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箱庭に入道雲を造る意味はあるか

作者: 牛尾 仁成

 海を一望できる場所に研究所を造ったのは苦労の甲斐があった。


 もはや、まともな自然環境など残っていないこの世界で、手つかずの海が残る場所を探し出すのは、本当に骨が折れた。


 ふと、窓の外に目を向けた。


 白色の空と石油のような色をした海が広がっている。


 何もかもを失ったこの星で最後に残った遺産であった。


 そう思っていたが、空に浮かぶものを見て私はその認識が誤っていることに気付かされた。


 まだ雲があった。


 背の高い、空を突き抜けるような高さの雲が岬の上に漂っている。


 こんな状態になっても、この星はその営みを止めようとしていない。それが分かった時、私は同僚に声をかけた。


 同僚は私の提案を聞くと、心底うんざりした様子だった。


「無意味だ。何だって気候現象の一部に過ぎない雲に、必要以上の機能を付けようとする。箱庭に必要な動きさえすればいいだろう?」


 彼の言う通りである。


 雲は一見、自由でどんな形でも取るように見えるが、その実は一定の条件に従い発生しているだけの空の従属物だ。優雅に流れて見えるそれも実際は大気の壁や天井に押されたり、温度変化に引き伸ばされたりしているだけである。その形が自由に見えるのは観測する側の勝手な想像に過ぎない。


 岬に見えた雲は丁度その天井に押し潰された形に変形し、かなとこ型に変形した入道雲だった。

 あの雲は自分を押し潰す天井を突き抜けることはないだろう。あの雲頂が雲の温度と大気の温度の合致点であることは疑いない。だからこそ、雲は天井を突き抜けられないのだ。


 そう決めつけるのはまだ早い、と別の私が囁く。


 雲の形を自由に想像できるのなら、その天井をぶち抜く形を想像することもできる。早い話、雲頂より上の温度と雲の温度に差があれば、まだ雲は上に昇る可能性はあるのだ。そういう環境が彼らに与えられてはならない、という理屈は無い。そのぐらいの贈り物はあってもいいのではないだろうか。せめて、どんなことでも起こりうるのだという(しるし)ぐらい、私は残してやりたかった。


 この死にかけの世界でさえ、いまだに気候運動を続けている。必死に生命活動をしているのだ。そう、奇跡とはあがき続けた者だけが起こす必然でなければならない。挫折するのもいい。諦めるのもいい。だからどうか、全てを投げ出すことだけはしないで欲しい。


 私はそう思い、再び箱庭の制作に戻った。


 絶望溢れる箱庭であがく者たちにささやかな奇跡の芽を与えるために。


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