プロローグ
こちらは、秋月忍様主宰『男女バディ祭』参加作品……として書きましたが、期間内に終わりませんでした。ごめんなさい。
ゆるふわ設定なし、グロ注意シリアス展開オンリーのゴリゴリファンタジーですので、苦手な方はブラウザバックをお願いします。
イラスト:相内 充希様
「ライル、行ったぞ! そっちだ!」
「OK」
白いローブを羽織った二人の男が、一匹の魔獣を追い詰めていた。
一人は短髪で肌が日に焼けて黒くなっている大男。
もう一人は金髪で華奢な身体をした優男。
互いに連携をとりながら体長5メートルはある巨大な魔獣を誘導している。
魔犬ケルベロス。
地獄の番犬とも称される魔界の魔物である。
最凶最悪のこの魔獣は、数日前に人里近くの農村に現れて農夫を襲った。
幸い、農夫は肩口が少し裂ける程度の軽傷で済んだものの、その時そばにいた家畜がやられている。
また、そこから少し離れた農家では牛が何頭も殺された。
そこで村人たちが教団に頼み込んで派遣してもらったのが彼らである。
イシス教団所属・対魔物退治のスペシャリスト『ハンター』
国内のあらゆる魔物を退治した実績をもつプロフェッショナル集団だ。
歴史上最悪の事件と言われたルシファー召喚事件を解決したのもこの組織である。
中でも、今回派遣されたライルとカインは『ハンター』屈指の実力者だった。
この二人にかかって仕留められなかった魔物はいない。
「さあ、来やがれワン公」
ライルは足を止めると身構えた。
手には魔法石がはめ込まれた大きな杖が握られている。
そんな彼の目の前に、ケルベロスが草むらの陰から大口を開けて飛び出してきた。
否。
金髪の男カインの誘導によって目の前に飛び込むよう仕向けられたのだ。
ライルはすかさず手に持った杖を突き出すと、ケルベロスの鼻柱に叩きつけた。
「ギャイン!」
激しい衝撃が彼の全身を襲う。
巨大な鉄球を受け止めたかのような衝撃だった。
並みの人間なら、その勢いで後ろに吹き飛ばされていただろう。
しかしライルは強靭な肉体でその衝撃に耐えた。
ミチッと筋肉が悲鳴を上げる。
だが彼は少しの隙も与えることなく全魔力を杖の先に放出させた。
「ぬうん!」
「ギャワァ!」
魔力の渦は光の柱となり、ケルベロスの身体を燃え上がらせた。
魔界の魔物は光の魔法を浴びると青い炎に包まれる。
それはどんな魔物でも一緒である。
炎はケルベロスの全身を包み込み、さらに勢いを増して飲み込んだ。
「ギィィ……」
もはや断末魔の悲鳴は聞こえない。
体長5メートルを超す魔獣は、こうして消滅したのだった。
※
「ふう、終わった終わった」
杖をついて身体を支えるライルに、相棒のカインが手を差し伸べる。
「お疲れ」
「たまには交代してくれよ、カイン。退治役はキツイぜ」
「自分で倒して手柄にしたいって言ったのはそっちだろう?」
「は? いつの話だよ」
「君と組むことになった時かな」
「なんだそりゃ。何年も前の話じゃねえか。その時は手柄は二人のもんだって規約で決められてるの知らなかったんだよ。同じ手柄ならオレは楽なほうを取りたい」
「だとしたら、今のままが正解だね。退治役のほうが楽だ」
「……ま、違えねえ」
がはは、とライルは笑う。
逃げまどう魔物を退治役の前におびき出すというテクニックは相当な訓練を要する。
魔物の行動パターンを熟知した知識と、とっさの判断、そして地形を意識した臨機応変さが必要だからだ。
訓練だけでは培うことができない類まれなるセンスも必須となってくる。
どれもライルには備わっていないものだった。
カインのように魔物をうまく誘導できるのは『ハンター』の中でも何人いることやら。
「ところで、聞いたかい?」
額の汗を拭いながらカインは言った。
「なにをだ?」
「ナタリー様が神殿内から行方をくらませたらしい」
「は?」
ライルは一瞬、動きを止めた。
まるで今日の食事は何だろうという軽いノリで話すものだから、思わず聞き間違いかと思った。
「ナタリーって、あの伝説の聖女ナタリーか?」
「ああ、あの伝説の聖女ナタリー様だ。というか、様をつけろ、様を」
聞き間違いではないことがわかって、ライルは「はん」と鼻で笑った。
「まさか。あの敬虔なイシス教信者様が黙って神殿を出ていくはずがない」
「僕だって信じられないさ。でも事実らしい」
静かに、しかしはっきりと言うカインに、ライルは真実だと悟った。
そもそも、カインはナタリーに心酔している。
彼女がマイナスなイメージになることなど、想像でも言うはずがない。
「……どこの情報だ?」
「魔力調査機関」
「お前の古巣か」
魔力調査機関は、国内屈指の情報収集機関である。
カインはもともとそこの一級諜報部員だった。
イシス教特別魔物退治組織『ハンター』に引き抜かれるまでは第一線で活躍しており、今もなおそのコネを持っている。
その魔力調査機関から得た情報だ。信憑性は高い。
「にしても、どうしてだ?」
聖女ナタリーは神殿内でも人気が高い。
とりわけ女性子どもに大人気で、ナタリーの周りにはいつも子どもたちがいた。
当の本人も幸せそうに見えた。
「もしかして、さらわれたのか?」
「そう思うかい?」
自分で言っておきながら「それはないな」と否定する。
彼女の聖女たる所以は何もその人柄だけではない。
かつて世界を恐怖に陥れた大悪魔アスタロスをたった一人で滅してしまったその強さにある。
彼女はアスタロスの屋敷に単身乗り込み、そこにいる悪魔をすべて葬った。
多くの悪魔たちを従えていたアスタロスにいたっては、拳一発で昇天させてしまったほどである。
聖女という肩書に、形式として杖を持たされてはいるものの、彼女の戦闘スタイルは格闘術だ。
そしてその格闘術でかなうものは『ハンター』の中にはいない。
つまり、なんの抵抗もせずにさらわれるなど、考えられない。
「だとすれば、自ら出て行ったわけか?」
「そういうことになる」
「なんでまた。もしかして神殿の生活に嫌気でも差したか?」
くくく、とライルは笑う。
「君と一緒にするなよ」
カインはため息交じりにつぶやいた。
ライルは立場上僧侶ということになっているが、神殿での生活にはあまり馴染めていない。
もともと神をあまり信じていないし、説法で信者から金を巻き上げている司祭連中にも辟易していた。
ライルは『ハンター』を運営しているのがイシス教だったため、なくなくイシス教信者となったのだ。
数年前の彼はただの傭兵だった。
「それでだ。ライル、君にナタリー様捜索の命令書が届いている」
「は?」
「詳細はパイロン大司教が伝えるそうだ。大至急、神殿に帰ってくれ」
「ちょっと待て。オレ一人で? お前は?」
「僕には別の命令書が届いている。久々のソロ任務だ」
「マジかよー。そりゃねえぜー」
頭を抱えるライルにカインは言った。
「それはこっちのセリフだ」