しみ_02(嫌いだわ)
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彼女は紙を集める性癖がある。それは店先で、旅先で、レストランで。
どんな紙でも(触って透かして、時に舐めて)、紙を愉しむ(指で舐める時々破く)
待ち合わせをすっぽかされ、カフェの隅で紙ナプキンに文字を書いてたぼくを、彼女は(面白がって)連れ去った。
「いいね」
たったそれだけ/連れ去った。
古めかしい云い廻しなら穀潰しで、下品な呼び方なら紐で、婉曲するなら家事手伝い。
(彼女が飽きない限り)何の・不満・ない。
(自尊心は幻覚で、羞恥心は幻想で)
つまりそれは(蜃気楼)。
(いいんだよ)彼女は微笑む。逞しくも、頼り甲斐なくても(いいんだよ)
──つまりね。
(キミは悪くない)
彼女の呉れた(魔法の)言葉。ひとは、やさしい嘘を吐く。それは(たぶん)自分のためで(誰かのためで)生きることに大切な、(何かのために)必要なこと。
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短冊状の紙見本(何冊も・箱入りで)
色も模様も、触り心地も(全部違う)
「宝物」
愛おしそうに見せびらかされた・彼女の見本・宝物(竹尾)。
曰く、
──紙は、人類の発明よ。
印刷をする。大発明だわ。
束ねる重ねる流通させる(大・大・発明よ)
人類は(愚かしい程に)偉大だわ。
なのに、
「選挙の紙」あの紙、あの質感。「嫌いだわ」
だから彼女は(選挙の前日)機嫌が悪い。だからせめて(朝一番)空箱を見に行く。彼女は箱を覗き込む(空です)。首を巡らし、ぼくを見て(顎で促す)寝ぼけ眼で、(空です)箱の中身を確認する。
(蓋をして鍵をかける・指さし確認・ヨシ)
鉛筆を持って記載台(揺れる・アルミニューム・組み立て式)並んで(カリカリ)文字を書く(画数が響く)──ぼくはいつも書いたフリ。鉛筆の先で天板を(カツカツ)コツコツ。
彼女は紙を半分に折って、(心底嫌そうに)箱のスリットに押し込んで、
「あの紙」
嫌いよ、と云う。
ぼくは(特に)分からない。
彼女は(すごく)気にしてる(嫌いよ)
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紙と鉛筆で(レタリング)、文字を創る。文字を描く。ぼくは、方眼紙に(文字を)書く。
(透写紙に書き写し・ケント紙に転写する)
(線をなぞって、輪郭をとり、筆と絵の具で塗り潰す)
文章を、言葉を文字に、分解し、
(一番小さな)要素・構造。
(息を詰める。線を引く)
レタリングは無心になれる。
創造力はいらない。指を使って/手を動かして/自分だけの文字が出来る。
(使わせて、と、彼女は云う)
(題字にしたい、と、彼女は云う)
彼女は笑顔で「世界にたったひとつの文字」だから、「いいね」
彼女はコンピュータで仕事をしていて、
それは(印刷と画面表示と)
物理と、電子と。
(どちらも出版/パブリッシュ)
彼女は(ご機嫌)機械に取り込む。(画面)モニタに映る(ぼくの文字)
「素敵な作品、ありがとう」
どういたしまして。
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ぼくは、文字は分かる
なのに、
文章が分からない。
ぼくは学校を出ていない。行けもしない/興味もない。
誰かが云う。他人と違うのなら(努力しろ)別の方法・あるはずだ。様々な工夫と試行錯誤・成功者(美談)それが、どうしようもなく他人を追いつめていることに気が付かない。
有能な人は、他者に求めるものが大きい。
(誰かが上に立った時、底が誰が支えてる?)
成功者は(他人に求め・失望し)頑なになり、足下が見えなくなる。
(平気で踏みつけ・手心・共感を持たない種族の次元違い)。
善意と正義の勘違い。ぼくは避けて(時に逃げて)関わらない。
彼女は違った。違っていたのは彼女だけ。
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外国の映画が(好き)見たことない風景。知らない町並み、逢えない人たち。
字幕は見ない(分からない)。
画面と役者と音楽で、物語に没頭する。
(壮大な風景)(盛大な音楽)高揚する。
映し出される/荘厳な画面。
驚き箱。
ぼくの(好き)と、彼女の(好き)。 ぼくらの(好き)が重なる。
博物館・美術館・水族館。そして外食。メニューの写真を指さし、食事をする。
彼女は面白がって、ぼくを連れ廻す。
(ぼくはそれがちっとも嫌じゃない)
(手を繋いで、彼女に引かれて、一緒に歩く)
──彼女に惹かれて。
(ぼくはちっとも嫌じゃない)