第3話 -Side A 1-
-Side A-
高等部の入学式も自己紹介などのオリエンテーションも終わり、時刻はいつの間にか放課後でした。
私と私の友人は、約束どおり、中等部からお世話になっている部室に集まっています。
憧れの”プロ野球選手”の母校でもあるこの学園の野球部。いよいよ高校野球ができるのです!胸がドキドキで一杯です!!
……そう心踊らしていたのですが、部員は未だに人数が足りていません。
明日より部活動の勧誘が可能となっているのですが、そもそもこの学園は中等部からの部活動を継続できるので新たに部員を増やすには外部入学してきた生徒の方を勧誘していくしかありません。
女子でも野球好きが多いのですが、選手として入部してくる方たちはいらっしゃいませんでした。
「むぅ~。このままでは甲子園どころか公式戦にも出られない……」
机で頭を打ち付けて悩んでいる私の横で、同じく野球部員の彼女は缶珈琲を飲みながら携帯をいじっていました。
「甲子園ねぇ……そもそも私たち中等部の時から帰宅部を助っ人にして試合してきたからねぇ。未だに勝利ゼロなんだけど」
亜麻色の髪を後ろに束ねたポニーテールの彼女はそう答えてくれました。
キリッとした瞳と耳には紫色のピアスをした彼女は中等部からの親友、『六道 紫杏』ちゃんです。呼び名は『しぃちゃん』です。
大人っぽくて色気もあって、スタイル抜群。私と同い年なんて信じられません。
「何言ってんだ、紫杏!今からがあたしたちの伝説の始まり、スタートラインじゃねーか!!」
私たちが座るソファの後ろから、ベリーショートヘアで、首元に桃色のネックレスをした彼女が声をかけてきました。
身長は男子と同じくらい。否、男子より大きな身体をした彼女は同じく親友で野球部員の『三井 桃花』ちゃん。『ももちゃん』です。
ガハハと笑う彼女は周りから男勝りなんて言われるけど、私と同じように可愛い物好きの女の子なんですよ。
「はいはい、打ち切りお疲れ様。耳元で大きな声出さないでくれる?あかりが嫌な顔しているわよ」
しぃちゃんが怪訝な顔をしながら私を指さします。
いやいや、私、嫌な顔なんかしてないよ!
改めまして、私の名前は『一条 あかり』です。この撫子学園野球部のピッチャーを任せられています。
だけど、私の球を受けてくれる捕手の方がこの野球部にはいません。
しぃちゃんがメインポジションとは別に私の球を受けてくれていますが、私と正式にバッテリーを組んでいる方はいないのです。
他にも中等部からのチームメイトがいるのですが、まだみんな来ておりません。
部を掛け持ちしてくれているチームメイトもいるので今日は全員集まらないかもしれません。
出来れば、明日からの勧誘について、みんなで話し合いたかったのになぁ。
しぃちゃんとももちゃんが私の横でじゃれ合っていると、部室の扉がそっと開きます。
そこには私と同じ背丈のチームメイト、『七海 黒奈』ちゃん、『黒ちゃん』が立っていました。
「あ、黒ちゃん!今日から高校球児だよ!改めてよろしくね!」
真っ黒な前髪が顔全体を隠しているので表情が分かりにくいけど、それは昔の話。今ではしっかりと黒ちゃんの表情も心情も読み取れるようになっています。
「……?どうしたの、黒ちゃん。そんなに慌てて」
そんな黒ちゃんは顔を紅潮させ、息を切らしています。
他の人からはそうは見えないと思いますけど。
「……ふたがみくん……私のクラスメイト……びっくり…」
滅多のことでは驚かない黒ちゃんが心底驚いています。むしろ興奮しています。
勿論私たちも黒ちゃんのゆったりとしながらも衝撃的な報告に耳を疑いました。
「おいおい、黒。あの『中学最強選手』と言われた『弐神』がこんな学園にいるわけないだろ」
しぃちゃんとのじゃれ合いを止め、ももちゃんは黒ちゃんの言葉を信じられず、鼻で笑っています。
「中学最後の夏……全国大会決勝から今まで姿を消していた『弐神』君が……まさかねぇ」
冷静沈着、現実主義者なしぃちゃんも黒ちゃんの言葉をにわかには信じられないようです。
「……ほんとほんと……握手したもん……ぶぃ」
黒ちゃんはその場で小さくジャンプしながら笑顔でVサインをしています。
私だって二人同様に信じられないのですが、心とは裏腹に心臓の鼓動は激しく鳴り響いています。
中学最強選手と呼ばれた彼、弐神くん。
彼と同年代の野球少年少女たちがその名前を知らない訳ありません。覚えていない筈がありません。
同年代の憧れであり、畏怖の選手。
彼と勝負をした選手たちがこぞって野球を辞めてしまったなんて噂も聞いた事があるくらいです。
恐ろしいくらいに研ぎ澄まされたセンスや凡人では手の届かない程の身体能力。
彼のような選手がこの先の野球界を導いていくのだろうと、そんな事を思っていました。
でも、将来有望な中学最強選手は突如として表舞台から消えてしまったのです。
中学生最後の夏、全国大会決勝に駒を進めた彼のチーム。黄金世代と呼ばれた最高峰のシニアチーム。
司令塔である彼がどんな活躍をするのか、全国の選手たちがスカウトたちが釘付けでした。
だのに、スターティングメンバーに彼の名前はありませんでした。
電光掲示板に映しだされたのは別の選手の名前。驚きと混乱と落胆の声があがったのを覚えています。
それでも彼のチームは見事優勝を決めました。
中学最強がいなくても、最高峰のチームは揺るがないと言わんばかりに。
全国を制覇したそのチームは大々的に報道されましたが、話題の半分以上は消えた中学最強選手の事ばかりでした。私だって彼の情報収集に走り回った程です。
野球界の莫大な損失となる消失。このまま彼の行方が分からなくなってしまうかと不安に思っていたのですが、そんな不安は更なる衝撃的なニュースに依って掻き消されてしまいました。
絶望的なそのニュースは連日報道され、気付けば彼の話題は静かに風化していってしまいました。