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英雄になれなかった君たちへ  作者: 毛利 糸
2/2

「な、何だ、こりゃぁ……」

 坑道を歩き、少し開けた採掘場に出たチャドは目を疑った。そこには魔物の姿も、先に行った優男の姿もなかった。ただ――

 ――間違いなく、現場はここだ。

 壁に据え付けられたいくつかの光石ランタンの光に照らされた採掘場には、淡い色の細かい毛が散乱していた。光石によって凶暴化した獣が、間違いなくここで人と争った。

 ――これは、アイツの……

 数歩進んだところで、チャドは足元に円形の金属片を見つけた。あの男の武器だ。特殊な鉱石を鋳込んだもので、音もなく相手に投げつけて致命傷を負わせる。かつて、背後からこれを三つもお見舞いされたときの痛みが脳裏をかすめたが、チャドはすぐにそれを振り払った。

 ――血は、落ちてねえな……

 チャドは壁のランタンをひとつ拝借して、採掘場の奥、まだ掘り進めている最中の坑道の方を照らした。たしか数日前、順調に掘り進められた坑道が、この奥で大きな空洞とかち合ったという話を聞いた。

 逃げた魔物を追って、ヤツはその空洞に入り込んでいったのか。これ以上、ありつけるかわからない討伐手当のために歩き続けるのは気が滅入るが、魔物が出たら討伐するまで、作業は再開されない決まりだ。

 ――チクショウめ。

 チャドは足元の金属片を拾って革製の鉱石ポケットに入れ、坑道の奥に足を進めた。


 ――いったいどこまで続いてやがる。

 天井は見えないほど高いのに横幅は狭く、足元の悪い天然の空洞を、チャドはランタンの明かりだけを頼りに進んでいった。

 時折水たまりに足を取られ、明かりに驚いたコウモリが顔にぶつかり、これ以上進むのがウンザリしてきた頃だった。

「うおっ!」

 突然、足元で続いていた岩肌が消えた。延々と続いた道のりに油断していたチャドは、自分の背丈ほどもある段差の上から派手に転がり落ちた。幸い、何とか受け身をとれるくらいには身のこなしは衰えていなかったが、空中でチャドの手から離れたランタンは派手な音を立てて割れてしまった。熱と光を帯びた光石の粒が飛び散って、辺りはにわかに明るくなった。

「チャド?」

 天井から声が聞こえた。見上げると、かろうじて光石の光が届く天井に――あの優男が張り付いている。

「……何してんだ、そんなとこで。」

「何してんだ、じゃないよ! 下ろしてよ! 僕だけじゃどうにもならないんだから!」

 天井は薄暗くてよくわからないが、必死で身をよじる男の体は、何か柔らかいもので天井に固定されているらしかった。

「下ろせって言われてもな……」

 天井まではチャドの背丈の五倍くらいの高さがある。

「採掘場に僕の武器が落ちてただろ? それを僕の指が届くとこに投げてよ!」

「俺は投げるのは専門外だ。お前の首に当たるかもしれんぞ。」

「そんなぁ……もしかしてまだ三年前のこと根に持ってるの!? あれは仕事だったから仕方ないって言ってくれたのはチャドなのに!」

「そういうわけじゃないが……」

 そういえばあの背後からの襲撃から三年も経っていたか。同じ傭兵稼業で暮らしていたチャドは仕事だからと割り切っているが、人を殺そうとしておいて、まるで小銭をネコババしたのと変わらないような言い方だ。

「あっ、チャド、後ろ!」

 言い合いの途中でも、男の声色の変化にとっさに体が動いた。

 瞬時に身をかがめたチャドの頭上を、何か大きなものが通り過ぎる。

「何だ!?」

 間髪入れずに起き上がり、腰のホルダーからナイフと光石銃を抜く。耳の中の空気がピンと張り詰める。敵と向かい合う。

「こいつは……」

 魔物。てっきり、光石の欠片を飲み込んで多少凶暴になったコウモリくらいのものを想定していたが、チャドの前に現れたのは、大きな犬ほどのサイズの巨大な虫だった。薄茶色のガのような毛むくじゃらの体だが四枚の羽は透明で、それを震わせてハエのような羽音を立てている。こちらを威嚇しているようだ。

「気をつけて! そいつ、ネバネバを吐くよ!」

 天井から男が言うが早いが、ガもどきが頭を上げて、管状の口から灰色の塊を吐く。チャドが身をかわすと、背後の壁にその塊はべっとりと張り付いた。チャドも負けじと光石銃を数発撃ったが、ガもどきは思いの外敏捷で、凝縮された光石エネルギーの玉は相手にかすりもしなかった。

 ガもどきのネバネバ攻撃と、チャドの光石銃での応戦がしばらく続いたが、ふとチャドの視界に入った銃のエネルギー残量はみるみるうちに減っていた。

 ――くそっ、やべぇな……

 まるで光石銃の連続稼働時間には制限があると知っているかのように、ガもどきの攻撃は激しくなってくる。このままだと、チャドも天井に貼り付けられるのは時間の問題のように思えた。

「こうなりゃ……!」

 一か八か。チャドはガもどきの攻撃から身をかわしつつ、岩壁に張り付いたネバネバにナイフを突き立てた。思った通り、少し乾いたネバネバに、ナイフは突き刺さって固定された。

 ――よし!

 空洞の中を逃げ回りながら、壁に突き立てたナイフのところに再びたどり着くタイミングを伺う。もう少しだ。

「ん……?」

 チャドがナイフのところに向かってジャンプしようとしたとき、急にガもどきの動きが止まった。と同時に、天井の方からザワザワと何かが動く気配がする。

「う、うわあああああ! 何、何あれ!」

 何度も死地をくぐり抜けた男の声とは思えぬほど情けない声、しかしそれだけに恐怖の大きさが伝わる声。チャドも思わず視線を天井に向けた。

「あ、あれは……!?」

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