第6話 -Side Sounosuke 4-
-Side Sounosuke-
興奮気味の少女、一条あかりと神社の石のベンチに腰掛けた。
彼女はチラチラとこちらを伺うばかりで何を話していいか分からなかった。
いや待てよ、これが青春というものなのだろうか。ここは男である俺がリードすべきだろう。
「……俺たちってどこかで会った事あるの?」
記憶喪失の男みたいな言葉しか出てこなかった。
もっと気のきいた事を言えないのか、俺は。
それでも少女はそんな事は気にせずに答えてくれた。
「い、いえ…。私が一方的に知っているだけです!だって、弐神君は私たちの間で超有名人なんですから!!」
『私たちの間で超有名人』その言葉と、握手をした時の感覚。
……まぁやっぱり名前ぐらいは拡がっていたか。
「私たち野球選手としては、弐神君が憧れで目標なのですから!本当に会えて嬉しいです!!」
『野球選手』として。やはり彼女は、選手だったか。
なんとなく気付いていたが、クラスメイトの七海も同じくそうなのだろう。
中学3年の夏まで続けた野球。有名になる為に野球をしていたわけではないが、強豪たちとの試合を勝ち進む毎に俺の名前は拡がっていった。
『中学最強捕手』『鉄壁の司令塔』『強肩堅守の支配者』等、中学生にしては仰々しいあだ名を付けられていた。
「あ、あの……嫌でした……か?」
表情に出てしまっていただろうか。一条あかりは心配そうに顔を覗き込んできた。
とんでもない。青春一日目から女子と会話できるなど、嫌なはずがあるか。
「いや、大丈夫だよ。知ってくれていて光栄だよ」
出来る限り元気に、声にそれを乗せて返した。
知らないふりをしていても、気づかないふりをしていても、過去はついて来るのだ。
一条あかりはそれなら良かったと、俺の顔から目を離した。
気まずい雰囲気が流れ、しばしの沈黙が流れたが、ふと彼女の鞄から覗くそれに目がいった。
「良いグローブだね。良く手入れが出来ている」
年季が入っているが艶のあるそのグローブを見て、ふいに声が出てしまった。
その言葉を聞いた彼女は、嬉しそうにグローブを鞄から取り出した。
「ほ、ほんとですか!?う、嬉しいです!中学の頃からの相棒なんです!!」
彼女はそのグローブを抱きしめて、俺に無邪気な笑顔を向けてきた。
彼女の手入れの行き届いたグローブを見るだけで分かる。彼女は野球が大好きなのだ。
「……ボール持ってる?キャッチボールしようか」
彼女のその笑顔を見て、気付いたらそう提案していた。
どうしてだろうか。何故だかわからないが、半年以上握っていないボールを握りしめたかった。この手で感じたかったのだ。
彼女は大きな瞳をまたまんまるにして驚いていた。なんだか小動物のようだ。
「まぁ、グローブ持っていないから俺はこれでやるけど、いい?」
彼女の返答を待たずとして立ち上がり、彼女から距離をとった。
グローブを持ってきていない為、首にかけていたタオルを左手に巻き付ける。素手よりはキャッチボールらしくなるだろう。
ようやく言葉を理解したのか、彼女は首を何度も縦に振り、グローブを左手にはめた。そして、鞄から取り出した硬式用のその球を、投げてくれた。
パシンッ
グローブならもっといい音が出せたんだけどな。
彼女も気を使って山なりの緩い球を投げてくれた。
受け取ったその硬式球を、ただ懐かしく眺めた。あぁ、久し振りだね。
彼女の胸に向かって、スナップで投げ返す。
彼女はその球を使い慣れたグローブで受け止めてくれた。
ぱしんっ
思っていたよりも彼女はしっかりと投げてくれた。
緩い球ではあるがコントロールも精密で、受け取りやすかった。
パシンッ
左手で受け取る毎に、少しだけ昔の事を思い出した。
叶うことのない、あのプロ野球選手の言葉を、思い出していた。
今日初めて出会った少女とのキャッチボールは終始無言だった。
何か気のきいた言葉でも言えれば良かったが、俺の会話帳にはキャッチボールをしながらの会話なんて登録されていない。
それでも彼女は、この奇妙なキャッチボールを嬉しそうに続けてくれた。
……本当に野球が好きなんだな。
しばらくして、俺の方からキャッチボールを終えることにした。
辺りも暗くなってきたし、小動物のような彼女を遅くまで付き合わせる訳にはいかない。
彼女は少し残念そうな顔をしながらも、ペコリと一礼をしてキャッチボールを終えた。
「時間も遅くなってきたし、そろそろ帰ろうか。家はどの辺り?送っていくよ」
軽くストレッチをしながら彼女にそう尋ねると、首をぶんぶんと大きく振りながら答えた。
「と、ととととんでもないです!家すぐそこなんで、だ、大丈夫です!」
顔を紅潮させながら断られた。
ふむ、ちょっとデリカシーがなかったかな。
「そうか?じゃあ、俺もこの辺で帰ることにするよ。あと、同い年だし、敬語使わなくていいぞ。それに…」
青春1日目からの偶然の出会い。この先も彼女とは仲良くありたいと思っていた。
「俺の事は、弐神じゃなくて、蒼之助って呼んでくれ。俺も、あかりって呼ぶからさ」