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「君って、空蝉あさぎなの?」

「……知ってるよ、わたしも好きだもん」

「へぇ、そうなんだ」

「よく見るの?」

「まあ、時々ね。そんなに熱心に追っかけてるわけじゃないけど」


 それから、僕はささやかな談義じみたものを彼女と交わし、それから軽く数学を教えてやった。彼女が部屋から出ていき、隣の部屋のドアが開閉する音が聞こえた時、僕はひどく安堵していた。

 

 ……僕は空蝉あさぎのことが好きだ。大好きだ。愛している。

 でも、同じものを持っていても、それが中の人だったらどうなるだろう。

 同じように、好きだと思えるだろうか。


 怖かった。

 僕は昔から、なにかを「好き」だと胸を張って言えるようなことがなかった。何もかも中途半端、何もかも無関心。自己紹介の時や、進路調査の時、誰かに「好きなものは何?」と聞かれる時が、最も嫌いだった。


 空虚なのだ。何かを「好き」でない人間は。僕自身もそうだし、中学生の時にいた友人もそうだった。

「輝かしい青春」を過ごすには、なにかを好きにならなくてはいけない。その場しのぎでもいい。アイドル、小説、スポーツ、ギャンブル、勉強――何でもいい。何かを好きでいるだけで、自分が生まれる。

 サッカーが好きな北条。小説に詳しい曽我。アイドルの追っかけの小野。ガリ勉でみんなに知られる菅原。学校で有名な奴とか、クラスで友達が多いやつとか、みんななにかが好きなのだ。


 僕はどうだ。


 アニメが好き。マンガが好き。ゲームが好き。ネットのアングラ文化が好き。そう自称してきた。実際は得る労力のかからない、ネット上の浅い知識で必死にそういう話をしている奴らに追いすがっていただけだが、それでも友達はいた。

 

 友達だと思っていた。

 でも、僕が少し話題から逸れると、彼らとの縁はそこで終わりだった。僕はそれ以降、アニメとかゲームとか、そういうものを好きと言うことはなくなった。


 僕がいなくなったような気がした。


 今、僕は空蝉あさぎが好きだ。

 でも、それを好きでなくなったら、僕はどうなるのだろう。

 

 それが分からないのが怖くて、僕は彼女に尋ねられなかった。

「君って、空蝉あさぎなの?」と。


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