第5話 -Side Sounosuke 3-
-Side Sounosuke-
クラス内の顔合わせの時間も終了し、結局俺に話しかけてきてくれた者はクラス唯一の男子、『八尾恋次』と謎の漆黒の少女『七海』だけだった。
自己紹介でやらかした大声大男には近寄り難かったのだろうか。
この学園は小等部からの一貫校でもある為、だいたいが顔馴染みのようで、俺のような外部入学者は若干の疎外感を感じてしまう。
一日目は無事にとは言えなさそうだが、こうして終わりを迎えることが出来た。
恋次は家の手伝いがあるからとそそくさと帰ってしまい、謎の漆黒の少女も気付いたら姿を消していた。
このまま下校時刻を過ぎた後もクラスに残っていても仕方がない。俺も学園を後にすることにしよう。
住み慣れた地元の街を離れ、学園近くの町へと引っ越してきている。
交通の便はお世辞にも良くはないが、緑が多く、生まれ育った街と比べるとここの方が空気が美味い気がした。
親元を離れ一人暮らしとなったのだが、炊事洗濯諸々とこれから大変な事になりそうだ。
今までは全てを親に任せていたが、今日からは全て自分がやっていかなければならないのだ。
不安は勿論あるが、これからの高校生活を楽しみでもあった。
全てが新鮮な景色の町を見回しながら家に無事到着した。早速制服を脱ぎ、着慣れたジャージを身に纏う。
誰もいない家に向かって『行ってきます』と呟き、小学生の頃から習慣となっているランニングに出かける事にした。
野球は辞めてしまったが、小さなころからのこの日課は辞めたくはなかった。
身体を鍛える事で得たものは多く、大きい。辛い事もあったが、『弐神蒼之助』を形成してくれたこの儀式には感謝をし続けたい。
心地よい風を感じながら、夕暮れの町をランニングする。
ランニングの途中、神社へと続く長い階段が目に入った。階段ダッシュには丁度良さそうだな。
身体の暖まりを感じ、俺はその石段を力一杯に駆け上がった。
何往復か階段を昇り降りし、薄暗くなった神社の境内で、休憩を取る事にした。
風の音。葉がこすれ合う音。自然の音色を聞きながら、スポーツドリンクを口にした、その時。
「ふ、弐神君ですか!?」
素っ頓狂なその声に驚き、ドリンクを吹き出してしまった。
口元をタオルで拭い、恐る恐る声の主の方へと振り返る。
そこに居たのは、撫子学園の制服を着た、赤みを帯びた髪の少女だった。
「……今晩は。初めまして…?」
名前を呼ばれたが、少女に見憶えはなかった。クラスメイトの七海もそうだが、この街に知り合いはいない筈だ。
それにしても、こんな薄暗い神社になんの用があるのだろう。まさかこの神社の巫女さんだろうか。
少女に声をかけてみるが、目をまんまるにして驚いているだけだ。
こっちもいきなり呼ばれてびっくりしているのだけど。
数秒後、今度はいきなり駆け寄ってきた。
「あ、あ、あく、握手しししてください!!」
彼女は右手をぐいと差し出してきた。
気圧されるままに俺はその右手を握り返してしまった。本日二度目の握手会だ。
そんな彼女の手を握り、ふと気付いた。
華奢な身体の割には、マメが潰れて固くなったその手のひら。特に指先の皮の硬さ、厚さ。俺はこの感覚を知っている。
「……さて、まずは自己紹介しようか。俺は弐神蒼之助。君は?」
右手を握りしめたまま固まってしまった彼女に話しかける。
このままだとなんだが恥ずかしいし。
我に返ったのか、彼女はパッと手を放し、深々とお辞儀をした。
「ししし、失礼しました!つい興奮してしまって……」
彼女の頬は彼女の髪のように赤みを帯びていた。
短かな髪を赤いリボンで結い、幼い顔つきをした少女。学園の制服を着ているということは小等部か中等部だろうか。
「は、初めまして!一条あかりです!本日から撫子学園の高等部一年生です!宜しくお願いします!!」
同い年だった。そしてまた何かを宜しくされてしまった。
「あ、すす、すみません……。まさか、こんなところで弐神君に会えるとは思わなくて」
一条あかりと名乗る少女は髪を手で整え、恥ずかしそうに答えた。
俺よりも三十センチは背が低く、おとなしめな印象の少女。
記憶を呼び戻すが、やはり彼女に見憶えはなかった。