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夏が嫌いだ

作者: アサイウミ

「夏が嫌いだ」のショートストーリーです。曲と合わせてお楽しみ下さい。→https://youtu.be/h0krdZB0sdY

 夏が嫌いだ


 バイト代3ヵ月分のかなり背伸びしたベッドで目を覚ました。この身震いするような暑さの所為だ。

 枕元に転がるリモコンを手に取る。少し広くなった部屋を無機質な冷気が満たしていく。


 夏が嫌いだ


 ちょうど2年前の今日、君を亡くしてから。


—————


 彼女はシンガーソングライターだった。小さな身体に窮屈そうなドレッドノート。新曲が出来ると自慢気にその巨大戦艦をかき鳴らし、僕に聴かせてくれた。

 正直、彼女の曲はどれも響かなかった。やけにポップ過ぎる曲調に、戯けた少女の歌詞。SNSとやらでは女子中高生の共感を呼び軽くバズっているらしいが、若者の流行はさっぱり分からない。まるで彼女の不安をかき消すかの様に作られた曲はどれも、酷く、拙く、脆かった。


 彼女は生まれつき心臓が悪かった。運動はもちろん、外に出ることすらままならないこともあった。彼女の命を繋ぎ止めていたのは一本のアコースティックギター。ギターを弾く彼女は病気を感じさせないほど生き生きとしていて、その姿に知らぬ間に僕は惹かれていった。曲はともかく、彼女の心音がギターと共に強くはっきり聴こえるような気がした。


 夏に差しかかろうとしていた。強くなる日差し、煩く騒ぐ蝉の声と引き換えに、彼女の容態は悪化していった。次第に彼女はギターを弾かなくなっていった。


—————


 見覚えのない番号から着信が入っていた。

やりたくもない仕事の所為で着信に気づけなかった。その報せに気づけたのは夜になってから。一件ショートメッセージが入っていた。


「彼女さんが倒れました。〇〇病院までお越し下さい。」


 病院へ急ぐ。頼む、間に合ってくれ。


 病室に駆け込むと彼女は何も無かったかの様にベッドの上でギターを弾いていた。

僕に気がつくと、窓から差し込む夜風を遮る様に唐突に言った。


「新曲が出来たの!聴いて聴いて!」


 何も変わらない彼女。新曲の知らせはいつも突然だ。いつも通りの自慢気な顔。僕が感じていた不安も杞憂だったのかと疑う程に。


 僕らだけのやけに厳かな病室に彼女の唄が響く。


 3分30秒くらいだろうか、彼女の唄を聴いていた。それまでの曲とは全く異なる曲調。淡く、切ない、夏の唄だった。


 ふと頬に伝わる冷たさを感じた。何故かは分からない。僕らの未来を感じ取ってしまったからか。それとも……。


 この曲が彼女の最後の曲だった。


—————


 彼女は知っていたのだろう。あの日、もう長くは生きられないのだということを。僕には告げることも無く、ただ唄を聴かせてくれた。

 僕は知らなかった。いや、目を逸らしていた。何も変わらない彼女の様子に、何も変わらない僕らの日常がずっと続くと思っていた。さよならを告げたら全て終わってしまう気がして。


 夏が嫌いだ


 夏になると思い出す。君が遺した夏の唄を。


 夏が嫌いだ


「心の奥で息をしてて」

誰に向けられたメッセージかも分からない君の歌詞を。


 夏が嫌いだ


 君が好きだった空も、雲も、星も、藍も、海も、


 全部

 全部

 全部


 夏が嫌いだ




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