではないだろうか?。成功するかしないかはどうでも良い。一生かけて解けない問題や夢にとりこむ過程が大切なのではないだろうか?。一心不乱に取り込める事が早い段階でみつかりそれを死ぬまで続けられたら楽しいのでは?。大体考えずに周りに流されて生きている人が多い。いい大学いい企業にはいり結婚して子供を授かり家を建てるみたいな流れが良いと洗脳されている。皆んな同じバスや電車に乗って何も考えずに。産まれた環境や親の思想によるもので決まってしまっている気がする。私もやはり環境や親や祖母による洗脳でかなり目的地から離れてしまったみたいである。私には性欲がほぼ無い。しかし性癖というのは誰もが違うと思う。LPGTQは勿論シニア好きやロリコン、スカトロ、SM、盗撮、下着、更には殺人に興奮をする人もいるだろう。各自興奮するものは違うはずであるが普通と言う洗脳をされてみんな同じ事に興奮までコントロールされているし法律で禁止されている興奮も多い。これも結果男なら射精すると終わりである。その過程に興奮するのではないのか?。結果を出すまでの過程が大変な程楽しいのではないだろうか?。ある不良の子がパソコンが出た時にAVを見る為だけに勉強してパソコンが得意になる。AVをみた時よりパソコンを勉強していた時の熱量は凄くわくわくしてたのしかったのでは?ギャンブル大好きな人が勝つのがわかっていたら興奮しないのでは?。結果には意味がない気がする。何処が目的地かは私は今わからない。目的地に死ぬまで着かないかもしれない。その目的地が早く見つかり一人で歩いていくのが楽しい?。夢の中でそんな感じがした。立ち止まると迷う。迷うと辛い。今私は立ち止まってしまったみたいである。祖母が馬鹿になれといった理由がこれかな?と思った。馬鹿は考えない。与えられた情報を鵜呑みにして疑わない。直ぐに行動する。価値観が皆んなと同じである。例えば安い食べ物に高価な値段がついていれば美味しいと感じる。皆んなが良いと言う音楽や絵も凄いと思い込む。馬鹿の特徴なのかもしれない。本質がわからない。味覚聴覚視覚皆んな違うはずだが統一された基準、数字や多数が言う方が正しいと思い込む。確かに自分の脳で判断しない方が楽ではある。最近は世界の情報まで表に出してコントロールされた情報のみだが基準が曖昧になってきて悩むと言う人や疑問を持つ人もでてきてしまい自我が崩壊する人も多い。悩んだり迷ったり考えたりすると壊れてしまうのではないだろうか?。壊れるのが普通で壊れないのは考えてない証拠ではないか?。それだけ純粋なのでは?。もろく儚いものは弱い。雪の結晶のようなものなのでは?。かといって自我を押し通すには絶対的信念が必要で神様でもない限り無理がある気がする。最近少し理解した。年寄りの気持ちもわからないし幼児の気持ちもわからないと。基本他人の事などわからないのが普通であると。ましてや他の生物の事などわかるはずがない。虫や草の気持ちがわからないように。勿論相手も私の事などわからない。だから馬鹿にならないといけないのでは?百ニ歳まで生きた人が出した結論なのかもしれない。沢山の時代を経てきて沢山の経験をしてきた人の。祖母が一度九十を過ぎたあたりで一度死にかけた時に不思議な事があったらしい。心臓が止まるのがわかって気持ちよく意識が無くなり眠くなり暗闇の中に吸い込まれたと。怖くも何も感じなかったと。これが死か?と感じたと祖母が言っていた。仮死状態から戻りそれを私に話した。それが本当かもわからない何故なら祖母は平気で嘘をつく人だったからである。百ニ年も正気を保つ強靭的精神力は私には少なくても無い。何か信念でもないと無理な気がする。なにせ切腹を平気でする民族である。他の国の人とは何が違うのかもしれない。現代を生きる私にわかるはずもない。私の知り合いの鍼灸師に目の前で自分の親が事故にあい動体から首がもげてバラバラになるのをみた人がいるがやはり正気を保てなかったらしく狂った。戦争を乗り越えた人達には普通の事かもしれないが現代人には無理ではないだろうか?。祖母などいつから生きているのかわからないくらい昔から生きていた。今の常識ではわからない。
私は世界中旅してきたが世界中常識が違う。文化やルールが違うのはわかるが後進国など行くと国自体にルールが無く無茶苦茶な国もあり入管していきなり捕まり終身刑や死刑など国自体が独裁されている国にも旅した事がある。悪人が悪人であるのではなく国自体が無茶苦茶な国だと誰が悪人かすらわからない国もある。善と悪の基準がないのである。世界にはそんな国も情報にはいらないだけでも沢山あるのだろう。昔は日本もそうだったのかもしれない。今の日本は平和である。不平不満を皆んな言うが日本中旅したが日本中平和であった。国が無い人も世界にはいる。知り合いにはいないのでメディアの誤情報?くらいしかわからないが鵜呑みにすればやはり日本人は幸せである。いやなら日本から出て行く自由がある。老人が出ていかないのだから日本は住み心地が良いのかもしれない。現代人より昔の人達は賢かった気がする。少なくても私の周りに学生運動するような知識人はいないし国や思想について語りあうような人達はいない。今に満足している人達しかいない。いや金持ちの知り合いが多いので今の価値観が狂うと困る人達ばかりである。決して日本から出ない。ましてや独裁国家などに移住などしない。私は馬鹿になりきれないようである。立ち止まり迷ってしまった。私の出た大学の人達は大体先祖代々金持ちである。私の家は貧乏であるが私は沢山の仕事を経験して知り合いに成り上がりが沢山いる。今は貧乏人でもいきなり億万長者位になら誰でもなれる。知り合いには中卒で出会い系サイトを立ち上げ年収数億稼ぐような人もごろごろいる。今いる牢屋のような部屋を貸してくれているバッタ屋の社長も中卒らしい。億万長者である。兄が行員だったのでよく話していたが貯蓄百億位の人達は沢山いるみたいである。バブルをくぐり抜けた人達もかなりいるだろう。人の悩みは金か人間関係らしい。百億以上ある人達もいきなり破産する人がいる。それも見てきた。国をコントロールできる側にまわらないと金儲けはなかなか難しいみたいである。しかし官僚の知り合いも居るがその程度では何も変わらない。サラリーマンである。色々な金持ちと出会いその子供達に言われた事がある。大学時代の立場は変わらないがあと十年も経てば私とは雲泥の差が出ると。先祖代々金持ちの人達に言われた。大学を卒業してその通りになった。
私も多少の金は稼いだが今はほぼ無一文である。根本的に何かが違うのかもしれない。支配する側とされる側では。私の祖母や母は特殊な能力を持っていたそれも私には影響した。目にうつる世界とは違う力もある事に。馬鹿になる事と高学歴を目指した。両極端である。そして身内の不幸が重なる時を全て一人で処理した時に天涯孤独になりなにもかも飽きたを通り越してめんどくさくなる。死を沢山見てきたが別に自然な事であるから悲しくも無かった。お金には昔から興味がない。死ぬ事も怖くない。わりと自由に生きてきたと思う。特に苦労したり努力もした事も無い。営業で東京の街を隅々までローラーをかけたが悲惨な人達を沢山みてきた。生きているのが辛いだろう人達も沢山いる。がわりと皆んな気にせずに幸せそうに生きている。ホームレスは楽しそうだし、孤独な天涯孤独の老人で四畳半風呂なしのぼろぼろの部屋で数十円しかない人でもたまに銭湯に行くだけで幸せだと言う。沢山の人達と出会い混乱したのかもしれない。世界中日本中旅をして表裏の人達とも知り合いになり何が正解で真実で嘘で幻なのか?。ここで自殺切腹する人達も薬にたよったりアルコールにたよったりして楽にはなれる事も情報として理解できてしまう。考え始めると脳が二十四時間考えている無意識に。睡眠欲求もほぼ無い。たまに目をつぶるだけで大丈夫である。女と男のセックスもなにやらわからない。女の胸や陰部をみて興奮する事の本能が無い。彼女はいたが好きな訳ではなく身の回りの世話をしてもらう人であった。なにやら自分自身がわからなくなり崩壊もしない。
牢獄のような部屋のベットにこしかけて私の命より大切なわんこの狆が心配そうに私を眺めて甘えてくるのをみている私。可愛いを集めるとこんな生き物が出来上がるのではと思う。この子も食が細くあまり食べないので試行錯誤しながら色々なドックフードを一粒ずつ口にいれるがなかなか食べてくれない。匂いを嗅いでぷいとする。そして私に甘える。膝の上に抱き抱えながら私は一生懸命話しかけてたべておくれと一粒ずつ口の中にいれる。そうしてる間だけ思考はわんこだけに集中する。わんこを眺め仕草や表情をみるだけで自然に笑っている自分がいる。天使のような生き物である。私と共鳴しているようである。そう感じると何か心に力がわいた。殺人をする人は悪いと言われている。自殺をする事は罪にはならない。思春期ホルモンのバランスが変わる時やストレスがかかると夏休み明けの九月一日は子供が自殺が増えるなんて情報がある。情報操作なのかもしれないが。産まれてきたものは死んで完成するような気がする。死ぬ事は自然な事である。しかし周りをみているとなかなか人間はしぶとくなかなか死なない。病気の人も殺してくれとか死にたいとかいいながらなかなかしなない。一年でも一日でも長く生きようという本能が働くのか?。思春期のこや悩み事がある人達は自殺する。変な思考回路の人だと死刑になりたいから大量殺人をしたりする。一家心中などもそうである。死にたければ死んでも良い法律でもできれば他の人に迷惑をかけてまで長生きしたい人は減る気がする。孤独死や老老介護など死際さえ自分で決められて昔の姥捨山の様な場所があれば効率的な気がする。安楽死である。生きたくない人達は日本には沢山いる気がする。屍体処理などは国でやってくれれば良い。斬首されるより切腹を選ぶ民族である。散り際はかっこよくありたいものである。しかし私はまだ死ねない、わんこの為にはまだ私は必要かもしれない。自殺願望も無い。執着がないだけである。この廃墟のようなビルには沢山の人達が隠れてるとバッタ屋の社長が言っていたが気配が無い。皆んな寝ているのか?。人の気配がないとピリピリした感じが無くなる。長ーい時間が凄く暇である。暇だと妄想してしまう。中学生くらいから大学生になるまでかなり芸能関係者にスカウトされた。
全て断った。人様に顔を知られると言う事は自由が無くなると言う事である。芸能人になりたくてなる人達の気持ちがわからない。沢山の人達からモテたい?ちやほやされたい?お金が欲しいだけなら今まさに世の中はネットが普及されて貧乏人でも知恵さえあれば誰でも錬金術師になれる。知り合いに女優さんがいるがギャラは安いみたいである。スポーツ選手のような方達は顔が知られるのはしかたがないのかもしれない。みにきている人達やスポンサーでかなり儲ける人達もいるのかもしれない。引き換えに自由を手放す。芸能人になる人達の気持ちがよくわからない。モチベーションはなんなのだろう?。外でカラスが鳴いているのがうるさい。我にかえる。うちの祖母、母、兄は自己中心的で我がままで頑固で短気で人生好き勝手に生きて死んでいった。父は幼少から農家をしていて一族をたべさせて働き詰めで無口で趣味も友達もいなく早くに寝たきりになって面白そうな人生ではなかったみたいだが家族は一応居て幸せだったのかもしれない。所謂普通と言うものは手に入れたのかもしれない。ベットに腰掛けてわんこを眺めてふと思う。わんこは幸せなのか?。首輪に繋がれて自由は無く食べて寝てを繰り返すのみである。野良猫は見た事ないが野良猫は少しは自由である。捕まれば保健所行きではあるが。うちのわんこは幸せなのだろうか?。わんこの寝顔を見ながら考え込んでしまう。動物園の動物は幸せではない気がする。自然の中でリスクを背負いながらも自由に生きる方が楽しいだろう。うちのわんこは幸せになってもらいたい。しかしこのこの幸せがわからない。室内犬として生きている狆である。野生では生きれないだろう。とねていたわんこが気づき大きな目をあけて起き上がり尾っぽをふりながら甘えてくる。抱き上げて抱きしめる。トイレに行きたくなり部屋から出ると人影がある。暗闇の中に。かなり怖い。少し眺めていると落ち着きなく行ったり来たりしている。歌舞伎町の街でよくみる動き方だ。くすりをやっている人達の。幻覚か幻聴でもあるのか?。近寄ると上下黒のシャカシャカを着た髪が長く頬がこけた目つきの悪い中年のおじさんと目が合う。とりあえず会釈してトイレに向かう。テンパってる感じである。何も食べていないので便は出ない。微かに尿をして部屋に戻ろうとするとおじさんが話しかけてきた。身振り手振りが大きく早い。早口で声が大きい。落ち着きなく動く。瞳孔が開き瞬きすらしない。いい話があるからのらないか?と。このての人からのいい話とは大体犯罪である。いややらないですと目を伏せて部屋に戻る。薬も金も尽きたのだろう。一回数万円かける一年かける寿命を考えてやらないとくすりは苦しいだろう。依存症である。治らない。手を出す権利は貧乏人にはないとわからないか?。ここは危ないなと思う。犯罪に巻き込まれそうである。嫌な予感がしたのでわんこと直ぐにそこを出た。バッタ屋の社長に連絡してお礼をいう。とりあえずわんこと一緒にいたら元気になる。実家に戻る。隣近所は敵である。いごごちは悪い。
しかしわんこは住み慣れた家にかえり落ち着きを取り戻す。荷物で溢れかえる家である。処分しないといけないがまだその元気はない。ゴミ屋に全て丸ごと処理してもらうのにはかなり金と時間がかかるし当然私が陣頭指揮をとらないといけない。まずはそのエネルギーをためないと。金は女に全て渡して無一文でもある。金も稼がないと。なんとなくこの家は磁場が悪い気がする。誰もいないのに物音が凄いしドアがあいたりしまったり。幽霊など見た事はないが磁場が重く感じる。荷物はほぼ買い物依存症だった母や祖母のもので天井までどの部屋も溢れかえりドアも閉まらない。母や祖母は強い精神力があり負けなかったが弱い人ならすぐに気が狂ってしまう感じである。とりあえず気をためるために頭をまるめる。理由はわからないが気合が入る。そして筋トレをはじめる。弱り切った体にむちうつ。身体を動かすと血流がよくなる。脳に血を送る為にもストレッチに筋トレ、呼吸は大事である。脳の萎縮はネガティブな考え方になる。血流が良くなると勃起する。性欲はなくとも。
テレビをつけたままでいる。テレビは思考を止めるのに良い。考えないでも良いのである。馬鹿になれる。私は年上が好きだが周りは年下が好きな人が多い。中年や老人になるとより若い子が好きになる。自然に若い遺伝子が好きになるのかもしれない。元気で若い遺伝子なら生きる力も強いのかもしれない。熟女ブームとあり。若い男も熟女が好きだなんて情報があるが若い男は誰とでも沢山セックスがしたい。更にマザコンが日本人は多い気がする。考えないから母親の言う通りに生きているとべったりな関係になり反抗期などもなくなるらしい。ホルモンや思春期すら変化させるほどべったりしている人達を周りに沢山みる。すると若い子は熟女が好きになるのか?それともその時代の女がつくった流行や情報操作なのかはわからない。医学的には女は性欲が歳と共に上がるらしい。男は逆で下がり十代がマックスであとは下がるなんていう噂もある。この情報もあてにはならないが。なんせ私は統計に入っていない。誰がどう統計をとったのか?。きちんと日本人で全員にとったわけではない。大体の論文は海外のもので金が絡んでいる。信憑性が無い。最近私など既に小学生中学生高校生大学生の見分けがつかないほど体が変化した。興味がないからかもしれないが。思考がまわるようになる。髪の毛が伸びるまでリハビリである。髪がかなり伸びる。毎日運動して寝てを繰り返す。安定する。まずは何をすべきなのか?。部屋の物の処理である。知り合いのゴミ屋に来てもらうが高い。タウンページで十社位見積もりをとる。皆んな詐欺師である。かなりめんどくさい。まずはブランド物買取店らしきところにきてもらうとトラックでやってきて値段も言わずに四トントラックいっぱいに無言で査定もしないで積み込んだ。ハイブランド一つバック数十万の物が何百ととりあえずまた来るとトラックで消えた。またくると今度は衣服のブランド物をトラックに積み込むハイブランドばかりである。そしてまた積み込むと帰った。その後空のトラックできて五万を手渡された。私はバック一つで数十万するのをトラックいっぱいにハイブランドの服トラックいっぱいで五万はなっとくいかないというともう倉庫に入れたからよくわからないとかいいだす。はじめから騙すつもりであったのだ。かえしてくれと言うと。調べてみると帰った。その後音沙汰は無く何度も電話しても調べていてわからない。としらをきられた。消費者センターに電話するがなんの解決もしてくれなかった。詐欺は自己責任である。と勉強になる。めんどくさいので諦めた。弱目に祟り目である。売るのはめんどくさいので母は日本舞踊の家元だったので弟子たちに連絡する。欲しいものがあれば全部もっていってくれと。数十人の弟子がやってきて着物などなにかわからないがもっていった。しかしまだまだ天井までどの部屋にも荷物がある。封がきられていない箱に入ったままの物がほとんどで何がはいっているのかわからない。母は買い物依存症であった。一つ一つあけてネットで売ればかなりの金額になるだろう。しかしそんな元気は無かった。知り合いのゴミ屋の社長に頼む事にした。駆け引きがめんどくさいのである。ニトン車いっぱいで五万といわれ好きにしてくれと頼む。十人ほどチンピラみたいな人達がきて無造作に叩き壊しながら積み込む。金目のものは金にするようで大事にわけて積み込んでいた。それでも一週間はかかった。トラック三十ぱい分である。百五十万請求された。当時私は金無垢のロレックス デイトナなどと金、プラチナの喜平を集めていてそれを質屋に売って金に変えて払った。残したのはわんこの物と布団。あとは全部処分した。一度リセットしたかったのである。空の家は気持ちが良かった。そのあと知り合いの不動産屋の社長に売買を頼んだ。この人も詐欺師である。しかし早くこの場所から離れたかった。詐欺師は仕事は速い。大体半額で客を見つけてきた。売り手買い手を見つけてくるのだから本当の値段はわからない。しかし私は一分でも早くここをてばなさないとまずい予感がしていた。私は運が強い、しかしわんこは強く無い。わんこが突然死ぬのを沢山見てきた。ここはそれ程磁場が悪い気がする。隣のおじさんに三匹殺されている。周りは自殺者が数十人いた。つい先日も真向かいの家にいたおじさんが変死したらしく二階に上がると息子が自殺していて二人ともとなりのおじさんが発見したらしい。もしかして隣のおじさんがサイコパスで証拠を残さずにころしているかのようにも感じた。必ず第一発見者らしい。周りの家は自殺者が沢山でているがおじさんの家だけは平和である。なにか違和感がある。警察にも議員にも顔がきく金持ちである。揉み消す事もできる。私は直ぐにここを詐欺師に売った。不動産はかかるときは何年も売れない。タイミングが全てである。叩き売りでも早くここから出たかった。産まれた地元で部屋を探すがまだまだペット可のマンションはほぼ無い。更に保証人もいなければ無職である。日本は地主は神様である。審査というより好き嫌いで判断する。こういう時はやはり歌舞伎町のような街が良い。私の地元はまだまだ地主がルールをつくっている田舎である。街は再開発されて高層マンションだらけになり商店は消えていた。昔の雑居ビルなら借りられたのだが。しかしかなり外人が多いに街ではある。審査はかなり甘いのだがペットには厳しい。街から離れれば離れるほど審査は何故か厳しくなる。地元で最大手の不動産屋は売買しかしていない。賃貸はもうからないのである。駅前のメジャーな不動産屋に飛び込み駅近のペット可を何軒かみて直ぐに決める。保証人はいないので保証会社を使う。かりれるかは五分五分である。しかしいざとなれば買えば良いので切羽詰まってはいなかった。審査は二社落ちてかなり高い保証会社しか通らなかった。しかも敷金礼金も三倍である。如何に地主が強いかである。私の地元は先祖代々地主がはびこる町で市長すらそうである。市長の弟は幼馴染でスポーツ万能で天才であった。東大医学部を出て海外にいったらしい。幼馴染が沢山いるかと思い連絡したが皆んな開発と共に引越したみたいである。プロになった幼馴染に連絡したが直ぐに辞めて堅気になったらしいそれ程キツい世界らしい。顔見知りは市長くらいみたいである。都合が良い。小さな頃暴れまくっていたので顔見知りは都合が悪いし恨みもかっている。駅前の雑居ビルで他の部屋は全て外人みたいである。日本で外国人が部屋を借りるのも難しい。老人や水商売芸能人などなど。このビルは外国人しか居ないと言う事はかなり審査は甘いが家賃は高いと言う事である。日本人名義で借りて外国人が住んでいるパターンである。皆んな水商売なのだろう。私には都合の良いビルである。胡散臭い人達が出入りしているので目立たない。どうやら周りはキャバクラやデリヘルや飲み屋だらけのようである。ビルから一歩出ると客引きがごまんといる。しかし歌舞伎町に比べてピリピリはしていない。和やかな雰囲気である。いごごちはよい。部屋にはわんこの為の物だけしかなく私の物は寝袋のみである。一応仏壇は持ってきた。どう処分するのかわからなかったからである。粗大ゴミとして出せるみたいであるが位牌はどうするのか?考えると面倒なので持ってきてしまった。墓じまいもしなくてはいけない。金がかかる負の遺産である。幼馴染に悪行の限りをつくした坊主がいる。家に五重の塔がある地域で一番でかい寺である。彼を小さな時から見てきたが特殊な力があるとは思えない。地主ではあるし地位名誉権力金はある。悪い事をしても捕まらなかった。しかし魂入れや魂抜きなど儀式があるがそんな力は無い。そう考えると仏壇や位牌も粗大ゴミとして前の家の整理で捨てても良かった。しかし祖母や母の特殊な力も見てきたのでなんとなく捨てる気にならなかった。この頃私には何の能力も無くなり呼ばれる事もなくなっていた。覇気というか気力がでなくなり生きる力が弱くなった気がする。しかしそれが普通ではないかと思う。ノイローゼと昔は言われ今は鬱といわれてる症状が普通なのではないか?。特に周りを見回してみると皆んなかなり喜怒哀楽がはげしく偏った人達が普通であり。法律で押さえつけられ世間体があるので装ってはいるが皆んな狂っている気がする。ボクサーや格闘技をする人が他人を殺してしまうとノイローゼになるらしいが戦争時ノイローゼになるどころか自慢するのと同じで周りと同じだと皆んな安心するのかもしれない。皆んなと同じ服を着て髪型をして車に乗り家を買い結婚して子供を授かりサラリーマンとして働く。日本文化は消えてしまったのではないだろうか?外国で鼠色をしたスーツで集団で歩いている日本人サラリーマンをみると違和感を感じる。中絶は日本では許されているし物凄い人達が殺されているらしい。罪にならないと気にならないのか?。医者は大量の殺人をしているがノイローゼにならないみたいである。ようは罪になるか?皆んなと同じか?なのか?。中絶は殺人である。と法律で決めた途端にノイローゼになる人もでてくるのかもしれない。死というのはそれくらいのもののような気がする。自然死安楽死殺人自殺どれも同じなのではないだろうか?。そんな妄想をしていると電話がなる。学友から。祖父と父がいきなり亡くなったと言う。祖父はもと神主で株で儲けて地主となり息子たちは皆んな六大から商社に専務だか常務だか?で都心駅前に何千坪も土地を持ち一族で住んでいた。祖父は原因不明で亡くなり父は胃潰瘍かなにかで腹を開けたら院内感染にかかり呆気なく亡くなったと。葬式に出る事にする。すると母親が居ない。呼び出して事情をきくと祖父が遺した遺産をめぐり争いが起きて母親は追い出されたそうである。何千坪の敷地も昔の測量で名義も曖昧であり資産や土地ありとあらゆる物の争奪戦になり学友家族は一家離散だそうだ。私はトラブル処理もする。私が医者や親族に話をつけようか?というと疲れ果てた顔でいいと、ある程度は父の遺産があるからと。金持ちは金持ちで大変みたいである。しかし命は儚いなと思った。学友達は飲みに行くというが私は直ぐに帰った。わんこが一人お留守番である。二十四時間エアコンはかけているが命の儚さをみたばかりである。無性に心配になる。帰るとうんちやおしっこをぶりまいていた。寂しさの裏返しである。一時も離れるのは嫌みたいである。余計に愛おしくなる。悪い事をしたという気持ちがあるのかうわ目ずかいではじにより挙動不審である。思わず笑ってしまう。怒られないとわかると寄ってきて抱いてくれとせがむ。抱き上げると顔じゅうなめられてよだれだらけになる。このこがもし支えてくれていなかったら私はどうなっていただろう。このこはわんこである。普通に生きれば私より早く死ぬ。ぞっとした。一気にめんどくさい事がおきて処理に追われていたので気を張っていたが冷静になり残ったのは私とこのこだけである。正気を保つ事ができるか?。未来など考えないし過去もふりかえらない。一秒後次にやる事だけを考えるようにする。とりあえずうんちとおしっこを拭こう。そう考えると心拍数が落ち着いた。とりあえずあと仏壇じまいと墓じまいであるが今は考えるのをやめよう。物凄いテレビのプロデュースをする人がITバブルで成り上がった人達をけなしていた。両方とも天下をとった人達である。ITバブルの社長達はまだ二十代か三十代か?その社長がいっていた。テレビ局を抑えているプロデューサーの執念が凄いと。執念というのは生きる活力なのかもしれない。私のように欲が無い人は生きているガソリンが無いようなものである。老人やホームレスも達観している気がする。世界一の企業の代表や世界一の金持ちなど辛そうにかんじるのは気のせいなのか?。幸せの定義が変わりつつある。脳と言うのは一人一人違うようで視覚的にも各自丸、三角、四角にみえたり数字に色がついてみえる人など見え方感じ方は皆んな違うという人もいる。あばたもえくぼ美女と野獣みたいな恋愛はとても複雑みたいである。他人からどうみられても気にしなくなると何もかもどうでもよくなる気がする。その境地まで私はきたみたいである。ふと祖母が祖父の死際の事を言っていたのを思い出す。末期の肺癌だったが祖父は柔道やノルディックスキーで国体に出るなど超人的な体力筋力をもつ人でちょっと叩かれただけで皮が剥けるか陥没する程人間離れしていてモルヒネを何十倍も打っても心臓が止まらずなかなか死ねなかったときいた事を思い出した。私もスポーツ心臓で強い。肺活量も一万近くある。特に運動もしていないのに。骨が折れても自然に治るしナイフなどで切られてもホッチキスで止めておけば治ってしまう。飽きたを通り越してめんどくさいに入り達観したがまだ若い。欲や執着なくこれからまだ生きなくてはいけないし事故や病気ではなかなかしねないだろう。暇である。何の志も無い。数年?は暮らす金はある。私の周りには金持ちしかいない。働かなくても食べていける。げんに働いてない学友も多々いる。世間体をきにしている金持ちは国家公務員とかになる。しかしハングリーではない。今をキープする感じである。私は暇つぶしにわんこを抱きながら妄想してみた。いい服を着たいか?いい車に乗りたいか?いい女を抱きたいか?でかい家に住みたいか?全てどうでもよい。家庭が欲しいか?子供が欲しいか?めんどくさそうである。好きな芸能人もいない。好きな音楽も無い。世の為人の為になにかしたいか?関わりたく無い。ボランティアをした事がある。身障者施設で。しかし働いている人や関わっている人達の金儲けのように感じて辞めた。皆んな給料を貰っているのに違和感があったから。妄想も直ぐに飽きた。自然が好きである。人がつくった物に興味がわかない。これは私が感じるだけで各自違うのかもしれない。都会イルミネーション、電気の夜景や花火もそう感じる。小さな時友達はテレビの料理番組やCMをみて美味しそうと眺めていた視聴率も良いらしい。私は食べ物をみて胸焼けする。これは私の祖母からの遺伝なのかもしれないが顔をみると心がすすけてみえる。芸能人など洗練されて美しい人が多いが美しくみえない。根性がみえてしまう。うちはネグレクトではあったが世間体を大事にしていたのでしつけには物凄く厳しく虐待されていた。母は日本舞踊の家元であったので動作仕草発音細かく虐待されていた。お辞儀から会釈イントネーションまで。流行り言葉も使えない。そのせいなのか発音が違う言葉を聞くだけで気分が悪くなる。外国語ならわからないので大丈夫だが日本語のイントネーションが違うとイラッとする。私は転校を二回しているのだが言葉には東京の中でも違いがあるのでその都度気分が悪くなった。人が作る物には差がありどれが正しいのかは私は馬鹿なのでわからない。その価値は人が決めているからかもしれない。人が決めた価値に興味がわかないし他人からの目も気にしない。宇宙に行きたいとも思わないしエベレストに登りたいとも思わない。好奇心は猫を殺すなんて聞く。馬鹿を目指して生きている私には必要がない。爪を毎日切る。小さな頃暴れていた時からである。拳を握りやすいようにと、剥がれないようにかなり深爪である。何もせず食べなくても寝なくても爪はのびる。身体は生きている。噂では寝たきりで脳停止した状態でも身体だけは生き続けて成長老化?するらしい。機械に繋げば永遠に身体は生き続けるみたいである。祖母がお参りしていた弘法大師様も高野山の中でミイラ?として生きているなんて噂がある。生きている定義がわからない。私は麻酔が効かない。小さな時盲腸をとると麻酔をかけたがかからず藪医者に数時間身体の中をこねくり回され絶叫した事がある。なんとも不思議な感覚であった。もしかして死んでも痛みは続くのかもしれないなんて感じた。よく手足がない人がない手足が痛むなんてのも聞く。寝転んで天井を眺めて暇つぶしをしていると横でわんこがじっと私の顔?目をみている。お互いに何を考えているか読もうとしているのか?わんこに言う。祖母でさえ私の心が読めなかったのだから無理だよと。表情を変えてはなしかけるがわんこは首をかしげる。私の目の中をのぞいている。私もわんこの目の中を覗き込む。お腹か?お水?うんち?か?抱っこ?おっぽをふりふりする。なる程な。私も読めない。私は心に鍵がかかったまま壊れて開かなくなってしまったみたいである。以心伝心しない。何故だろう?とまた天井を見ながら考えてみる。それをわんこがまた眺めている。あっ!と閃く。肉体が無くても感覚はあると言う事は?。悩み事や痛みは肉体が無くなってもエンドレスに続くのかも!。無い手足が痛む。つまり肉体がなくとも事故や病気で死んだり殺されたりした時の悩み事や痛みはエンドレス?。安らかに眠るようにしなないといけないのかも?。祖母が九十位の時眠くなり心臓がゆっくりとまり気持ちよくなったといっていた。車に乗ってる時いきなり意識が遠のいたと。凄く気持ちよかったと。あの状態でしなないとまずいのかも!。悩み事も痛みもなく寝て起きたらいつのまにか死んでた。祖母は百二の時そんな感じでしんだ。だからボケるのは普通だし本人にはいい事なのかもしれない。安楽死と言うのはどんな感じか知らないが苦しまないで死ぬのは良い事だと肯定できる。なる程!。と祖母の言葉を思い出しふに落ちた。幸せの絶頂で眠るように気持ちよく意識がなくなるのがよいみたいなきがする。となると私は今体調も悪いし内臓も痛い。わんこを遺してはいけないなどなどがある。今決して死んではいけない。その時がくるまで祖母のように生きなくてはいけない。皆んなもそんな時がくるまで死んではいけない。巣鴨や銀座などで楽しそうにしている元気で楽しそうにしているシニア。ぴんぴんころりと大声で笑う。身体も心も健康で死ななくてはいけない事を日本人は無意識にしっているのかも。日本はいい国である。