第7話 -Side Akari 3-
-Side Akari-
秘密の練習場で、秘密の出会いがありました。
憧れの選手とまさかキャッチボールまで出来るだなんて……。
「蒼之助君……蒼くんか……えへへ」
しかも出会って間もないのに下の名前で呼んでくれだなんて、やっぱり一流の捕手は強気なリードだなぁ。思わず頬が緩んでしまいます。
帰り際にお互いの携帯番号も交換して、私のアドレス帳に家族以外の男の子の名前があるだなんてまだ信じられません。
ベッドの中で携帯電話のアドレス帳をにやにやしながら眺めていたら、いつの間にか眠りについていました……。
目覚まし時計のベルの音が耳に入ってきます。
まだまだ覚醒しきっていない身体を無理やり起こします。
寝ぼけながらも、昨日の出会いを思い出すと、一気に目が覚めました。
傍らに置いてある携帯電話のアドレス帳を開き、『弐神 蒼之助くん』の文字を確認して、昨日の事が夢じゃない事に少しだけ安堵しました。
今日は入学式から2日目。
多少の授業は始まるものの、ほとんどは学園の案内等のオリエンテーション。
昨日の続きみたいなものです。
今日から部活動の説明会が始まり、外部入学の生徒たちは各々気に入った部活を見学しに行きます。
私は中等部から続けている野球部にそのまま入部するのですが、高等部では野球部が存在していませんでした。
むしろ、中等部にも野球部はなく、私たちが野球部を立ち上げました。
学園の過去の資料では野球部は存在していたので、廃れてしまったのかな。昔は女子生徒だけの学園でしたし。
その為、野球部のチームメイトは同年代の女子生徒しかいません。
小等部からの幼なじみのしぃちゃんやももちゃん。中等部で出会った黒ちゃんたち。
試合ができる部員数が揃っていないので、中等部の時は助っ人の皆さんたちのお世話になっていました。
高校野球では、なんとか9人揃えたいなぁ。
午後になり、臨時部活動の時間になりました。
この時間を使って、それぞれの部室で説明会を行います。
でも、野球部の部室には顔馴染みのチームメイトしかいませんでした。
「なんの実績もないからね。外部入学者なんて数も限られているし、盛んな部活動を見に行ってるのかしらね」
無糖と書かれた缶珈琲を飲みながら、しぃちゃんは呟きました。
何年ぶりかに立ち上げられた撫子学園野球部。人気スポーツの野球でも、わざわざこの学園で野球をやろうと思う生徒はいないのでしょう。
「でも、彼はどうしたのかしら?黒奈が無理やりにでも連れてくると思ったのに」
しぃちゃんの『彼』という単語に胸がビクつきました。
もちろん彼とは、弐神蒼之助くん、蒼くんの事です。
昨日の出会いを思い出すと、頬が緩んでしまいます。
「……あかり、何か良いことあったのかしら?」
すかさずツッコんでくるしぃちゃん。
私は否定するように首を横に降るのですが、しぃちゃんはなおもツッコんできます。
「ほほぅ。私の可愛い可愛いあかりが、私に隠しごとをするんだぁ」
魅惑的な瞳が私を追い詰めていきます。うぅ、昔からしぃちゃんには隠しごとが出来ないのです。
しぃちゃんが私に覆いかぶさってくると、部室の扉が勢い良く開きました。
「おいっす!新入部員は来たか?……なんだ、紫杏とあかりだけか」
昨日と変わらず元気なももちゃんでした。た、助かった……。
それに、ももちゃんと一緒に、背中まである長髪を簪で束ねた彼女も立っていました。
「ご機嫌よう。あかり様、紫杏様。昨日は部室に顔を出せなくて申し訳ありませんでした」
制服よりも着物が似合う彼女は『五宝院 茶々』ちゃん。中等部からのチームメイトです。この町の大きな屋敷に住んでいて、遊びに行く毎に圧倒されています。
『ちーちゃん』は野球部とこの学園の伝統ある茶道部を兼部しています。
初めて会った時は彼女の由緒正しきオーラにドギマギしてしまいましたが、野球を通して付き合っていくと、彼女も私たちと変わらない普通の少女だと感じました。
「茶道部の方はいいの?茶々がいるといないとでは大違いでしょ」
私の上から退いてくれたしぃちゃんがちーちゃんに尋ねました。
確かにちーちゃんは中等部の頃から茶道部を代表する部員だから、今日みたいな説明会では大役を任せられているんじゃないかな。
「良いのです。私もここ最近身体を動かしていませんでしたから。茶道部は抜けだしてきましたわ。和菓子をくすねてね」
ちーちゃんは笑顔でそう言うと、部室の机の上に美味しそうな和菓子を並べてくれました。
甘納豆、あんころ餅、ういろう、羊羹、おはぎと色々な種類の和菓子が机に広がりました。
「それでは、お茶にしましょうか」
ちーちゃんは鼻歌を歌いながらお茶の用意を始めました。
……あれ、なんだかティータイムみたいになってしまいました。