決着
戦いは終わった。
二人の魔法使いの運命は――。
いよいよ最終回!
アキラが氷漬けのシュトルフから視線を外した時、プールサイドに理事長のバーシア・バーナディンが現れた。神威の遠吠え、そして、ライトニング・デス・ヘルの轟音に、様子を見に来たのだ。
氷付けになったプール、そして剣に貫かれた血まみれのアキラを見て、さすがのバーシアも言葉を失った。
「よ、よぉ、りじちょうのねえちゃん……。生徒会費の横領犯と、その証拠物件、提出するぜ……」
その時、アキラの脇腹に、激痛が舞い戻って来た。張り詰めていた緊張が切れたためだ。喉から呻きが漏れる。
「さ、さすがに、治癒呪文(ヒーリング)のひとつもかけとかねえとな……」
アキラは剣の柄に手をかけ、引き抜こうとする。が、思うように力が入らない。
「が……っぁぁ……おおぉぉ……っ!!」
じりじりと剣を抜いていく。その時、フロアにアブリルが現れた。ロープで縛り上げられたゲイスを引きずり、アキラを追って来たのだ。
アブリルがプールサイドに出るなり、自らを貫いた剣を引き抜いているアキラが目に入った。
剣が引き抜かれたところから、ばちゃっと血がこぼれ、再び吐血するアキラ。
「アキ……ラ……」
その光景を見た瞬間、アブリルの真紅の瞳は、スゥの紫の瞳に変化した。
「ア、アキラくんっ!」
アキラはもつれる足で必死に身体を支えながら、意識を集中しようと必死になっていた。しかし、無気味な脱力感と痺れからマナをうまく集める事が出来ない。
――ま……まずい……か……? くそっ……力が……抜けていきやがる……――
すでに周囲は見えておらず、手探りで脇腹を押さえ、それ以上の出血と、内臓が押し出されてくるのを防ごうとするのがやっとだ。指の間からはおびただしい出血が続いていた。
一瞬、頭の中が真っ白になり、アキラの身体は支点を失い、倒れていく。
――ちくしょう……。倒れちまうなんて……みっともねえ……――
しかし、床に激突するショックはいつまでも訪れなかった。かわりに、何か暖かく柔らかいものに抱きとめられる感覚。
「慈愛の祝福!!」
天上の音楽のようなその声を聞き、なんとかそちらへ意識を集中すると、そこにはスゥの愛らしい顔があった。
「へへ……スゥ、無事だったか……。ヤツは、つかまえたぞ……。仇は、とったからな……」
アキラは至福の安らぎの中で、意識が白くなっていくのを感じていた……。
「……ありがとうです……、アキラくん……ステキな、カッコいい大魔法使いさん」
意識を失ったアキラを膝枕で寝かせ、傷口にヒーリングをかけながらスゥの言った言葉はアキラに届いていたか……。
バーシアは何も言わず、その場を立ち去った。
次の日、スゥはアキラの見舞いに保健室に来ていた。治癒魔法とて万能ではない。傷を治し、アキラの命を救った治癒魔法ではあったが、失った血液まで取り戻せるわけではない。アキラは大量の輸血を受け、まだ入院中の身だった。
病室の隅には神威が寝そべっており、アキラの肩にはいつものようにサラマンダーの雷太が鎮座していた。アキラは顔色こそまだ良くなかったが、かなり元気を取り戻していた。スゥが見舞いに来ているのだから尚更だ。
と、そこへ理事長のバーシア・バーナディンが現れた。
「りじちょうのねえちゃん、おいっす!」
「バーシア理事長、こんにちはですぅ~」
バーシアは保健室に入ってくると、にっこり笑った。
「あの二人の横領の件は、こちらでも確認が取れたわ。証拠物件も一緒に引き渡してもらえたおかげね。残念だけど、あの二人は退学処分になったわ」
バーシアの表情は少し曇っていた。理事長の立場では、やはり退学者など出したくなかったのであろう。
「そうか……。ま、仕方ねえだろ」
「それで、今日はあなた達に対しての処分を伝えに来たの」
バーシアの言葉に、スゥは驚いた。
「え~、どうしてアキラくんが処分されるんですかぁ? りょーおーしてた会長達をやっつけたんですよぉ?」
「いや……だから横領だってばよ」
スゥの真剣な表情に、バーシアは少し、目をふせる。
「でもね。やっぱりあれだけの騒ぎを起こして、施設を一時的にも使用不能にした責任は、ちゃんと取ってもらわなくちゃ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、スゥは関係ねえだろ。全部俺様がやったんだ。スゥを処分する必要はねえ」
まだ血の気の戻らぬ蒼ざめた顔で必死に主張するアキラに、バーシアは少し微笑んだ。
「二人で戦闘状態に入った事はわかっています。スゥさんは覚えていないようだけど、ゲイスくんを捕まえたのはスゥさんのようですしね」
「く……っ」
アキラは唇を噛み締めた。自分はどんな処分でも我慢できる。そもそも一人で旅をしていた彼としては、退学処分になったとしても構わないという気持ちがあった。
もちろんせっかく出会えたスゥともう会えなくなるのは辛い。だが、いくら敷地が広大であるとは言っても、城壁に囲まれた限られた範囲に閉じ込められる事は、自由を愛するアキラにとって窮屈さを感じる部分でもあった。
自分が退学になるのは、それはそれでいい。しかしスゥにまで類が及ぶというのであれば、黙っている事はできない。
「では、処分を伝えます。
アキラ・ユーマ君は、欠員になった中等部生徒会会長として、生徒会の各業務を円滑に行う事。
スゥ・アブリル・グロウウェルさんは、アキラ会長の補佐として、欠員の補充があるまで、会計の業務なども兼任する事。
いいですね?」
バーシアの言葉に、スゥの顔がぱっと輝いた。
「バーシア理事長、それじゃあ……」
これでは処分ではなく、抜擢だ。スゥはまだ信じられない思いでアキラを見た。アキラもまだピンと来ていない表情だ。
「しっかり私の手足となって働くのよ?」
バーシアはいたずらっぽくそう言って、保健室を出ていった。
「りじちょうのねえちゃん……」
アキラは呟く。
「俺様が……会長?」
「アキラくん、よかったですぅ~」
スゥの微笑みがそばにあった。それはとても心地いいものだった。
アキラの心に強い感情が湧き上がって来た。アキラはその感情が、喜びである事に気付いた。
そう。今のアキラにとっては、自由を求めて学園を去る事よりも、スゥと一緒にいられる事の方が大切だったのだ。
「……よぉし……やるぞスゥ! ビシッとな!!」
「はぁい~!」
窓からの優しい日ざしの中で気合いを込めるアキラ達を、部屋の隅でうずくまっている神威は目を細めて見つめていた。
それは、息子の成長を見つめる、父親の眼差しであった。
この小説はここで完結です。
ですが、この「物語」はまだまだ終わっていません。
彼らの冒険を、またどこかでお目にかける事をお約束します。
お楽しみ頂きありがとうございました。
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