第9話 -Side Sounosuke 5-
-Side Sounosuke-
今日もこの学園は学園全体でのオリエンテーションを行うみたいだ。
担任より説明があった通り、部活動の説明会がこの後開催される。
“青春のススメ”なんてタイトルのプリントを眺めてみる。
サッカー、バスケ、バレー、卓球に水泳。他にも茶道部や弓道部と沢山の部名が並んでいる。
だけどやっぱり、殆どが女子生徒が主体であった。
学園には男子が少数だしまぁ仕方ないか。
出来れば、運動部で青春の汗をかきたいと思っているのだが、俺が入部出来る部はあるのだろうか。
自席でプリントとにらめっこしていると、茶髪の男子が近寄り、声を掛けてきてくれた。
「おいっす!蒼之助くんは部活どうするんだい。俺は運動部で女子と汗をかくのも良し!文化部で女子と戯れるのも良し!と思っているんだけど、どうかな?」
恋次はニコニコ、否、にやにやしながら妄想していた。
どうやら恋次の頭の中は女子と仲良くする事しかないみたいだ。
「そうだなぁ。出来れば俺は運動部の方がいいな。身体を動かしているほうが性に合うし」
今まで鍛えてきたこの身体を鈍らせるのは正直勿体無いと思った。
この機会に今までやった事のないスポーツを始めるのも良いんじゃないだろうか。
「そう?俺は小学低学年の時は卓球、高学年の時はバスケ、中学の時は3年間サッカーだったんだけど、どうもモテなくてなぁ」
別にモテる為にスポーツをやろうとは思っていないんだけどな。
にしても、見た目と違って、恋次は案外スポーツマンのようだ。
「やっぱりモテるには“野球”なのかなぁ」
恋次の事を少しだけ見直していると、ふいにそう言った。
“野球”
それは、俺が手放したもの。
意識しないようにしていたが、やはりそれには反応しまう。
幼い頃から続けた野球を手放したのは俺なのに、どうしてもその単語を聞き流す事が出来なかった。
昨日は未練がましくあかりとキャッチボールをしてしまった。
今まで心の奥底にしまっていたのに、何故今更になって膨れ上がってきたのだろうか。
ただの気まぐれでも、この思いは浮かんできてはいけない。
「ありゃ、この学園、野球部あんのかね?どこを探してもないんだけど……仕方ない、他のスポーツかな」
深い、深い心の奥へと思いを沈めていると、恋次は頭を掻きながらそう言った。
そういえば、羅列されている部活動の中には野球部の文字はなかったな。
あかりや七海は外のクラブチームにでも所属しているのだろうか。
「じゃあ説明会という名の出会いの場の時間になったら一緒に回ろうね!頼むぜ、相棒!!」
応援団長から相棒へとポジションが変わった俺は、この後の説明会は恋次と一緒に回ることになった。
恋次と行動すれば、昨日のように女子に引かれる行為はしないで済むだろう。
むしろ恋次が引かれる行為をするかもしれないが、まぁそれは置いておこう。
未練は底へと沈める事は出来た。
後は、青春を楽しもう。
結果だけ言うと、殆どの運動部に男子は入部が出来なかった。
入部したとしても、サポート専門のマネージャーになるしかないようだ。
恋次は満更でもなさそうだったが、俺は身体を動かしたいんだけどな。
「ま、部活だけが青春じゃないし!正直、家の手伝いが忙しくて部活動は出来ないかな」
説明会を回る道中、恋次は自身の事を教えてくれた。
この町は生まれ育った地元で、撫子学園に入学した目的はやはり女子が多いからと。
外部入学はそこそこ大変なのに、こいつ良く頑張ったな。
実家は商店街の一角にある小料理屋で、恋次もよく店に駆りだされているらしい。
従業員は父親と母親のみ。それなりに繁盛していて、俺がいないと回らないと恋次は語る。
物心つく頃から実家を手伝い、それを苦としない。
見た目とは裏腹に真面目な奴なんだと思えた。
多彩なスポーツマンでもあり、目的は邪だが、勉学もしっかりとこなす。
ふむ。第一印象はチャラい奴かと思ったけど、そんな事はなかったな。
「サラリーマンのおっちゃんたちが店に来てくれて忙しいんだ。父ちゃんと母ちゃんだけじゃ、店がてんてこ舞いでさぁ」
参った、参った。と首を振るジェスチャーをするが、その言葉は、その表情は違った。
恋次は家族が好きで、それを誇りに思っているんだ。
「今度さ、うちの店に来てくれよ!味はまぁ保証するからさ」
この町には来たばかりだ。
恋次のように地元に詳しい奴がいると心強い。
それに恋次と友達になれて、本当に良かった。
何の成果もなく、説明会の時間は終了となった。
この後は見学や仮入部なるものがあるらしいのだが、部活を決めなかった俺たちに特にやることは残されていない。
恋次は話してくれた通り、今日も実家の手伝いをするらしく、俺たちはそれぞれ寄り道する事なく帰路につくこととなった。
さて、どうしたものか。特に予定もないし、ランニングついでにこの町を探索しようかな。
恋次の実家がある商店街にも寄ってみたいし、今日はそこで買い物もいいかもな。
そんな事を思いながら、歩いていると制服の端に何か違和感を感じた。というか重みを感じた。
「ん?うぉ!?……いつの間にかにいるんだな、お前は……」
柄にもなく小さな悲鳴を上げてしまった。
振り向くと、黒髪少女のクラスメイトの七海が俺の制服の端を掴んでいる。
気配もなくそこにいるんだから誰だって驚くだろうよ。
「……元気?もう……帰っちゃうの?」
虫の囁きかと思う声で七海は尋ねてきた。
身長差もあって若干身体を曲げないと彼女の声は聞こえてこない。
「まぁ、今日は特にやることないしな。……そういえばさ」
「……携帯番号……教えて」
俺の言葉を遮り、七海はぐいっと俺の制服の袖を引っ張った。小さい割に力が強い。
尋ねたい事があったのだが、彼女の漆黒な瞳の懇願に頭からすっぽ抜けてしまった。
「良いけど、もうちょっと距離感をだな。……まぁいいか。七海、下の名前なんて言うんだ?」
彼女の事は小さい、黒髪、漆黒の瞳、それくらいしか知らない。
折角話し掛けてきてくれたのだから、もっと彼女を知りたいと思った。
いつの間にか携帯を取り出していた七海は小さな口で小さな声で答えてくれた。
「……黒奈。気軽に……呼んでね……」
黒奈か。なんだか印象通りな名前だな。
彼女は気軽に呼んでくれと言ったので要望通りに呼ばさせてもらおう。
「おう。改めて宜しくな、黒奈。俺のことも蒼之助と気軽に呼んでくれ」
彼女の番号を登録し、昨日とは逆に俺の方から握手を求める。
彼女は照れくさそうに、恥ずかしがりながらも俺の手をゆっくりと握り返してくれた。
「……蒼之助……よろしく…‥ね」
前髪で隠れて良く見えないが、喜んではくれてるかな。
俺の方も友達が出来て嬉しい限りだ。
再度、彼女の掌を握り、分かった事がある。
彼女の掌もまた、あかり同様、マメが潰れ、皮が剥けて厚くなっている。
それはもう立派な野球選手の掌であった。
余所から見れば美しいとは言えないが、俺にとってはとても美しいと思う。
努力に努力を重ねた者だけが手にできる証。彼女たちは、“野球”という道を歩んできたんだ。
女子でありながら、この小さな身体でありながらも、進んできたこの道は生半可なものじゃなかった筈だ。だからこそ、彼女たちのこの証を、俺は素直に尊敬出来る。