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第一話 雪庭の誓い

シリーズもの第一話です。

楽しんで読んでくれたら幸いです。

これからよろしくお願いします!

【11年前 冬季舞踏会 王宮外庭】


「フランでんかー」

 

 雪の降り散る王宮の外庭に響き渡る幼い声。

 

「フランでんかー、どこにいらっしゃいますかー?」


 フラン、という人物を探しているらしき幼い少女は、その小さな身体を懸命に動かしながら、とてとてと外庭を走り回っていた。外庭には他に人影もなく、辺り一面には美しくありながら、それでいて寂しげな銀世界が広がっていた。現在王宮にいる人たちは皆、舞踏会に参加するために集まっており、ホールで音楽に身を任せながらステップを奏でたり、あるいはその横で談笑したりする姿が見られていた。

 そのため、当然雪が降り積もる外庭に出ている人などいないため、外庭はひっそりと雪に埋もれながらその景色をさらに銀色に染めつついるのであった。


「フランでんか……?」


 その中を駆け回る幼い少女が一人。

 声の主はシェリー=クロイツェフ。

 彼女はまだ齢6歳にも満たない可憐な少女であった。

 シェリーは白い息を寒そうに口から吐きながら、懸命にお目当ての人物を探し続ける。


「フランでんかー、どこですかー?」


 シェリーは首をひっきりなしに左右に動かしながらフランを探していた。

 先ほどからこうして声を張り上げながら探しているのだが、一向に見つかる気がしない。

 

 (うー、どこに行ったんだろう……?)


 こうも見つからないと、いったいどこに行ってしまったのだろうと少し不安になってくる。

 シェリーが現在探しているフランという人物は、このシュルツ公国の第三王子、フラン=シュルツのことである。フランはよく侍従に何も言わずに、図書館や庭園の散歩などに行ってしまうため、彼の消息が消えることが多々あり、そして、その事態に気づいた侍従たちが騒ぎ始めた頃合いに、人知れず戻ってきていることが頻繁にある。そして、今回もおそらくその例にもれず、どこかに散歩にでも行っているのだろうとは思うのだが、それでもいてもたってもいられず、フランの居場所を探しに外庭まで来たのである。


 (別に暇になったからとか、そんなことじゃないもん)


 大体フランでんかは王子なのに一人で行動なんて危ない! この命知らず! と侯爵令嬢の自分が一人で行動していることは棚に上げて、現在行方不明中のフランに愚痴を言う。


「フランでんかー」


 何度目になるかわからないフランの名前を呼び掛けた直後に、身体がブルルッと震えた。

 それもそのはず。

 幼い身体には酷なほど寒い中、20分以上も身体を動かし続けていたのだから。

 身体が冷え切ってしまうのもそう時間がかからないだろう。

 

 (流石にもう中に戻ろうかな)


 鼻水も垂れてきたことだし。

 ずびび、とシェリーは少女らしからぬ仕草で鼻をすすり、舞踏会の会場であるホールへ戻ろうと踵を返した。


———その時だった。


「シェリー」


 シェリーの背中から声がかかった。

 幼い子ども特有の高い声でありながら、静かで優しくささやくように語り掛ける、そんな柔らかい声だった。 

 シェリーは知っている。この声の持ち主を。


 (ああ、よかった。ここにいた)


 淡々と、まるで独り言のように彼女の名前を呼ぶその声を。しかし、それでいて心の底から安心できる、その声をシェリーはこの公国の誰よりも知っている。

 この声を聞いたら、ただ無条件で、笑顔で振り向けばいい。

 誰かなんて考えなくても分かっている。

 私の名前を、そっと柔らかい布で包んでくれるように呼んでくれる人は、彼しかいないのだから。

 シェリーは花開いたような笑顔で勢いよく先ほどの声の主の方を振り返った。

 

「フランでんか!」


「フラン殿下、だ。……いい加減その舌ったらずな喋り方はやめたらどうだ?」


「うー?」


「……分からないならそれでいい」


 フランが「はあ……」と膝に置いていた分厚い本に目を落としながらため息をついた。その姿を見ながら、シェリーは嬉しそうに目を細めて笑いながら白い息を吐く。 

 ポンポンと歯切れよく進むフランとの会話が、シェリーは何よりも大好きだった。

 フランは唯一雪の降り積もっていなかった岩の上に座って、自分の膝に収まり切れないほどの分厚い本を読んでいた。

 正直なところ、シェリーにはフランが読む「本」というものの面白さが全く理解できなかった。書いてある内容はちんぷんかんぷんだし、そもそも紙いっぱいに字がありすぎて、目がぐるぐる回ってくるのだ。

 以前はフランも読書の素晴らしさをシェリーに教えようと、読み聞かせやおすすめの図書室の本を貸してくれていたのだが、読書を始めてからものの5分と経たないうちに寝息を立てるシェリーにフランも諦め、今ではすっかり1人で楽しむようになってしまった。


 (今日は何の本を読んでいるんだろう……?)


シェリーはフランを探していた時の疲労などすっかり忘れて、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、読書を続けるフランを見上げた。


「フランでんかー、私にも分かるように読み聞かせしてくださいー」


「こんな寒い中で眠られては困る。誰が室内まで運ぶと思っているんだ」


 王族にそんなことさせるのはお前くらいだぞ、とフランは付け加えながらパタンと読みかけの本を閉じ、岩の左端へと座る場所を移動した。左に寄ったことでできたスペースをフランは手で軽く払うと、おもむろにシェリーの方を振り返った。

 ———上がって来いってことなのかな?


「こっちに来い」


 シェリーに手を伸ばしながら、フランが自身の隣を促す。

 はあい! とシェリーは元気に返事をすると、岩に上ろうと腕まくりをして———「腕はまくるな。風邪をひく」 「……はあい」———よじよじとフランのもとへ向かった。

 

「……おお! すごい高いですね! フランでんか!」


 岩の上に立ってみて初めて分かったことだが、日頃自分が見ている景色とは高さが違うため、見るもの全てが違ったものを見ているかのように変化するのが見てて飽きなかった。


「これが大人の景色ってやつですね!」


「そうかもな。……危ないからそろそろ座れ」


「えー」


「す、わ、れ」


「あい……」


 シェリーの軽い抵抗など簡単に捻りつぶして、フランはシェリーを己の隣に座らせるのであった。

 岩の上は先ほど前までフランが座っていたためか、まだほんのりと温かみが感じられ、それがシェリーの冷え切った身体には心地よかった。


「くしゅんっ」


 しかし、一部分のみの温もりだけでは冷えた身体を完全に暖めることは無理だったらしい。むしろ身体の一部だけが暖まったことで、今まで寒さを忘れていた身体が、その肌をさす寒さを思い出し、悲鳴を上げ始めていた。

 フランがそんなシェリーを見て、眉を顰める。


「そんなに身体が冷えるまでいったい何をしていたんだ?」


 まったく、と呆れたように息を吐くフランに、心外だと言わんばかりに頬を膨らませながらシェリーは返事をする。


「……フランでんかを探していました」


「俺を……?」


 大方、庭園に降り積もる雪を見て、はしゃいで外をひたすら走り回っていたとでも思っていたのであろう。フランはそんなシェリーの返事を聞いて、動揺したように大きく目を見開いた。


「俺を………探してた、だと?」


「あい。室内にいなかったので、どこかなあって気になって。……フランでんかこそ、どうしてこんな寒い場所で本を読むのですか?」


 別にわざわざこんな寒い場所ではなく、暖房のついている室内で読めばいいのに、とシェリーが不思議そうに首を傾げる。すると、そんなジェリーの目の前でフランは目線を下げ、己の顔を隠すようにしてうつむいた。


「それは……」


 口元を引き結んで、何かを堪えるように唇を噛むフランの姿にシェリーはドキリとした。


 (フランでんか……?)


 その姿は普段の落ち着いたフランからは遠くかけ離れた姿だった。

 まるで何かに怯えているような。

 何かを押し殺しているような。

 そんな表情だった。

 

「フランでん……」


「———どうして俺なんかが王子なのだろうな」


 心配に胸がざわついたシェリーは思わず声を上げる。しかし、それを遮るようにして、フランはおもむろに喋り始めた。

 そのフランの言葉に、シェリーはさらに困惑する。


(やっぱり今日のフランでんか、何かおかしい……?)


 普段なら決して言わないような弱音を吐くフランも、自分の目の前で辛そうに顔を歪めるフランも、どれも今までシェリーが知っているような彼の姿ではなかった。


「俺なんかって……フランでんかはこの国の誇るべき王子ですよ……?」


 そう父様も言ってました、と様子のおかしいフランに対して懸命に言葉を紡ぐ。

 しかし、そんなシェリーの言葉を聞いて、フランは悲しそうに笑った。

 その悲しそうな顔が。

 フランが今にも消えてしまいそうに思えてしまうほど儚く見えて、シェリーは自分の心臓がどきりと跳ね上がるのを感じた。


「違うんだ、シェリー、……俺は……俺はこの国には必要ないんだ」


「……っ!? 必要ないなんてっ!」


 思いがけないフランの言葉に反発しようとしたシェリー。

 しかし、そんなシェリーの言葉を遮るようにかぶりを振り、フランは優しくシェリーの手を握りながら諭すように話し始めた。

 その姿はまるで、シェリーが駄々をこねているのをフランがなだめているようで。

 ……私が間違っていること言ってるみたい。

 自分を落ち着かせるように優しく握られている自分の手を見つめながら、ジェリーは黙ってフランの言葉に耳を傾けた。


「シェリー」


「……なんですか」

 

「シェリーも知っている通り、俺は第三王子だ。だから、継承権も低い」


「けいしょーけん……?」


「簡単に言うと、王様になる順番のことだ」


「……フランでんかは、王様になる順番が遅い……?」


「そういうことだ」


 良くできました、と言わんばかりにシェリーの頭を優しく撫でるフラン。

 そのシェリーを見る顔つきは優しいものであったが、しかしやはりフランはどこか苦しそうだった。


(どうして、そんな辛そうに笑うの……?)


 そんなフランの顔は見ていたくなかった。 

 シェリーにとって、フランは一緒にいて安心感をもたらしてくれる、心がぽかぽかするお兄ちゃんのような存在だった。

 そんなフランの辛そうな、弱っている姿を見るのはシェリーのとっても苦しかった。

 いつものフランに戻ってほしい、そう願いながらシェリーはフランに問いかける。


「……フランでんかは、王様になりたいの?」


 そんなシェリーの質問に、フランはゆっくりとかぶりを振る。


「違う、そうじゃない。……ただ俺には兄様たちと違って、王子としての意味が何もないんだ」


「そんなこと……!」


「そういうことなんだよ、第三王子ってのは」


そんなことない、と思わず声を上げかけたシェリーを制するようにフランはゆっくりと呟いた。けれど、すぐにフランはそんな自分の言葉に傷ついたように顔を歪ませる。

俺は必要ないんだ、ともう一度自分に言い聞かせるように小さく呟くフランの背は、普段よりずっと小さく見えた。

そんなフランの姿を見ていると、シェリーは自分の心の奥で黒い靄のようなものがかかり始めているのを感じた。


 ……悲しみ?

 

(…………違う)


 ……不安?


 (…………違う)


 ……焦り?

 

 (…………違う!!)


「………フランでんかは必要ですよ」


「シェリー………?」


「フランでんかはっ! すっごく大切な人です! 必要な人なんですよ!」


 これは怒りだ。


(フランでんかが必要ないなんて、そんなことなんか、絶対ない!)


 「フラン殿下はこの国を担う大変立派な人物になる」と、シェリーの父もものすごく嬉しそうに言っていたのをシェリーは何度も聞いていた。自分のことを誉められたわけでもないのに、シェリーまで頬を緩めてその言葉に喜んでいたのを昨日のように覚えている。

 きっとフランはこの国をもっと輝かしてくれる。

 そう想像するだけで、いつもシェリーの胸はドキドキとワクワクで膨らんでいた。


(それなのに……)


 シェリーは耳を疑った。

 当のフランが「自分は必要ない」などと、そんな風に自分を貶めるような発言をするなんて信じられなかった。

 シェリーの言葉に呆然としているフランを睨みつけるように見つめ返す。シェリーを見つめる彼の顔は何かを探し求める子犬のように寂しそうだった。

 いや、事実なにかを探しているのだろう。

 自分を肯定してくれる存在を。

 自分の必要性を強く断言してくれる、自分の価値を求めてくれる、そんな存在を。

 フランはいま探しているのだろう。

 

 (だったら私がする!)


 私が求める。

 私が認める。

 何様だとかそんなお前には権利はないだろうなんて、周りに馬鹿にされてもいい。

 私が。

 フランが必要だと声高に断言するんだ。


「……フランでんかは私にとって、すっごく意味のある人ですよ!」


「……シェリー」


「だからっ、だからそんな悲しいこと言わないで!」


 言いたいことがまとまらなくて、じたばたと暴れる感情に耐えきれなくなって、シェリーの目から透明の雫が流れ落ちた。

 いやいやと首を振ってフランに抗議するシェリーをフランは優しく抱き締める。そして、シェリーの頬に伝わる涙をフランは大切そうに拭った。


「シェリー」


 己の名を呼ぶその声に顔を上げると、フランは何かにすがるような目でこちらを見ていた。 

 それは迷子の子犬のような目で。

 フランはこちらを見ていた。

 そして、フランはゆっくりと問いかけた。

 恐る恐る、言葉を選ぶように。

 シェリーに縋るように。

 ゆっくりと問いかけた。

 まるで、自分の存在を受け入れてもいいのかと期待するように。


「お前は……お前は、こんな俺を必要としてくれるのか?」


「フランでんかだからこそ、必要なんです」


 そこ、間違わないでください。


 そう少し拗ねたように答えると、フランはおかしそうに笑った。

 そうか、と1人呟くその声に、もう陰りはなかった。


「よっ、と」


 シェリーが落ち着いたのを確認すると、フランはおもむろに岩から飛び降りた。

 そして、後ろを振り返るとシェリーに向かって手を差しのばす。


「ほら、屋敷に戻るぞ。これ以上ここにいたら風邪を引く」


「あい……」


 フランの手を取り、岩から降りる。彼の手は暖かくて心地よかった。


「シェリー」


「あい、なんですか、フランでんか?」


「良かったら、俺の騎士にならないか?」


「きし?」


 そのまま手を繋ぎながら屋敷に向かっていると、フランがおもむろにそう聞いてきた。

 「きし」というものが一体何なのか見当のつかないシェリーはただ首を傾げる。

 そんなシェリーの前髪を優しく透きながらフランは答える。


「大切な人を守る職業のことだ」


「大切な人を……」


「ああ、お前は、その……俺のことを大切だと言ってくれたからな……。それでどうだと思ったんだ」


 先ほどの出来事を思い出したのか、恥ずかしそうにシェリーとは明後日の方向を見るフランの首元に、シェリーは嬉しくなって飛び付いた。


「うわっ、お、お前危ないだろ!」


「でんか、私、きしになりたいです!」


「……ほ、本気か? 俺が言っておいてなんだが、並大抵の努力じゃ無理だぞ? というか、そもそも女子は———」 


「それでもなりたいです!」


 シェリーは目を輝かせながらフランを見上げる。


「だって、そうすればフランでんかとずっと一緒にいられますもんね!」


「………………」


「……? フランでんか……?」


「あ、いや、な、何もないぞ、うん」


 頬を赤く染めたフランがシェリーから顔を背ける。


 (もしかして、風邪!?)


 これは一大事だ! と焦ったシェリーはフランの手を引っ張りながら、一目散に屋敷へと駆け出した。


「フランでんか、あと少しですからね!」


「は?お前は何を言って———って、おい! そんなに引っ張るなって、聞け! おい、シェリー!」


 当初慌てていたフランも、シェリーの楽しそうな声を聞いて顔をほころばせ、そのまま二人は笑顔で屋敷へと手を繋ぎあって駆けていった。


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