彼女はかく語りき
彼女は、前の学校では話す友達もいなかったそうだ。
いつも誰かのそばにいるけど、誰とも友達じゃない。例えば教科書を見せてもらったり、宿題を教えてもらったり。その程度の交流はたくさんあったのに、誰も友達にはなってくれなかったらしい。
趣味はなにか文字を書くこと、人としゃべること。いつもは両親と会話することで、その欲求を紛らわせていたそうだ。だが、今年になって、諸事情あって今の学校に転校することになった。そのせいで、三月頃は一人で言いたいことを抱え込んで悶々としていたのだそう。
そんな折、Vtuberというコンテンツに出会った。飛び交うスパチャ、大量のリプ、下手なお世辞、脳死の称賛。今考えてみれば、馬鹿な選択だった、と。
誰かとつながっていたい。孤独でいるのはもう嫌だ、という理由で、Vtuberを始めたのだそうだ。
「……初配信とは言ってることが違うね」
「当たり前。……あれは空蝉あさぎの理由だもの」
オーディションを受け、偶然受かり、事務所に所属することになった。今じゃ十分に有名になり、高校生にしては割高の月収を得ているそうだ。
「でもさ。やっぱり、違うんだよね」
「何が?」
「みんなが見ているものが。……わたしはわたしを見てほしいのに、みんなが見ているのは空蝉あさぎなんだもの」
「……」
「わがままだと思うし、きっとみんなそう思ってるんだろうけど。わたしは、誰かにわたしを認めてほしかったの。空蝉あさぎがいくら好きでも、わたしなんて誰も好きじゃない。だって、わたしよりあさぎのほうが魅力的だから。歌ってくれる、ゲームしてくれる、そんな姿をみんなに見せてくれる空蝉あさぎが、さ」
「……僕は、別に、君が魅力的じゃないとは言ってないよ」
「それはありがとう。……でも、わたしが今、この場でね? Webカメラで捉えるものを、動きじゃなくてわたし自身にして、画面に虚ろな顔のわたしが写っていても、誰も喜んでくれないでしょ。結局、みんなが好きなのは『幻想』なんだなーって。誰も……誰も、わたしを見てくれない」
目の前の彼女を見て、僕は。
深く、安堵していた。
ああ……きっとこの先も。僕は空蝉あさぎを好きでいられる。
以前恋していたVtuberの、中の人を見たことがある。顔だけじゃなく、裏垢のツイートとか、その他諸々。そのせいで夢は破れたわけだが。
その顔は見るに耐えない、という言葉がぴったりの、端的に言えばブサイクだった。
だというのに、裏垢のツイートは僕たちのような空虚な人間とは程遠い次元にあった。
今でも、立ち絵を見るだけでその高慢で自慢げな自撮りの顔がちらついて、きっと二度とあのVtuberをまともな目では見られないけど。
でも、空蝉あさぎは違う。
中身はブサイクじゃない。それどころか上玉だ。
そして、これだけ、僕の目の前で本心をさらけ出してくれる、儚くて弱い存在だ。
自分よりも弱く、矮小な少女。そんな彼女を覆い隠すのに、「空蝉あさぎ」というフィルターは大きすぎるほどだ。
「……そっか」
僕は、自分でも酷いと思うほど冷淡に、話を聞き流していた。
「ねぇ」
彼女がこちらを見て言う。
「わたしのこと……見てくれる?」
僕は静かに首を横に振った。
僕が好きなのは、君じゃないよ。空蝉あさぎの方だ。
弱いものが好きだ。僕より下のモノが好きだ。
君はきっと、僕より強くなると思う。僕より上に行くと思う。このままやっていれば。
でも空蝉あさぎはそうじゃない。一つ、下の場所にい続けるのだ。それはVtuberである限り、彼女がそういう存在であり続ける限り、絶対に変わらない。
だから、僕は君を好きになれない。




