二人の魔法使い、接近。
二人の主人公の距離が、少しずつ近づいていきます。
他人に深入りされる事を嫌う少年と、
好意をふりまかずにはいられない少女。
二人はどのように出会うのか――。
トンネルを抜けると、別世界のような光景が広がっていた。頬をなでる風の穏やかさは外と同じであったが、都市と自然、荒野とオアシスが混在している、奇異な光景だった。
校舎や訓練用と思われる施設、研究棟、居住施設などがシステマチックに並んだ校舎エリアが中心であったが、庭園や並木という人工的に整えられた自然だけではなく、小さな山や森林、湖など、様々な地形が内包されている事も視認できた。
アキラは校舎エリアを見て回りながら、さてどうしたものかと考えあぐねていた。手続きをするように言われていたのだが、どこでどうすればいいのかわからなかったのだ。学生や職員と思しき人々の往来はある。
しかし彼は道を尋ねる気にはならなかった。彼に関心を持たない、あるいは持つのを避けている風の通行人を呼び止める事を、彼のプライドが許さなかったというのが大きな理由の一つだ。
もっとも、通行人が彼に関心を示さない理由は、サラマンダーと銀狼をつれた見知らぬ少年に対する警戒心があったかも知れないが、その大半は、単にこの大規模な学園の中で「見知らぬ少年」など物珍しくもないからだろう。
各施設を見てまわっていれば運良く受付に辿り着く事が出来るだろうと気楽に考え、少年はとりあえず手近な校舎に向かった。
校舎を出たスゥはいつもの道をそれ、桜並木に向かっていた。寮に帰るには少し遠回りになるが、彼女はこの桜並木が大好きだったのである。
盛夏の桜並木は彼女が特に好きなもののひとつだ。碧々とした葉を茂らせる桜からの木漏れ日が、今日も涼しげに揺れている。
スゥはひとつ大きく息を吸い込むと、碧のトンネルを歩き始めた。少し歩速をあげる。この並木の中に一本、スゥがとりわけ好きな桜があるのだ。
とりわけ大きくも小さくもなく、何の変哲もない桜の木であったが、スゥはこの一本が好きだった。どこが、と言われると返答に窮するのだが、彼女はこの桜に養父の面影を見ていたのだ。スゥは数日ぶりに、この「おとーさんの木」に会いに行く事にした。
アキラ・ユーマは少々ふてくされ顔で、隣にうずくまっている銀狼の毛足の長い背に、指を潜り込ませていた。
彼がこの聖BB学園の門をくぐってからすでに数時間が経過していたが、一向に入学受付に辿り着けなかったのだ。アキラは半ば諦めの態で、桜並木の木陰に座り込み、銀狼の背を撫でていた。
こうしているだけで、心が落着くのだ。
「……でもよ、バーシアのねえちゃんも、迎えに来てくれてもよさそうなもんだよなぁ、自分でここに入れって言ったんだからよ」
アキラはそれ程不機嫌な様子でもなくそうつぶやく。この巨大な独立城塞学園都市の理事長を名乗るバーシア・バーナディンの、少し悪戯っぽい笑顔を思いだして、アキラは思わず苦笑した。
アキラがバーシアと出会ったのはまだわずかに一週間前の事だ。
「君、魔法使いでしょ? 丁度よかった、手を貸してくれる?」
街についたばかりでとりあえず宿屋を探そうとしていたアキラに、突然声をかけてきたのがバーシアであった。そして返事も聞かず、強引に仲間に引っ張り込んだのだ。
「とにかく魔法使いがひとり足りないのよ。悪いようにはしないから、とにかくついてきて!」
これが、アキラがこの学園に来るきっかけとなった、バーシアとの最初の出会いであった。
強引な誘いがきっかけだったとは言え、パーティーを組んでの冒険はアキラにとって刺激的な経験だった。何の事はない旅商人の護衛であったが、肉体の強さを鍛え重武装に身を固めたファイターや、軽装で身軽さや器用さを武器にするシーフ、攻撃に重きをおいた暗黒魔法を使うメイジ、傷付いた仲間を癒す神聖魔法を使うプリーストなど、様々な職能をもつ仲間の中で自分の役割を考えて行動すると言う体験は、アキラにとって新鮮なものだったのだ。
だからこの学園に入る気になったのかも知れねえな、とアキラは思う。もっとも、暗黒魔法と神聖魔法の両方を使い、ゆくゆくは全ての呪文を習得するウィザードであるアキラは、ファイターやシーフなど呪文を習得できない連中に興味はなかった。「どうでもいい連中」からわずかに「使いどころを心得れば使いようのある連中」に格上げになったというところだ。
「アキラ君はこのお仕事が終わったらどうするの? また旅を続ける?」
バーシアにそう聞かれた時、アキラは正直、何も考えていなかった。
「実は私さ、おっきな学校の理事長をやってるんだけど、よかったらアキラ君もそこで勉強しない?
実はね、今回のパーティもうちの生徒達なのよ。アキラ君はこのお仕事手伝ってもらった事だし、特待生って事で」
そう言っていたずらっぽく笑うバーシアに、アキラは驚いた。
「り、りじちょう? 学校?」
理事長と言う言葉の詳しい意味はわからなかったが、その「おっきな学校」において、自分の一存で特待生を入れる事ができる立場にある事はわかる。
「ま、とにかく気がむいたらおいでね、話は通しておくから。聖BB学園って街で聞いたら誰でも知ってると思うわ。とにかく、大きいからね」
「BB……?」
おうむ返しに聞き返すアキラに、バーシアは満足げな笑みを浮かべた。
「私の名前。バーシア・バーナディンのイニシャルよ」
「あ、そっか。でもよ、だったら『BB』じゃなくて『ババ』でも……」
言いかけたアキラの頭にゲンコツが落ちる。
「こらっ、ハタチそこそこの乙女にババァは失礼でしょ!」
しかしアキラには、そんな年齢のバーシアが何故そのような立場にあるのか、未だにピンと来ていなかった。むしろ誰が見ても学生の側だと思うだろう。
が、アキラはその事について特に質問しようとは思わなかった。他人の事情に無遠慮に立ち入る趣味は持っていなかったし、アキラのような少年が一人で旅をしている事について、バーシアが何も立ち入って聞かなかった事が、彼にとって気持ち良かったという事もある。
事情は事情。聞かなくていい事は聞かなくても、その人が変わる事はないのだ。
アキラは銀狼の背を撫でながら、これまでの旅の道中で善人面をした大人達にあれこれと立ち入った事を聞かれ、辟易した事を思いだして渋面になった。
しかし、ここがあのバーシアの学校であるなら、そういう思いをする事もないだろう。
アキラは気を取り直して、お気に入りのオカリナを取り出した。
横にうずくまっている銀狼が薄く目を開き、ゆっくりと尻尾を振る。
葉擦れの音が心地よい穏やかな静寂の中で、木漏れ日が優しく揺れていた。
彼はゆっくりとオカリナを唇に当てると、静かに、ゆっくりと頭に浮かぶままの旋律を奏ではじめた。
スゥが軽い足取りで「おとーさんの木」に着いた時、すでに先客が陣取っていた。明るい茶色の髪、そして明るい空の色の瞳を持った少年が、銀色の狼とともに座り、オカリナを吹いていた。肩にはサラマンダーが乗っている。
明るい旋律の中にかすかに物悲しさを漂わせる澄んだ音色が、静けさの中に染み込んでゆく。その感覚が、スゥには心地よい。
少年は静かに演奏を終えると、「おとーさんの木」を見上げ、軽く一息ついた。
あ、この人も「おとーさんの木」が好きなんだ……。
スゥは嬉しくなって、ぱたぱたと少年に駆け寄った。
第二話、いかがだったでしょうか。
じりじりと、地味な展開が続きますが、ついに!
次回!
ボーイミーツガール……!
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