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しみ_05(真っ白)


   *


 紙魚を連れて一番大きな蔵書施設(国立国会図書館)全ての本が、ここにある。

 荷物をロッカーにしまって、メモ帳に紙魚を挟んで、透明のビニル袋に入れて入った。

 彼女の本(手がけた本)検索・申し込み。待つ間、上から下へと(階段)えっちらおっちら。地下に理髪店があるって? ほんとうだ。食堂がある? ほんとうだ。古書も地図も喫茶店も(一日潰せる)大・図書館。

 受取カウンター/届いた本。二冊・同じタイトル。ぼくは手に取り返却する。

 これからどうする?

「たくさんの本があります」 紙魚はどこか失望したように、「ただ本があるだけです」

 そして、「家に帰してもらえませんか?」

 どうして?

「ずっと居心地がいい」

 まさか。

「あの本。白い本」

 ──束見本?

「終の住み処に、相応しい」

 紙魚は同意を求めた。ぼくは分からなかった。けれども分かるよ、と応えた。


   *


 ぼくらは来た時と同じように、電車に乗り、バスに乗り、歩いて、帰った。


   *


 彼女の断わった仕事。新しい表紙。カバーの折り返し。

 彼女の名前が残っていた。

 彼女は、引導を渡した。

(自分の手で)(泣きながら)(血を流して)

 最低の一冊。

 彼女は(ぼくの)文字を使わなかった。

(知らない誰かの創った文字)

 彼女はそれを黙っていた。


   *


 誰にだって(大なり小なり)悩みはあれども。誰にも云えず、口に出せないことに思い当たった時(本当の)絶望を知る。

(パシャン)

 水の跳ねる音がする。さざ波が(円を描く)次々と(円を重ねる)。

 ──彼女はひどい人だ。

 拾ったのなら。最後まで面倒みてよ。

 ──投げ出さないで、

 愛するか/突き放すか。

(最初から)どちらかを。

 愛せないのなら。(始めから)近づくべきじゃなかった。


   *


 古書の買い取り業者が引き上げて彼女は(空っぽ)本棚の中にしゃがんで、「おかえり」さっぱりとした声で、「片付いたわ」何もかも。

 一画には文字のない・作りかけ・束見本。本が本として生まれる前の形姿(なりかたち)

「潮時」と、彼女は云う。「これでお終い。田舎に帰って、お見合いする」

(ぼくは彼女の嘘を知っている)

 彼女は(空っぽ)本棚に囲まれ、「あーあ」ひっくり返って(咽喉で笑って)床の上に転がった(あーあ)。


   *


 ぼくは箱に詰めた本を出し、再び本棚に並べていく。文字のない空っぽの本を空っぽの本棚に並べていく。

 束見本。彼女の仕事。彼女の生き様。彼女の人生。彼女の生き甲斐。印刷のない(白い)本。次々並べる。サカナが増える。サカナが棲む。サカナは本を渡り泳ぐ。

 君の遺した白い本。

 ぼくは一冊、抜き出し表紙をめくって名前を書こうとし、

 やめて、戻した。

(そんなこと、しなくたって)

 真っ白な本の中(彼女は)黙って潜って、出てこない。


 了

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