世界征服、しませんか?
たぶん完結しません(笑)
学食で一人飯を食らう。
世間ではそれは恥ずかしいことだという共通認識がまかり通っているらしい。
だが、ソロ充のプロたる俺くらいになると無関係な話だ。
今日も人目をはばからず、唐揚げ定食で長テーブルの一角を占拠するのだった。
もちろんピークタイムが過ぎ、席が疎らに空き始める時間を見計らって。
人様に迷惑を掛けないのがプロの流儀だ。
さて、三限が始まる前にちゃっちゃと昼食を済ませよう。
「あの、隣いいですか?」
いざ昼食をいただこうとしたタイミングで、誰かから声がかかる。
相席の申し出だ。
他の席が空いてるのだから、わざわざ隣に来なくても。
あるいは、一人が恥ずかしいから誰かと一緒のふりをしたいとか、そういった類いかもしれない。
「どうぞ」
とはいえ、器も広いのがプロというもの。
ソロ充ビギナーにはプロの生き様をしかと見せ、道を示してやらねばならない。
プロたるもの後進の育成にも余念が無いぞ。
決して、コミュ障だから断れないわけじゃない。
「ありがとうございます!」
ビギナーさんは快活にお礼を言うと、ハンバーグ定食をテーブルに置く。
ふと、横目で顔を窺う。
俺の好みに超どストライクの美人さんだった。
漆のように艶やかなセミショートの黒髪。
くりっとした目が象徴的な、幼さの残る顔立ち。
触れると壊れてしまうのではと思うほどの、きめ細かく、白い肌。
あまりの美貌に目が離せないでいると、彼女がふいに横を向いて目が合う。
ジロジロ見過ぎたなと思うが、ここで慌てて視線を外すとそれはそれで不審者くさい。
なので、そのまま凝視してやった。
すると、彼女は微笑み返してくる。
なんだこの人、かわいさの化け物か?
「よく一人でご飯食べてますよね?」
急に話しかけてきたと思ったら、嫌味か?
一人飯して友達いないんですかプププ、的な。
いや待て、プロとビギナーでは意識の高さに乖離があるという話を耳にしたことがある。
もしかしたら俺の思い過ごしで、他意はないのかもしれない。
ここはクールに行こう。
「それが何か?」
何でもない風に努めたが、なんか刺々しい言い方になってしまっただろうか。
「私も一人のことが多いんで友達になれたらな、と思いまして。あ、私、十河栞って言います。二年生です」
やはり、か。
友達を欲しいと思ってる限り、プロへの道は閉ざされたままだ。
ソロ充とは孤独によって満たされる者であり、自分を厳しく律することができる者の称号なのだ。
来たる日々、一人カラオケ、一人焼肉、果ては一人遊園地とソロ充道に邁進してきた俺が、なぜ今更友達を作ろうと思うものか。
それは過去の俺に対する裏切りに他ならず、とても恥ずかしいことではないのか。
「千坂晃、二年です。よろしく」
俺はソロ充を辞めた。
美人には勝てなかったよ。
***
昼食を摂り終え、三限と四限は十河さんと一緒に受講した。
どうも同じ講義を取っていたらしい。
こんな美人が近くにいて気がつかないとは、もったいないことをしていた。
知っていたらどうにかしていた訳でもないが。
ついでに明日の予定も聞くと、見事に俺の取ってる講義と丸被りしてた。
なんだこの人、俺のファンか?
「この後、空いてます? よければ、どこかでお話しません?」
「えっ、あ、はい」
まだ知り合ったばかりなのに距離の詰め方早すぎじゃないだろうか。
勢いに飲まれて何も考えずオッケーしてしまったが、もしかしたら壺とか買わされんのかな?
まあ、俺はプロだから美人からの誘いを断るのは造作もない。
であれば、美人と同じ時を過ごせるのは役得だなんて思いつつ、大学近くの喫茶店へ入った。
「ときに千坂くん。貴方は何か大きな事を成し遂げたいと思ったことはありませんか?」
十河さんは注文したオレンジジュースを一口飲んで、おもむろにそんな問い掛けをしてきた。
「まあ、あるっちゃあるのかなあ」
十河さんの指す大きな事が具体的に何を指すかは分からない。
だが、今まで十河さんについて分かってることは、彼女はアニメや漫画が好きということだ。
それを鑑みれば、フィクションのキャラクターに憧れるかということなんだろうか。
俺としては少年漫画の主人公が大人顔負けの活躍をする冒険活劇には人並みに憧れたりもする。
思い返せば何の起伏もない人生を送ってきたのだし、たまには刺激的な青春を過ごしてみたい。
「ですよね! 千坂くんならそう言ってくれると思ってましたよ」
「ちょっ、近い近い」
二人がけのテーブル席に向かい合って座っていた十河さんは、ぐいっと身を乗り出して顔を近づけてくる。
「おっと、失礼しました」
そう言うと十河さんは姿勢を正した。
なんだこの人、童貞絶対殺すウーマンか?
思わずドキドキ死するところだった。
「話を続けましょう。私も一つ、大きな野望というんですかね。叶えたい夢がありまして。一緒に夢を目指してくれる仲間が欲しいんです」
「ほう」
なんか夢とか怪しいワードっぽくない?
俺はいつでも逃げ出せるよう、カバンに手を掛けておく。
「どうせなら気の合う仲間がいいですよね。そこで千坂くん、あなたです! 取ってる講義も同じ、一人行動が多いのも同じ、今だって同じオレンジジュースを飲んでます」
「飲み終わったけどね」
ソロ充のプロは飲食物を粗末にしない。
逃げ出す際にコップが空でなければ問題だ。
決して、ケチな訳では無い。
「なんと。まあ、飲みっぷりがいいのは大いに結構。私はそういう男の子好きですよ」
「それはどうも」
簡単に好きとか言うな、勘違いしちゃうでしょうが。
心臓をバクバクさせつつも、表面上は平静を装う。
ここで動揺してるのを悟られたら、逃げるのに不利になるかもしれないからな。
「さて、千坂くんは私の夢を手伝ってくれるんじゃないかと前々から目をつけてたんですよ」
「はあ。で、その夢って?」
「はい、よくぞ聞いてくれました! 私と一緒に――――」
十河さんはそこで一旦言葉を切り、息を溜める。
そして、一大決心をするように自分の両頬を叩き、再び口を開いた。
「――――私と一緒に、世界征服しませんか?」
宗教の方だったか。




