しみ_01(本の間を渡り泳ぐ)
paper-fish_21
本をぱらぱらとめくっていたら、サカナがひょっこり顔を出した(親指くらいの・銀色の)
サカナは、「おや」間違えた、みたいな調子で「おや」と云うので、思わず、何ですか、と訊ねると、「紙魚です」と、(至極)当たり前の返事をされて困った。
(イワシみたいに見えたけれども、ニボシほど乾いてなかった)
(声は細く柔らかで、まったくヒトのそれだった)
本と本の間を渡り泳ぐ彼は(たぶんオス)、文字も/言葉も/文章も、無くなり行き詰まり、本も残りが少なくなり取りも直さず仲間も減って、彼らもまた絶滅する。だからいつか「大図書館へ」収蔵されたい、と、望む。
*
彼女宛にどっしりとした封筒が届く。
出版社からだよ。
「ありがとう」
彼女は受け取り、(上に赤のサインペンで日付を書き込み)、丁寧にハサミ(ヘンケルス)で開封する。
「次の、仕事」と、微笑んだ。
*
「何をしていたのですか?」
片付けだよ。
「どうして? 綺麗に並んでいるのに」
箱に詰めるんだ。
「どうして? 本棚があるのに」
捨てようと思う。
するとサカナは、
「とんでもない!」
信じられない不可解不作法とばかりに声を張り上げた。「捨てる! 本を!」
売ったとしても、これだけ(ぼくはぐるりと壁面本棚を見渡し)持って行く/労力・見合わない。だから(捨てるよ)
「とんでもない!」
サカナが怒った。
「労力! 金銭の問題ですか!」
それ以外に何があるのか。ぼくらの世界は(自由経済)赤くない。そもそも(もともと)これらは売り物でなく(ですらない)。
なのにサカナは、
「とんでもない!」
マルクスは、そんなことは一言も書き残していない、などと云う。レーニンがおかしな(知恵)をつけたのだと云う。どうして、ぼくは(四畳半の蔵書部屋)サカナに歴史と道徳哲学のお説教をされているのだろう。
(資本論だって?)
知るもんか。
「本を読まないからです」
(資本主義は消費社会に身投げした)
「かもしれません。違うかもしれません」
(未完成のMEGA・自分で読んで確かめろ?)
「いえ、もっと面白い本はあります」
(例えば?)
するとサカナは。ハッ、とばかりに(鼻で)笑った。「人それぞれです」
ひどい云い草/逃げ口上。
「本とは」サカナは続ける。「読んだひとだけが、面白い本に巡り合えるのです」
そうだろうね。
「いいえ」サカナは続ける。「一冊を読んだひとと、十冊読んだひとと、百冊読んだひとでは、面白い本の数が違います」
そうだろうね(ぼくはだいぶうんざりしてる)。
「読む程に好きが増える、それが読書です」
(本でなくとも、漫画も映画も当てはまる)
(どんな趣味にも当てはまる)
つまり、(中身のない)理屈・方便。
ぼくはサカナを無視して、ダンボールを組み立てる。
「とんでもない!」
サカナはずっと邪魔する。片付けは、始めなければ・終わらない。
*
この本は?(なんだろう?)
彼女に訊ねるぼくが手にする白い本。(言葉も文字も文章も、印刷のない)白い本。
彼女は取り上げ、ノギス(ミツトヨ)を背に当て、「見本よ」カッティング定規 (ステッドラー)で天地を測り、寸法をメモにして、「(ジャケット)カバー、作るから」そのための表紙と化粧紙と、文字と言葉と文章のない(束見本)。出版社から受け取って、「わたしの仕事」得意げに(鼻から息)。
彼女は本に耽溺している。彼女は本を愛している。
──本の中に物語がある。誰かの(書いた)人生がある。
──わたしはその一端を掴んで、引っ張って貰う。
勇気を貰う。切っ掛けを貰う。
──力(言葉)を貰う。
彼女は(自分の)仕事に誇りを持つ。
*
「どうかしたのですか?」
サカナは(どこか)不安げに訊ねる。
(どうやら)電気が止まるみたい。
「そうですか」
先ずは瓦斯。最後に水道(電話はとっくに不通/不在)
「お家賃は」
それはね。と、ぼくは答える。彼女はとてもいい間借人さんで(だから)大家さんは分かって呉れる。
「そうですか」
そうだよ。