そして二人は出会った。
ついに出合う二人。
そのファーストコンタクトは甘酸っぱくて――。
「あ、あのっ! こんにちはですぅ!」
静寂をやぶって少女の声が聞こえ、アキラは吃驚して顔をあげた。静けさを楽しんでいたアキラではあったが、ぱたぱたと走ってくる赤毛で紫の瞳を持つ小柄な少女のその声は、決して不快なものではなかった。
「お……おう……?」
一瞬、あたりを見回して、声をかけられたのが間違いなく自分であることを確認してから応える。スゥはぱたぱたと駆け寄ると、にっこり笑った。
「この桜、好きなんですかぁ?」
紫色の瞳が真直ぐに飛び込んできて、アキラは慌てて視線をそらす。
「あ……? ああ……そ、そうだな……」
「スゥも好きなんですよぉ 一緒ですねぇ」
うれしそうに笑うと、スゥは銀狼をはさんで腰をおろした。
「んー、とは言っても、まだ他んとこ全然知らねえけどな……」
アキラの言葉に、スゥはこの少年とは初対面であった事を思いだした。「おとーさんの木」を、自分と同じく好いてくれる人と出会えたのが嬉しくて、忘れていたのだ。
「あゃ……? もしや……転校生です?」
「転校生……。んー。そうなるのかな……? 俺様は今まで学校には行った事ねえからな……」
「そうですかぁ。あ、あたしは中等部三年のスゥっていいますぅ。生徒会で書記長をやってるので、学校でわからないことがあったら気軽に質問してくださいねぇ」
スゥの少しのんびりした話し方や仕草はかわいらしく、その表情にはアキラを魅き付け、そして癒していく魔力のようなものがあった。アキラは少しどぎまぎしながら名乗りをあげた。
「お、俺様は、究極の大魔法使い、アキラ・ユーマ様だ! 俺様も……中等部三年ってことになるみてえだけど」
アキラは、14歳という自分の年齢が、学年にすると中等部三年に相当することをバーシアに聞いて知っていた。
「へぇ~、究極の大魔法使いですかぁ! すごいですねぇ。スゥと同じ学年なのに……」
素直に尊敬のまなざしで見つめるスゥの瞳がまぶしくて、アキラはまたもや視線を反らしてしまう。
「ま……まぁな!」
「スゥはぁ、まだウィザードになったばっかりなんですよぉ……」
スゥは自信なさげにうつむいた。スゥはメイジからクラスチェンジを果たしたばかりの駆け出しウィザードである。もちろんメイジとしての修行を超えてクラスチェンジを果たすには相当の素養が必要だ。実際、スゥのスペルキャスターとしての能力はかなり高い部類に属していた。
「俺様もウィザードだ。独学と実戦で鍛えてきた。誰かに習ったことはねえが、魔法の使いどこは心得てる。叡智の結晶である魔術を、どんどん極めていかねえとな」
少し紅潮した顔で、瞳を輝かせて喋るアキラを、スゥは微笑みながら見つめる。
「そうですねぇ。ウィザードであるからには、全部の魔法を極めて……、それからやっぱり、おっきな攻撃魔法でどっかーん、っていうの、ワクワクしますぅ」
「そうだな! 補助魔法なんてのは性にあわねえ! ピンチの時に強力な呪文一閃!! 一気に形勢大逆転!! これが大魔法使いの醍醐味だろ!」
アキラは語りながら、一緒に銀狼の背を撫でていたスゥの手を握りしめていた事に気付いた。
「あ……あ、す、すまねえ……」
慌てて手を離すアキラを、スゥはきょとんとした顔で見つめた。なんで謝られたのか、わからなかったのだ。
「あ、でも、この狼さん、あったかくて気持ちいいですねぇ」
スゥの口調が、さらに緩やかになってきていた。気持ちがリラックスしてきて、本来ののんびりした地の性格がストレートに顔を出して来たのだろう。
「あ、ああ、俺様の親友の神威だ。そして、こっちにいるのがサラマンダーの雷太。タマゴん時から世話してる」
「へぇ~、よろしくです、神威くん、雷太くん」
神威は低く優しく喉をならし、ゆっくりと尻尾を振ってスゥに答えた。雷太はぱたぱたと尻尾を振って、何か一生懸命に声を出そうとする。
……ぼっ。
声は出ずに火が出た。
「こらぁ、雷太、てめえ、あちいだろうが! 俺様に向かって火を吐くんじゃねえ!」
火で鼻をあぶられたアキラが雷太の頭をこづく。スゥがくすくすと笑っているのを見て、アキラはまた少し赤くなった。
「ま……今回は許してやる。今度やったらメシ抜きだぞ!」
神威はそんなアキラを、目を細めて見つめていた。
「ところでアキラくんは、入学手続きはすませたんですかぁ?」
スゥがそう尋ねたのは、数時間がたち、すっかり打ち解けた頃だった。太陽はそろそろ傾きはじめている。
「あ~~~!! そうだった! 手続きまだなんだ! 受付がどこにあんのかわからなくてよ……」
アキラが慌てて立ち上がると、スゥも立ち上がった。
「あゃ、そうだったんですかぁ。受付は、旧校舎にあるんですよ。スゥが案内しますねぇ」
スゥは、自分に任せろ、という表情で眼を輝かせる。
「おう、すまねえな! 助かるぜ!」
アキラはそう言って、肩から雷太をおろした。
「神威、雷太、お前達はここで待っててくれ。ちみっと手続きに行ってくる!」
二人が旧校舎に向かうのを、雷太はぱたぱたと、神威はゆったりと尻尾を振って見送った。
「……これで、よしっと!」
受付で入学手続きと入寮手続きを終えると、アキラはほっとしてスゥの方へ振り向いた。
「おつかれさまですぅ」
スゥの笑顔がアキラの疲れを吹き飛ばす。様々な書類に目を通し、埋めていく作業は、やはり14歳のアキラにとっては大きな負担だったのだ。
「なぁ……、スゥ」
アキラは人さし指で鼻の頭を掻きながら言う。
「あゃ? なんですか? アキラくん」
スゥは小首をかしげてアキラを見つめた。アキラはさらにどぎまぎして口ごもる。全く、スゥのこの表情は反則だ。
「ほら……俺様達、同じ学年で同じクラスだしよ……。もし明日ヒマだったら……校内を案内してくれねえかな……」
アキラは言いにくそうに言ったが、スゥにとっては考えるまでもなかった。明日は生徒会からお休みが出ているのだ。
「はぁい、もちろんいいですよぉ」
スゥはにっこりとそう答える。
「そ、そうか、すまねえな! ……じゃ、えっと、その……」
「雷太くんと神威くんを迎えに行かなきゃですねぇ」
しどろもどろになるアキラにくすくすと笑いながらスゥがそう言うと、アキラは照れたように桜並木に向かって走り出した。
「そ、そうだな! あいつらだけじゃ心配だしな! 行くぞ、スゥ!」
「はぁい。あゃ、待ってぇ~~~」
スゥは慌てて追いかける。
盛夏の夕日が二人を赤く染めていた。
その夜。ベッドの上で本を読んでいたスゥは、ふわぁ~っとひとつあくびをすると、ぱたんと本を閉じた。
布団にもぐりこみ、明かりを消すと、昼間の事が頭に蘇ってくる。
究極の大魔法使いを名乗る少年の、照れたような笑顔。魔法の事を語る時の眼の輝き。そして美しく澄んだオカリナの音色……。
スゥはくすっと笑った。明日は色々なところを案内してあげなくっちゃ、と思うだけでうきうきしてくる。
スゥは満ち足りた気分でゆっくりと眼を閉じた。いつものようにまぶたの裏に懐かしい養父の顔が現れた。
――おやすみなさい、おとーさん……――
スゥがまぶたの養父に挨拶をすると、そのあとに、ふっと昼間の少年の顔が浮かんだ。
――おやすみ……アキラ……くん……――
スゥは穏やかに、眠りについた。
その頃、アキラはベッドの上で眠れずにいた。新しい環境にまだ馴染みきっていないというのもあったが、それ以外にも大きな理由があった。
「なぁ、神威……。な~んかよくわかんねえんだけどよ……、なんだろうな……? って、こんな事言われてもわかんねえか! あはは……。ああああ! 俺様にも何がなんだかわかんねえよ!」
音を立ててクッションに顔を埋める。神威は部屋の隅にうずくまり、ちらっとアキラを眺めただけだ。
「明日か……。また案内してもらうんだな……。くぁ~~~~~っ!!」
自分でもよく分からないものがこみ上げてきて、ベッドの上で身悶えする。
スゥの慈愛のこもった微笑みが脳裏に浮かび、一生懸命喋っているのに少し甘えたような響きを持つあの声が耳によみがえって、おもわずアキラは寝返りをうち、仰向けになった。
「おちつけ……! おちつけアキラ! ……とりあえず、眠るんだ!」
何度も自分にそう言い聞かせ、ゆっくりと眼を閉じる。
「おやすみ、スゥ……」
まぶたに浮かんだスゥにそう呟く。次の瞬間、アキラは飛び起きた。
「かぁ~~~~~っ!! な、何言ってんだ、俺様は! どうかしてるぞ!!」
ベッドの上で暴れ続けるアキラを、神威は目を細めて見つめていた。
アキラの、学院での初めての夜は、ゆっくりとふけてゆく……。
この第三話にて、前編「ボーイミーツガール」は終了です。
次回から後編「ガチバトル」です!
評価やコメントをして、お待ちください!(笑)