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「ねえ、その本面白い?」

 Vtuber。2018年頃から急速な勢いで発展した、動画配信サービスの体系の一つである。客層は一般的に、「オタク」と一括りにされがちな層で、表向きは絶大な人気を博している……ように見える。

 

 こんなところまでたどり着く人間が知らないわけはないだろうが、万が一、いや億が一の可能性を考慮して、一応の説明を書いておく。知っている人は、読み飛ばしてもらって構わない。


 Vtuberとは、Virtual Youtuberの略式表記である。実際のVirtualの意味は少し異なるのだが、広く日本で受け入れられている「仮想(バーチャル)」という言葉でも分かる通り、ここに「現実(リアル)」は関与しない。Live2Dという技術を使って、その場であたかも「絵」が「実存」しているかのように振る舞う。それが、Vtuberである。

 

 ***


 僕はしがない高校生だ。周りに評価させれば「オタク」の部類に入ると思う。学校ではそんなに喋らないし、かばんにはどこで手に入れたか忘れたけど、アニメキャラのアクリルキーホルダーがささやかに飾られているし、部屋の本棚にはマンガとラノベくらいしか入っていない。


 かといって、僕は自分をオタクとは呼べないと思っていた。オタクというのは、もっとこう、なにかに打ち込んでいるとか、一つの物事に異様に詳しいとか、そういう人のことを言うのだ。

 

 僕なんかは、いうなればただの気持ち悪いアニメ好き。そう呼べばいいと思う。事実、僕はアニメもマンガも詳しくないし、ドラマもアイドルも詳しくない。中途半端な年代の生まれというのもあるけれど、どれもそこまで好きじゃないのだ。


 空虚な人生だった。十八年間、僕は何をしてきたんだろう。と、思春期特有(らしいーーぼくはまだ思春期真っ只中の感情しか味わったことがない)の思考を巡らせていると、隣の席の女子が話しかけてきた。


「ねえ、その本面白い?」


 4月からすでに三ヶ月。そろそろ夏休みに突入しようという頃だった。僕は少々特殊な事情で、高校3年生という特殊な時期に、一人でこの片田舎の学校に転校してきた。近所には父の親戚が持っているアパートがあって、そこに住まわせてもらっている。その人(つまりは大家さん)曰く、「学生とか一人暮らしの人に住みやすいようにしてんだ」とのこと。


 そのアパートで、確か僕の隣に住んでいる女の子だった。似たような境遇。話が合うかもしれない。淡い期待を持って僕は彼女に接してみたわけだけども、何せ中高とそんな経験がほとんどなかったせいで、なかなか会話は弾まず。


 彼女もなんとなくクラスで浮いている感じだったし、そういう性格なんだろうな、と諦めて、5月以降は話しかけようともしなかったのだ。これから会話することもなく、この高校もなんとなく卒業するんだろう、と決めてかかっていた時に、話しかけられた。


「……え?」


 僕の顔はさぞかし間抜けだっただろう。話すこともないと勝手に決めていた人に話しかけられる、というのは、かなり衝撃的だった。まさに、ぽかーん、って感じ。

 彼女が指差していたのは、僕が無造作に机に放り出していた『霊感少女は箱の中』というラノベだった(甲田学人、という人が書いたらしいが、僕は別にこの人の他の作品を知らない)。端的なタイトルとイラストに惹かれて先日買ったもので、まあそこそこ面白かった。


 からかっているのだろうか。

 ラノベを指差して「その本、面白い?」なんて、女子が言うはずない言葉だ。そんなことを言うような奴が存在するはずない。いたとしても、お世辞にも可愛いとは言い難い(こう言っては失礼かもしれないが)女としては無理かな、みたいな顔でメガネをかけた奴だ、と思っている。

 そして、彼女はそれとは正反対の極致にいる。学校でもささやかな噂になるくらいの、整った容姿の持ち主だ。

 

 僕はとっさに本をしまって、

「いや、別に。……これは失敗だったかも」

 と、かけらも思っていないような嘘をついた。これからは、学校でラノベとか読むのはよそう。さすがに高校三年にもなって(そこそこいい学校なのもあるのかもしれないが)ラノベを読んでいるだけでいじめられるような学校ではなかったが、きっと皆、僕のことを下に見ているに違いない。今の彼女のように。


 彼女は

「そっか……ごめんね、面白そうなタイトルだったから……」

 といって、そこで会話は途切れた。

 

 僕は少しだけその表情に罪悪感を覚えた。なんだってそんな悲しそうな顔をするんだ。

 お前が僕をからかってきたんだろう。「こいつ必死やん」とか言って笑いの種にすればいいのに。全く、女とか陽キャとかの考えることはさっぱり分からない。

 

 なんとなく不愉快になりながら、僕はさっさとアパートに帰ることにした。

 定期テスト最終日だったので、時間はまだ昼だ。帰路の途中にあるコンビニで昼食を買ってから、三ヶ月目の我が家の扉を開ける。夏というだけあって、部屋の中はたちの悪いサウナのような暑さだった。冷房をつけ、冷蔵庫の中の炭酸を開けた。

 特にすることもなかったので、一応は机に向かって、学生らしく参考書なんかを広げてみる。これだけ暑いとやる気も出ないが、それでもやらないよりはマシだ、と言い聞かせて、シャーペンを手に持った。


 隣の部屋のドアが開いた音がした。少しばかり壁が薄いため、聞こえてしまうのはしょうがない。別に、隣人の女子高生の生活音に耳をそばだてているわけではない。そこらへんは誤解なきよう。聞こうとしなくても聞こえてしまうのだ。自然の摂理(?)である。


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