戦闘開始
彼らが遭遇した――悪。
ついにガチバトル、開幕。
「二人とも、何してるんですか!!」
スゥの声にシュトルフとゲイスは振り向いた。が、全く悪びれる様子はなく、ニヤニヤ笑いを浮かべたままだ。
「グロウウェル書記長、君は今日は来なくてもいいと言っておいたはずだが?」
『暗黒の鎧』を身につけたシュトルフが、落ち着き払って言う。
「そうそう。出しゃばって首を突っ込むと、後悔するよ?」
ゲイスの笑いが、変質的な調子を帯びてスゥを嘲笑っていた。
「てめえら!! 調子に乗ってんじゃねえぞ……!」
アキラは思わず立ち上がり、スゥをかばうようにスゥの前に出た。
「……なんだ? 君は」
「俺様は究極の大魔法使い、アキラ・ユーマ様だ! この学校の事はまだよくわからねえが、てめえらがとんでもねえ悪党だって事はわかった! 許しちゃおけねえな!」
シュトルフとゲイスは顔を見合わせて笑い出した。
「何がおかしい!!」
「そうですぅ! りょーおーするなんて、許せないですぅ!」
スゥが生徒会室に入り、つかつかとシュトルフに詰め寄ろうとした時、ゲイスはニヤリと笑って指を鳴らした。次の瞬間、スゥの足下に仕掛けてあったトリックワイヤーがピンと張り、スゥは思いっきり転んでしまう。
「あゃ~~~~~~~~」
「スゥ!!」
アキラが思わず声をあげると、スゥは起き上がって鼻をさすりながらアキラを振り向いた。
「あはは……転んじゃったですぅ」
「……てめえ!!」
アキラはトリックワイヤーを避け、スゥに駆け寄ろうとした。が、一瞬早くシュトルフは足下に座り込んでいるスゥのローブの胸ぐらを掴み、引っ張りあげた。
小柄なスゥの身体は軽々と持ちあげられた。
「りょーおー? なんだ? グロウウェル書記長」
「……横領だ!」
アキラの答えに、シュトルフの笑顔は更に凄みを増した。
「ふ~ん、我々が横領を、ねえ……。そんな事を言っていると、君たちを、会長不敬罪で処罰しなくてはならなくなるよ?」
「バカ言ってんじゃねえ! 誰がてめえみてえなアホゴリラを敬うってんだよ!」
アキラの言葉に、スゥの胸ぐらを掴んでいるシュトルフの手に力がこもった。ギリギリとローブの首が絞まっていく。
「く……苦しいですぅ……」
アキラの頭にカッと血がのぼった。
「てめえ……。スゥを離せ! さもないと……」
「さもないと……? どうなるっていうのかな?」
シュトルフは怒りに満ちた冷笑で頬を痙攣させる。
「アキラくんが……会長達を……やっつける……ですぅ……」
スゥの消え入りそうな声が、シュトルフを刺激した。
「……おもしろい!! やってもらおうじゃないか!!」
シュトルフは怒りに任せて叫んだ。
スゥの発言は許されるものではなかった。最強は、生徒会長であり、最高のファイターである自分でなければならなかった。全生徒はそれを讃えるべきなのだ。なのにこの女は。よりにもよってこのようなひ弱な魔法使いの方が強いとでも言うのか。
シュトルフは怒りに任せ、スゥの胸ぐらを掴んだまま頬を殴り、そのまま投げ捨てた。
「てめえ……。今、何をした……」
それを見たアキラの中で何かが切れた。同時に、異常な程冷静になる。怒りが頂点に達している時のこの冷静さは、彼が初めて体験するものだった。
「君に、分相応って言葉を教えてあげたくってね……。邪魔者をどけただけだ」
シュトルフは醜悪な笑顔でアキラに接近してきていた。
「けっ、てめえみてえな野蛮人に教えてもらう気はさらさらねえな。てめえだってサルやゴリラに物を教わりたくねえだろ……? って同類だからかまわねえか」
シュトルフのこめかみに血管が浮き出る。
「どうやら……」
「痛い目にあいたいらしいな、だろ? おつむの悪いやつは語彙が貧困だな。こんなのパターンじゃねえか」
シュトルフの顔が朱に染まった。すでに冷笑すら消え、憤怒に表情がこわばっている。
「アホゴリラのてめえにもわかるように説明してやる……」
床に倒れて苦痛に声もでないスゥは、見上げるアキラのその表情に、なぜか養父の姿が重なって見えていた。
「横領で私服を肥やすのは悪りい事だ。進化しきれてねえアホゴリラのくせしやがって人を見下すような態度なのも気にくわねえ。だがな、俺様が一番許せねえのは……」
「アキ……ラ……くん……」
凛と響き渡る声で断罪するアキラを見ながら、スゥの意識は遠くなっていく。
「一番許せねえのは、俺様の大事な女をバカにし、殴り、放り投げやがった事だ!!」
その言葉はスゥに届いていたか……。
「許さなかったら……どうなると言うのだ!」
距離を保ちながら廊下の方へ向かうアキラを追いながら、シュトルフが怒鳴る。
「一度聞いても理解できねえあたり、ほんと頭悪りいな、このタコ!
スゥが言っただろ、俺様が、やっつけてやるってよ!」
「貴様のようなひ弱な魔術師に、この俺が負けるものか!」
シュトルフの、自ら鍛え上げた肉体に対する絶対的な自信。そして、新たな装備への信頼。圧倒的な有利さを確信してシュトルフは吠えた。が、圧倒的に不利なはずのアキラは全く臆していなかった。
「へっ、バーカ。身体使って戦うだけのゴリラに、この俺様が負けるかよ!
……いでよ黒炎!灼熱の炎嵐! ……食らえ地獄の業火!!
爆炎竜巻!!」
アキラの周囲のマナが振動し、轟炎となってシュトルフを包み込んだ。が、その炎が消え去ると、シュトルフの笑い声がこだました。
「ははははははは! この鎧は『暗黒の鎧』! 全ての暗黒魔術を跳ね返すのだ!
……さぁどうする? 究極の大魔法使い君。得意の魔法は一切利き目がないぞ?」
シュトルフは剣の柄に手をかけ、アキラに向けて歩を進めてゆく。
アキラが廊下への扉に近付いた時、身動きひとつしていなかったゲイスが動きを見せた。トラップを発動させようというのだ。
「……何をするつもりだ」
突然背後から声をかけられ、ゲイスは凝固した。
恐る恐る振り返るとそこには身を起こしてゲイスを睨み付けているスゥがいた。いや、それはすでにスゥと言える存在ではなかったかも知れない。彼女の愛らしかった紫色の瞳は真紅に染まり、容赦ない光を放ってゲイスを射すくめていた。
「き、君は……アブリル……!」
ゲイスには見覚えがあった。
スゥのもう一つの人格・アブリル。彼女のパーソナリティは、スゥとはまるで別人である。
のんびりと、ほんわかとした雰囲気は完全に消え去っていた。自らが悪と認めたものは決して許さず、力の行使にも躊躇いがない、まさに峻厳とさえ言える人格。
トラブルを鎮静化させる際に彼女が見せた、容赦ない魔法攻撃によって力で抑えつけるその姿は、畏怖を持ってゲイスの心にも刻み付けられていた。
「アキラの邪魔は……させない!!」
アブリルは低い声でゆっくりと言った。彼女の周囲にマナが集中してゆく。
「ひ……ひぃ……っ」
ゲイスが後ずさりしていくのを見て、アブリルの表情に喜悦の色が浮かんだ。
「スゥを痛ぶってくれた礼もさせてもらわないとな……」
「……ひぃっ!!」
ゲイスがくるりと後ろを向き、逃げ出す目の前に、マジック・ミサイルがつきささる。ゲイスは腰を抜かして、へなへなとへたりこんだ。
「……いい子にしていろ。たっぷり楽しませてやる……」
アブリルがそう言った時、校舎内に狼の遠吠えが響き渡った。
完全に魔法を遮断する鎧をまとう剣士。
圧倒的に不利な状況の少年魔法使い。
さぁ、どう戦い抜くのか……?
先が気になるという方は、評価やコメント等頂けると嬉しいです!