しみ_05(真っ白)
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紙魚を連れて一番大きな蔵書施設(国立国会図書館)全ての本が、ここにある。
荷物をロッカーにしまって、メモ帳に紙魚を挟んで、透明のビニル袋に入れて入った。
彼女の本(手がけた本)検索・申し込み。待つ間、上から下へと(階段)えっちらおっちら。地下に理髪店があるって? ほんとうだ。食堂がある? ほんとうだ。古書も地図も喫茶店も(一日潰せる)大・図書館。
受取カウンター/届いた本。二冊・同じタイトル。ぼくは手に取り返却する。
これからどうする?
「たくさんの本があります」 紙魚はどこか失望したように、「ただ本があるだけです」
そして、「家に帰してもらえませんか?」
どうして?
「ずっと居心地がいい」
まさか。
「あの本。白い本」
──束見本?
「終の住み処に、相応しい」
紙魚は同意を求めた。ぼくは分からなかった。けれども分かるよ、と応えた。
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ぼくらは来た時と同じように、電車に乗り、バスに乗り、歩いて、帰った。
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彼女の断わった仕事。新しい表紙。カバーの折り返し。
彼女の名前が残っていた。
彼女は、引導を渡した。
(自分の手で)(泣きながら)(血を流して)
最低の一冊。
彼女は(ぼくの)文字を使わなかった。
(知らない誰かの創った文字)
彼女はそれを黙っていた。
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誰にだって(大なり小なり)悩みはあれども。誰にも云えず、口に出せないことに思い当たった時(本当の)絶望を知る。
(パシャン)
水の跳ねる音がする。さざ波が(円を描く)次々と(円を重ねる)。
──彼女はひどい人だ。
拾ったのなら。最後まで面倒みてよ。
──投げ出さないで、
愛するか/突き放すか。
(最初から)どちらかを。
愛せないのなら。(始めから)近づくべきじゃなかった。
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古書の買い取り業者が引き上げて彼女は(空っぽ)本棚の中にしゃがんで、「おかえり」さっぱりとした声で、「片付いたわ」何もかも。
一画には文字のない・作りかけ・束見本。本が本として生まれる前の形姿。
「潮時」と、彼女は云う。「これでお終い。田舎に帰って、お見合いする」
(ぼくは彼女の嘘を知っている)
彼女は(空っぽ)本棚に囲まれ、「あーあ」ひっくり返って(咽喉で笑って)床の上に転がった(あーあ)。
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ぼくは箱に詰めた本を出し、再び本棚に並べていく。文字のない空っぽの本を空っぽの本棚に並べていく。
束見本。彼女の仕事。彼女の生き様。彼女の人生。彼女の生き甲斐。印刷のない(白い)本。次々並べる。サカナが増える。サカナが棲む。サカナは本を渡り泳ぐ。
君の遺した白い本。
ぼくは一冊、抜き出し表紙をめくって名前を書こうとし、
やめて、戻した。
(そんなこと、しなくたって)
真っ白な本の中(彼女は)黙って潜って、出てこない。
了