悪事
出会った二人。
彼らが遭遇する――悪。
ついにガチバトル、開幕。
翌日。スゥが待ち合わせ場所の「おとーさんの木」についた時、アキラは幹にもたれて居眠りをしていた。神威や雷太の姿はない。
スゥはくすっと笑ってぱたぱたと駆け寄ると、アキラの両肩を、ぽん、と叩いた。
「おはようですっ!」
アキラがその声に目を開くと、目の前にスゥの顔があった。
「え、え!? わ! ……ス……スゥ?」
慌てて立ち上がったアキラの顔は紅い。
「あゃ? アキラくん、顔赤いですねぇ……。 も、もしや熱があるんですかっ?」
スゥが心配そうに顔を覗き込むと、アキラはますます慌てて、飛び退った。
「な、なんでもねえよ! 熱なんかねえってば」
「ほんとーにだいじょぶですかぁ? 熱、はかりますか?」
アキラのおでこに手を当てようとするスゥに、アキラはしどろもどろになる。
「だ、だから熱なんてねえってば! それより、早く校舎とか案内してくれよ!」
「……つらくなったら、いつでも言って下さいねぇ?」
スゥがちょっと首をかしげて心配そうにアキラの顔を覗き込むと、彼はさらにどぎまぎしながら、それをごまかすように歩き出した。
「さ、まずはどっから案内してくれんだ?」
「あゃ、えぇと、まずはぁ……、ここから一番近い、学生食堂から行きましょうかぁ」
二人が去った後の並木道で、銀色の影が閃いた。
「へ~~、昨日来た時はなんでこんなに建物がいっぱいあるんだ? って思ったけど、ちゃんとそれぞれに意味があんだなぁ」
アキラが感心しながらそう言うと、スゥは笑顔で答えた。
「それはそうですよぉ。聖BB学園は、初等部から大学部まであって、各職能にも対応してるおっきな学校ですからぁ」
「そりゃそうか。まぁ俺様としちゃあ魔法関係の校舎だけ覚えりゃいいんだから、問題はねえな」
確かに一つの都市、いや小さな国レベルの規模を持つこの城塞学園都市の全てを把握するのは骨が折れそうだったし、その必要もなさそうだった。。実際、全容を把握しているのは、バーシアをはじめとする経営陣の一部だけだっただろう。
「はぁい。で、最後の校舎ですが……」
スゥの言葉に、アキラは目を丸くした。
「ま、まだあんのか?」
あっけにとられるアキラの手を引っ張って、スゥはアキラを校舎へと連れていく。
「最後の校舎は、生徒会と先生達の棟ですぅ。一階には各委員会の部屋があってぇ、二階が初等部から大学部までの生徒会の執行部室でぇ、三階以上が先生達の職員室や研究室、会議室とかですぅ。あ、あと、この校舎も地下にはプールがあるんですよぉ」
説明しながら階段に向かっていくスゥ。アキラは照れくさかったが、スゥの手を離すのは惜しかった。スゥの手を握ったまま、後に続いて階段を上がる。
「この校舎にも、プールがあんのか!」
アキラは驚愕の声を上げた。実際、この学園はどのようにしてここまでの財を成しているのか。
「まぁ、ここのプールは実習とか授業で使うものじゃなくて、先生達の保養施設みたいなものですけどね」
アキラの手を引きながら元気良く二階に辿り着くと、スゥはアキラに振り向いて、にっこり笑った。どちらにせよ、いやむしろ教員の保養のためにそのような施設を備えられると言うのは驚きだ。あのバーシアという女性はただのやり手というわけではなさそうだった。
「スゥは、中等部の生徒会執行部にいますから、ここにはよく来るんですよぉ」
スゥは屈託なく笑顔で説明する。この学園が学生達から不当に高額な教育料を集めているというわけではなさそうだった。
「そっか……。でもよ、昨日から聞こうと思ってたんだが、その、生徒会ってのはなんなんだ?」
アキラの質問に、スゥは思わず立ち止まる。
「学生生活が円滑に送れるように問題を解決したり、行事なんかの統括をしたりするんですぅ」
「へー、そんな事やってるのか、スゥは……」
「はぁい」
アキラの感心ぶりに、スゥは満足げに微笑んだ。
「それで、具体的にはどんなことしてるんだ?」
「ケンカを仲裁したり……」
スゥは人さし指を唇に当て、首をかしげて考え込む。
「ケンカを仲裁したり?」
「……ですっ」
スゥはこくりとうなずいた。
「そ、それだけか?」
アキラは思わず苦笑すると、スゥはぷうっと頬をふくらませた。
「それだけじゃないですぅ! え~と、え~と……今だって会長と会計長が一学期の予算の決済をしてるところですし……みんなの為に、がんばってるですぅ」
「そっか、そだよな。悪かった……」
一生懸命説明するスゥにアキラが謝ると、スゥはすぐに機嫌をなおし、笑顔を見せた。
「いいんですよぉ。あ、アキラくん、中等部の生徒会執行部、見ていきますぅ?」
「そうだな! スゥが普段、どんなところでみんなの為に頑張ってるのか、見ておきてえからな!」
スゥは顔をほころばせて、再びアキラの手を引っ張って歩き出した。
「こっちですぅ。今、会長達が大事なお仕事してるから、ちょっと静かにするです……」
二人が中等部の生徒会室に向かって廊下を歩いていくと、他の生徒会室からも、決済作業をしている話声が聞こえてきた。さすがに初等部では顧問が来ていて、ほとんどの作業は顧問の手で行われている。が、どの生徒の表情も真剣そのものだ。
「へぇ……がんばってるんだな」
思わずつぶやいたアキラに、スゥは笑顔で頷く。
中等部の生徒会室にさしかかり、早速扉を開けようとするスゥを、アキラは小声で制した。嫌な予感がしたのだ。
「待て! ……様子が変だ」
「え、あ、あゃ? な、なんですかぁ?」
いきなりアキラに手を引かれ、思わずバランスを崩す。
「しっ! 黙って!」
二人が身をかがめ、息を殺して耳をすますと、中の会話が聞こえて来た。
「……とうとう手にいれた……。『暗黒の鎧』……」
「これで会長は怖いものナシですな……」
シュトルフとゲイスの声だ。
「……ラムジ会計長。言葉には正確を期してもらわないと困るな。俺にはもともと怖いものなどない。この鎧で、俺の強さが絶対的なものになっただけの事だ」
どう考えても決済とは関係のない会話に、二人は思わず顔を見合わせる。
「次は『封魔斬岩剣』を手に入れるぞ、ラムジ会計長」
「え? 次回は僕の装備じゃないんですか?」
「……ラムジ会計長。君には今回、完全無音で作業ができる『スーパー解錠ツール』を買ってやっただろう? ……ま、次回の金額次第だな。君の腕の見せ所ってわけだ」
傲岸なシュトルフの声と、それに追従するゲイスの下卑た笑い声は、吐き気を催すほどの不快さを帯びていた。
「任せておいて下さい。生徒会の金は、全て我々を通して使われるのです。いくらでも、なんとでもなりますよ」
中から聞こえてくる下司な会話に、アキラは眉をひそめた。
「……スゥ、お前には悪いが……あいつらはみんなのために頑張ってるようには見えねえぞ……」
顔をしかめて聞いていたスゥは、アキラの言葉に振り向いた。いつになく真剣な表情だ。
「ひどいですぅ……。ああいうのってりょーおーっていうんですよね……」
「いや、横領だろ。……とにかく、許しておけるヤツらじゃなさそうだな」
スゥは珍しく怒りを表情に覗かせ、決然と立ち上がった。
「……ちょっと、一言言ってくるです!」
「お、おい、待て!」
アキラの制止を聞かずに、スゥは勢いよく扉をあけた。
後編「ガチバトル」に突入しました!
不正を現場を見た二人の魔法使い。
さぁ、どう戦い抜くのか……?
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