青春を取り戻せ!
「間に合ってます。さようなら」
「あっ、違うんです! いや、違わないんだけど少しでいいからお話聞いてください! お願い!」
「うわっ!?」
ジュースの代金をテーブルに置き、帰ろうとしたら十河さんに袖を思い切り引っ張られた。
おかげでつんのめって、勢いよく床に顔を叩きつけられた。
「ぎゃあああ! ごめんなさいごめんなさい! あ、鼻血出てる」
「急に冷静になるのやめて。すごくこわい」
「じゃあ騒いだ方がいいですか!?」
「ごめん、騒がないでください。他の人に迷惑だから」
俺は周りからの視線を一身に浴びて、いたたまれない気持ちだった。
プロたるもの、ひっそりと影のように生きねばならないのだ。
このように注目を集めるのは本意ではない。
「とりあえず鼻血拭いた方がいいですよ?」
「なんで加害者なのに他人事のようなんだ?」
この人かなりやべーな。
さすが、いきなり世界征服とか口走る人は違うな。
「ティッシュどうぞ」
「ん、ありがとう。いや、ありがとうはおかしくないか? 十河さんのせいで鼻血出たのに」
「えへへ」
なんで照れてんの、この人。
サイコパスか?
「まあいいや、とりあえず場所を移そう。ここには居づらい」
「いいでしょう」
「なんでちょっと偉そうなの?」
よく分からない態度の十河さんにイラッとしつつ、喫茶店を後にした。
そんでもって、大学に戻ってきた。
学生という身分は往々にして金がなく、俺も例に漏れず懐事情が豊かとは言えない。
ただ話をするためだけに喫茶店のハシゴなどしていられない。
というわけで、ロビーの長椅子に腰かけ、テーブルを間に挟んで話を再開する。
「それで、世界征服って?」
「あ、聞いてくれるんですね。優しい」
「だって聞く流れじゃん。むしろ十河さんが引き止めたせいで帰りづらくなってるじゃん」
「それは一旦置いときましょう」
何故勝手に置いとくのか、というツッコミは話が進まなくなりそうなのでぐっと飲み込んだ。
まだ短い付き合いだが、実は十河さんって顔がいい以外に取り柄がないのではなかろうか。
「私、アニメや漫画みたいなキラキラした青春が送りたいんです。だというのに! この世界にはそんな都合よく少年少女が解決する大事件や冒険活劇は転がってないんですよ!」
「近い近い!」
十河さんは大声出しながら身を乗り出し、顔を近づけてくる。
おかげで周囲の学生たちの注目を集めてしまった。
喫茶店を出た意味!
「ということで、世界征服しましょう? 仲間を集め、全人類を傅かせましょう! ……という設定で大学生という青春を浪費したいなあなんて」
「つまりはごっこ遊び?」
「ですです。今更フィクションのワクワクドキドキを期待するには少々歳を取りすぎてしまいました。だからせめて気持ちだけでもと」
なるほどなあ。
その気持ちはわからなくもない。
俺とて、ソロ充を極めるまでは友達や彼女を作って物語のようにキラキラとした青春を夢見た。
結局その夢が叶うことはなく、今まで無理だったのだからもう無理だろうと諦めてしまった。
今では代償行為のようにアニメや漫画から青春のエッセンスを摂取している。
だが、十河さんはそれでも足りず、ならば自分でと行動を起こしたのだ。
なんだよ、メンタルリア充じゃねーか。裏切られた気分。
「で、その世界征服ごっこは何をするの?」
「それはこれから考えます」
「さてはてめえアホだな?」
「急に当たりが強くなりました!?」
「急じゃないんだよ。すでに散々失礼働かれてツーアウトだったんだよ」
もしかして自覚ないのか、この人。
「えっ、じゃあまだワンアウト残ってるじゃないですか」
キレそう。




