第8話 -Side Akari 4-
-Side Akari-
ちーちゃんが厳選してくれた和菓子の数々はとても美味しく、思わず笑顔になってしまいます。
それに高価な茶葉で淹れてくれたお茶は一口飲む毎に心が澄み渡っていきます。
「うっま!なんだこれ!?あたしがいつも食べている菓子がちっぽけに思えるぜ!!」
ももちゃんがガツガツと和菓子を口に運んでいきます。
いつも珈琲ばかり飲んでいるしぃちゃんも、ちーちゃんが淹れてくれたお茶に舌鼓を打っています。
私ももちろん口に入れる毎に幸せな気持ちになっていました。
「……あなた達、何しているのかしら」
説明会という名のティータイムを過ごしているといつの間にか部室の前に三つ編みおさげの彼女が口元を歪ませながら立っていました。
私としぃちゃん、ちーちゃんが手を止めて声の主の方へ苦笑いしている中、ももちゃんはその手を止めずに和菓子を口に放り込んでいました。
「……もう。後で反省文書かせますからね」
一つため息を吐き、彼女は手に持った書類を和菓子が広がる机に置きました。
彼女もまた、チームメイトの一人、『四ノ宮 翠』ちゃんです。
中等部の頃から風紀を厳しく取り締まり、高等部でも風紀委員に立候補したらしく、『すぅちゃん』のギロリと光る瞳がとっても怖かったです。
「まぁまぁ、翠様もおひとつどうぞ」
すぅちゃんの眼光にも怖じけず、ちーちゃんは一瞬の隙をついてすぅちゃんの口に和菓子を放り込みました。
「はい。これで翠様も共犯でございます。折角ですのでゆっくりしてくださいませ」
怖さを知らないのも一つの才能だと思いました。
口をもぐもぐさせながら、すぅちゃんもソファに腰掛けました。
「……今回はこの美味しい和菓子に免じて目を瞑りましょう。それよりも、あかりさん、野球部続投の書類は出しましたか?」
いつの間にかすぅちゃんの前にも湯のみがあり、それをすすりながら尋ねられました。
……書類?なんの話だろう?
「全く、仕方ありませんね。そう思いまして、私の方で申請しておきました。改めて撫子学園野球部は活動開始となります。配布されました部活動のプリントには間に合いませんでしたけれどね」
えっ?えっ?私、そんな大役任せられていたの?
ポカンとしている私を見て、すぅちゃんは目を逸らし続けるしぃちゃんを睨んでいました。
「紫杏さん、あなたがあかりさんに任せると言っていたのですよ。……まさか忘れていたのでは……」
「よし!これからが撫子野球部の始まりよ!みんな頑張っていきましょう」
すぅちゃんの言葉にかぶせ、しぃちゃんがいきなり立ち上がって宣言しました。
……時々、すっぽかすのがしぃちゃんなのです。
ティータイムを終え、部室の片付けを始めました。
本来この時間は部活動の説明会の筈だったのですが、扉を叩く新入部員の姿はありません。
「……部室でお茶していたら、正直入りづらいわよね」
しぃちゃんがもっともな意見を言っていましたが、部活動紹介に野球部の名前が間に合わなかったせいでもあるのではないでしょうか……。
「そういえば、黒奈さんや真白さんはまだ来ていないのですね」
湯のみや取り分けたお皿などを片付けながらすぅちゃんが口にしました。
もう一人のチームメイト、『白ちゃん』は入学式にも姿を見せませんでした。
中等部の頃からもう一つの仕事が忙しそうだったしなぁ。
それに、いつの間にかにそこにいる神出鬼没の黒ちゃんの姿もまだありませんでした。
遅れていてもそろそろ来ても良い頃なのに。
「黒奈は弐神君と同じクラスだったわよね。彼の勧誘でもしているのかしら」
しぃちゃんが携帯電話を取り出しました。黒ちゃんに連絡するようです。
私も、蒼くんに聞いてみようかな。えへへ。
数秒後、ピコンとしぃちゃんの携帯が音を鳴らします。黒ちゃんからの返信はものすごく早いのです。
「相変わらずメールだと饒舌なんだよね。えぇと何々……【只今、弐神選手追跡中!!茶髪の頭悪そうな男子生徒と一緒!V(^0^)V】……だって」
しぃちゃんは携帯電話の画面を眺めて、一つため息を吐きました。
黒ちゃん、メールだと凄いテンション高い文送ってくるんだよね。
残念ながら、新入部員は誰一人来ず、部活動説明会の時間は終了となってしまいました。
明日以降も入部の受付はしているのですが、今日がこれだと誰も来そうもありません。
「ん~よし!!部活の時間だ!!さっさと着替えてグラウンドに集合だ!!」
和菓子を誰よりも食べていたももちゃんは大きな背伸びをして、練習着に着替え始めました。
大きな身長に大きな胸囲。……羨ましいです。
今日はもう勉学の時間はなく、このまま部活動の時間となります。
私たちもももちゃんに続き、練習着に着替え始めます。
昨日は予定外の想定外の嬉しい事がありましたが、改めて野球をするのは久しぶりです。
全員揃ってとは行きませんが、新生撫子野球部の活動が始まり、胸が少しドキドキします。
中等部の頃から練習試合含めて3年間勝利ゼロ。
高校野球の聖地『甲子園』なんて夢のまた夢ですが、私はこのチームメイトと、みんなと一緒に戦って行きたいです!!
……もちろん、彼さえ良ければ、蒼くんさえ良ければ、私たちと一緒に戦って欲しいと思っています。
彼とのキャッチボールをして、少なからず大きな怪我はしていないのだろうと思いました。
ですが、彼が投げる球には何か、ほんの少しの違和感が感じ取れました。
たかがキャッチボールですが、野球に携わっている者であればこその何かを。
……またキャッチボールしてくれるかな。