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フルカウント!  作者: cool
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第4話 -Side Akari 2-

-Side Akari-


 滅多に驚かないし、冗談も言わない黒ちゃんが興奮気味に飛び跳ねています。

 全中学生が憧れた彼が、表舞台から姿を消してしまった彼が、本当にこの学園にいるのかもしれません。

 入学式では今後の野球部の事で頭いっぱいだったので周りを全く見ていませんでした。

 新入生の男の子は少なかったのになんで気付かなかったんだろう。


「こ、これは大変な事だよ!一刻も速く、私たちの野球部に来てもらわなきゃ!黒ちゃん、彼は今何処にいるのかな!?早速勧誘しに行かなきゃ―――あいたっ」


 この学園に彼がいる。中学最強と呼ばれた選手が直ぐ近くにいる。

 拳を強く握り、勢い良く立ち上がろうとしたら、隣のしぃちゃんに頭を叩かれてしまいました。


「こらこら。落ち着きなさい、あかり。黒奈の言っている事が本当だとしても、そんなおいそれと勧誘なんて出来ないでしょう」


 しぃちゃんはそう言って缶珈琲を一気に飲み干しました。

 私の隣にはいつの間にか黒ちゃんが座っていて、『ほんとほんと』と耳元で連呼しています。


「彼は、『弐神』君は、なんで決勝戦に出なかったのかしらね。……考えられるとしたら、予期せぬアクシデントが起きてしまった。それこそ選手生命に関わる怪我とか……ね」


 しぃちゃんは興奮する私を諌める様に言いました。

 そうでした。なぜ、彼は全国大会の決勝戦なんて大舞台から姿を消してしまったのでしょうか。かつての彼のチームは一流の選手ばかりでしたが、彼をスタメンから外すなんて考えられません。

 彼女が言った通り、怪我が原因で試合に出られなかったのなら、私はなんて酷い事をしようとしていたんだろう。


「……そんなに落ち込まないの。私だって、あかりとおんなじ気持ちなんだから」


 落ち込む私の頭を優しく撫でてくれるしぃちゃん。

 自分の事ばかりで、彼が何故姿を消してしまったのか考えていませんでした。

 二度と野球が出来ない程の怪我を負ってしまったのかもしれない。

 二度と野球が出来ない程の事故が起きてしまったのかもしれない。

 

 暴れていた心臓がぎゅっと締め付けられている様な気がしました。


 しぃちゃんはそんな私に気付くと、優しく微笑んでくれます。


「ほら。取り敢えず彼が本当にいるのか見に行きましょうか。優しい男の子だったら良いわね」


 私も一度深呼吸をして彼女の言葉に頷きました。

 しぃちゃんが提案したようにまずは『弐神』君を捜しに行くことにしましょう。


 部員としての勧誘はひとまず置いておいて、未だに彼の存在を信じていないももちゃんと心配そうに私を見つめる黒ちゃんも一緒に、四人で黒ちゃんの教室へと足を進めました。

 











 四人で恐る恐る教室を覗いてみますが、既に下校時刻が過ぎていましたので黒ちゃんの教室には誰もいませんでした。

 生で弐神くんを見たことがなく、一目でも彼を見てみたかったのですが残念です。


「ま、もうとっくに帰る時間だしな。どんまいどんまい!」


 桃ちゃんが大きな手のひらでしょんぼりする私の背中を叩きました。

 音に比べてそこまで痛くはないのですがびっくりするのでいきなりは止めてほしいです。


「そうね。残念だけど時間も時間だし、今日はもう解散しましょうか。茶々や翠も今日は来れなさそうだし」


 懐中時計を眺めながら、しぃちゃんも残念そうに言いました。

 今日部室にいなかった二人から今日は部室に集まれないと連絡があったようです。

 仕方ないですが、今日はもう学園を後にする事にしましょう。

 

 私たち四人はこの先の高校生活に期待を膨らせ、駅前のカフェで寄り道をしながら帰路につきました。

 今日は高校生活初日と言っても、入学式とクラスメイトの顔合わせくらいで、新生撫子野球部の練習はしませんでした。新品の練習着も持ってきていませんし。

 ただ、中等部からの私の相棒はいつも鞄に入っています。

 花の女子高生なのにグローブを常に持ち歩いているのは変かもしれませんが、いつでもマウンドに立っている気持ちを忘れたくないのです。

 

 明日からもまた宜しくね。













「壁当てだけでもしていこうかな……」


 みんなと別れ、一人寂しく歩いているのですが、身体を動かしていないのでなんだか物足りません。

 自宅の近くに私専用、秘密の自主練場の神社があります。少しだけでもボール投げようかな。


 その神社の宮司さんは私の両親と面識があり、心よく場所を提供してくれています。

 野球が出来る程広い訳ではなく、素振りや壁当てくらいのスペースですが、私にとってはとても大事な場所。秘密のって付くだけでなんだか気分が高まりますよね。


 気付けば太陽も沈み始め、辺りは段々と暗くなってきました。

 治安は悪くないとはいえ、ちょっとだけ怖いです。

 でも、ボールを投げたい気持ちは抑えきれず、私は秘密の自主練場である神社へと続く長い階段へと歩を進めました。


「う~ん、出来ればボールを受けて貰いたかったなぁ。しぃちゃん誘えば良かったかな」


 そんな独り言をぼそぼそと呟きながら階段を上がっていくと、神社の境内に人影を見つけました。

 あれ、こんな時間に珍しい。お参りに来てるのかな。


 流石にお参りに来てる人の邪魔をする訳にもいかないので遠目からその人影を見つめます。 

 多分身長は私よりも三十センチくらい高くて、見惚れてしまう程がっちりとした肩幅。

 遠目からでも大きな身体と分かるくらいのジャージ姿の男性でした。


 首に白いタオルをかけ、汗を拭きながらスポーツドリンクを飲んでいます。

 お参りに来たと言うよりもここで休憩しているという感じです。


 ……あれ?どこかで……見た記憶が……。


 まだこちらに気付いていないその方を眺めながら、私は脳に蓄積された記憶を辿ります。

 時間にして数十秒。今日、話題に上がった彼の面影を私は思い出しました。

 気付いた時には、思い出した時には、私は我を忘れて彼へと言葉を投げ掛けていました。


「ふ、弐神君ですか!?」




 テレビや雑誌でしか見たことのなかったその選手。球場へ足を運んで会う事すらおこがましいと思っていました。

 いつか彼に私の球を受けて欲しい。私の球をリードして欲しい。中等部の頃、彼に対してそんな淡い想いを抱いていました。


 強肩堅守。扇の要。超一流のリードを誇り、中学時代に何度もMVPに輝いた”中学最強の捕手”。

 夢にまで見た彼が、そこに立っていたのです。

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