二人の魔法使い、登場
クソ生意気な魔法使いの少年。
そしてほんわか天然の魔法使い少女。
二人の主人公が登場します。
ここからどんな物語が始まるのか――。
風は、おだやかに吹いていた。
風は少年の頬を撫で、彼の明るい茶色の髪と、彼の瞳と同じ空色のローブの裾をなびかせる。
少年は、かぶさってくる前髪をうるさそうにかきあげると、つぶやいた。
「あれか……。バーシアのねえちゃんが言ってた、学園ってのは……」
少年の名はアキラ・ユーマ、14歳。サラマンダーと銀狼をつれた少年は、遠くに見える独立城塞学園都市・聖BB学園を眺め、そうつぶやいた。
おだやかな風だけが、彼等を静かに見守っていた。
「それにしても……でっけえ門だな……。ほんとに開くのか? これ」
近づけば近づくほど威容を増すその門。城塞は遠くから見てもそれとわかるほど高く、至近で見ると視界のほぼ全てを占める巨大さだ。アキラの右肩にちょこんと座っているサラマンダーが、アキラと一緒に壁を見上げ、転げ落ちそうになった。
もっとも、空を飛ぶ方法などいくらでもあるのだから、この壁の高さ自体にあまり意味はない。実際この城壁は、壁としての役目と同時に、空からの侵入を防ぐ魔力結界を発生させる魔法陣としての役割を担っていた。不必要なまでの派手な大きさは、設計者の趣味が大きく影響しているのだろう。重厚にしつらえられた門は周囲の壁と同様の重量感があり、この門が動くとは信じられなかった。
「ええと、門の脇の守衛所に声をかけろって言ってたっけ……」
バランスを崩したサラマンダーが右肩の定位置に落ち着いたのを見てくすっと笑うと、アキラは異様に小さく見えるその守衛小屋の扉をノックした。
守衛を名乗る老人に招き入れられた守衛小屋は、中に入ってみると意外なまでに広く立派だった。外観が小さくみすぼらしく見えたのは、背後にそびえる壮大な城壁との対比のせいだろう。
老人は机に肘をついたまま、アキラが提示した紹介状をじっくりと確認し、アキラを頭のてっぺんから足の爪先まで眺めた。
値踏みするような、心の中まで見透かそうとするような目つき。人間が警戒心を持っているか、邪な興味を持っているときの目だった。
もっとも、幼い頃から一人で生き延びてきた彼にとっては、馴染みの目つきだったと言える。守衛という立場からすれば当然だし、悪意が感じられない分相当善良な類だ。アキラは気にも留めなかった。
「間違いないようだな。サラマンダーも、そのおとなしい狼も、全部お嬢から聞いてるよ。門を開けてやる」
守衛の老人はそう言うと面倒くさげに立ち上がった。
あのどでかい門が開く――その壮大な光景を思い浮かべるだけで、アキラの心は浮き立ってくる。
「おい、小僧、どこへ行く?」
入ってきたドアに向かうアキラの背に、守衛の老人が声をかけた。
「どこって、外に決まってんだろ? あの門が開くとこ見てえしな!」
アキラはそう言って、老人へ向き直った。
「それからな、俺様は小僧じゃねえ。さっきの紙にも書いてあったろ? 俺様の名前はアキラ・ユーマだ!」
「あぁわかったわかった。だがな、この学園 の中へ入るんなら、そっちじゃなくてこっちだ、小僧」
老人はそう声をかけると、少年に背を向けて守衛所の奥の部屋の扉を開けた。
「だぁから! 小僧じゃねえっつってんだろ!」
アキラは声を荒げたが、すぐに老人の背中を追った。こういうタイプの老人を、アキラは嫌いではなかった。
奥の部屋には、突き当たりにもう一つの扉があった。がっしりとした鉄の扉である。
「さぁ、門を開けるぞ、小僧」
老人は鍵束をじゃらじゃら言わせながら、アキラを振り向きもせずにそう言って、三重にかかっている鍵を順番に開けていった。
「え? 門って……」
「ここに決まってるだろ。あのでっかい門が開くとでも思ったか? あれは飾りだ、小僧。門みたいに作ってある、ただの壁だ」
老人は当たり前のようにそういうと、鉄扉を開いた。
「そりゃあアレがあのまま開くとは思ってなかったけどな。さすがにこんな貧相な扉だとは思わなかったんだよ。あと、小僧って言うんじゃねえ、じじい」
悪態をつきながら扉の中を覗き込む。中は人が二人並ぶとギリギリくらいの、細いトンネルになっていた。壁には魔法がかかっているのだろう、壁面自体が光を発していて中は明るかった。十数メートルの長さはあるだろうか。それはそのまま城壁の厚さである。この城塞学園都市がいかに堅牢な代物であるかは歴然であった。
「せまい通路だな。全く」
ぶつくさ言いながら通路へ入ると、銀狼がするりと後に続く。後ろから老人の声が追ってきた。
「文句を言うな、小僧。この通路にも……」
「意味はあるってんだろ? わーってるよ、じじい。唯一の通路がこれだけ狭きゃ、攻められた時、攻め手は一人ずつしか入れねえ。こっちは出口で待ち構えてりゃあ簡単に撃退できるってわけだ。だろ?」
アキラが振り返って老人の言葉を遮ると、老人はにやっと笑った。
「いいからとっとと行け、小僧」
「うっせえや。じゃあな、クソじじい!」
鉄扉が閉まる前に最後の悪態をねじ込むと、アキラは上機嫌でトンネルの出口に向かって歩き出した。
スゥ・アブリル・グロウウェルは上機嫌であった。思いもかけず、自分の時間がとれたからだ。
「グロウウェル書記長、明日の決済だが、俺とラムジ会計長の二人だけでやる。君は出席しなくていい」
聖BB学園中等部の生徒会は、各部活動の一学期分の会計決済の時期を迎えていた。今日はその準備ミーティングである。生徒会ミーティングと言っても、出席者は生徒会長のシュトルフ・フォン・サーベルクロー、会計長のゲイス・ラムジ、そして書記長であるスゥの三人だけだ。その席上において、シュトルフから露骨な「スゥはずし」発言が飛び出したのであった。
シュトルフはファイター系の生徒、いや、すでに完成されたファイターと言っていい。14歳にして身長198cm、体重105kgの身体は分厚い筋肉でおおわれており、ファイター科始まって以来の有望株と言われていた。他人を平気で見下す性格に難はあったが、彼に文句を言える学生は存在せず、その立場を利用して会長の椅子を維持している。
だが、スゥにとっては「ただの同級生」であった。女生徒としても小柄な部類に入るスゥとシュトルフの間には55cmに及ぶ身長差があったが、スゥはなんとも思っていなかった。近づきすぎると見上げるのが大変、というくらいだ。
スゥはシュトルフが発した自分はずしの言葉に一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔になった。予定外に放課後が一日空いたのだ。好きな本も読みたかったし、編み物の続きもしたい。
「りょーかいです、会長ぉ」
スゥは素直にうなずいた。シュトルフとゲイスが顔を見合わせてニヤリと笑い、うなずきあう。
「ま、こういう数字関係は、大人数でやると却ってミスしやすくなるしね。君は、大好きな編み物でもしてればいいんじゃないかな」
ゲイス・ラムジの冷笑まじりの言葉をスゥは屈託なく受け止め、笑顔を返した。
ゲイス・ラムジはシーフ科に在籍している。病的にやせこけているが、身長だけはシュトルフにひけをとらない長身であった。落ち窪んだ暗い目は、常に皮肉な光をたたえていた。無気味な雰囲気を身にまといながら、いつもシュトルフに付き従っている。
この二人と、小柄なスゥが面と向かうと、まさに大人と子供だった。
「では、俺達はこれから明日の決済の準備を始めるから、君はもう帰っていい」
シュトルフの言葉に、スゥは笑顔で鞄を抱える。
「はぁい! お疲れ様でしたぁ」
スゥが校舎を出ると、抜けるような青空と、おだやかなそよ風が彼女を歓迎してくれた。
スゥの気分が上々なのは、こんな理由だったのである。
第一話、お読みいただきありがとうございました!
ちょっとね、転生もしないし、完全にノーマルなファンタジー小説です。
どんなボーイミーツガールがあるのか、そして……
先が気になるという方は是非、評価やコメント等頂けると嬉しいです!